第30話 銃ですよ!

 さて、思った以上に手厚い歓迎を受けたわけだが。


「……どう思う?」

「どうもこうも、明らかに面倒事でしょう」


 シャロンの父親が帰って来てから盛大におもてなしをされて、夜中になってやっと部屋に戻ることができた。まあ、ひとり娘の命を助けたのだから父親としては感謝してもしきれないのだろう。


 しかし、疲れた。俺はずっとただのメガネのふりをしていただけだが、タマラはきっと疲れただろう。


「とりあえず、現状を整理しましょう」

「そうだな。まあ、疲れてるなら明日でも」

「いいえ、問題ありません」

「そうか。ならいいな」

「……よくはありませんが。まあ、いいでしょう」


 悪いな。いろいろと気になるんだ。


「今回の襲撃は明らかに仕組まれた物、だと私は判断します」

「俺も同意見だ」


 偽の手紙、逃げた護衛にいなくなったルードと言う使用人。まだ確定ではないが、シャロンは誰かに狙われている。


「理由は永遠の青いバラ、ですね」


 シャロンの父親が来るまでにいろいろと話は聞いた。だいぶ面倒なことになっている。


「そんなに美しいのでしょうか? 聞いたことはありますが」

「他国にまでその話が伝わってるんだ。相当美人なんだろうよ」


 永遠の青いバラ。これが今回の事件の原因と言うわけではない。


 原因はある女性の争奪戦だ。


 この国、カメリア王国には美しい娘がいる。その美しさはリリアンヌの暮らしている隣国のホウソーン王国にまで伝わるほどだ。


 その娘はあまりにも美しく、彼女は数えきれないほどの求婚を受けてきた。しかし、彼女はその求婚をすべて断って来た。


 それでも彼女を手に入れようとする者が絶えなかった。そこで彼女は求婚者たちにある条件を提示した。


 それが『永遠の青いバラ』『天界の黄金リンゴ』『イチジクの花束』だ。これはこの地域に伝わる幻の品々で、この三つのどれか一つを持ち帰って来た者と結婚すると彼女は言ったらしい。


 まあ、どれもこれもこの世に存在しない品らしいのだが。そんな物を持って来いと言うぐらいに結婚するのが嫌なのだろう。


 そんでもってその一つ、青いバラを狙う人間がいた。王国一の美女を手に入れるため、ある大貴族の御曹司がブライン商会の長であるシャロンの父親に直々に依頼してきたらしい。


 タマラが言うにはブライン商会というのは相当でかい組織らしい。その伝手を使って探し出せ、と貴族のお坊ちゃまが命令したようだ。


 どうやらその騒動にシャロンは巻き込まれたようだ。つまりは何者かによる妨害工作。この件から手を引けと言うブライン商会への脅しだ。


 まったく、迷惑な話だよ。


「で、どうする?」

「どうするとは?」

「護衛を頼まれただろう。受けるのか?」

「私はどちらでも」

「……興味がなさそうだな」

「まあ、ありませんね」


 ……冷たいねぇ。しかし、それもそうか。俺たちはたまたまシャロンがいる現場に居合わせて、たまたま彼女を助けただけだ。俺もタマラも今回の問題とはまったく関係がない。


 関係はない、が。


「リリアンヌは、どうするかなぁ」

「……それは言わないでいただけると助かるのですが」


 リリアンヌ。あの子がこの場にいたらきっとシャロンを見捨てたりはしないだろう。


「まあ、俺はリリアンヌがどうこうじゃなく、最初から助けるつもりだったけどな」

「なら素直にそう言ってください」

「悪いな。タマラの気持ちも知りたかったんだ」

「嫌な人ですね、あなたは」

「人じゃない。メガネだ」


 それに今回のことを無視したりしたら、きっとリリアンヌに軽蔑される。タマラもそれは嫌だろう。


「じゃあ、今回の依頼は引き受けるということで」


 決定。となれば次はどうするかだ。


「で、なんか対策は?」

「わかりません。敵が何者なのかわからない現状では対策も何もありませんから」


 まあ、その通り。相手がわからなければどうにもならない。


 わかっているのは青いバラを狙っている馬鹿の他に二人の馬鹿がいることだけだ。黄金のリンゴを狙う馬鹿と、イチジクの花束を狙う馬鹿だ。


 おそらくシャロンを襲わせたのはその馬鹿二人のどちらかだろう。となると、この二人を潰せば問題は解決、すればいいんだけども。


「可能性があるのは他の求婚者二人だが」

「どちらもこの国の有力貴族。下手に手を出せばこちらが危ないですね」

「だよねぇ。困ったもんだよ」


 となると、できることは限られてくる。


「そもそも俺たちは今回のことをどうこうしてくれとは言われてない」

「はい。シャロン様を守ることが私たちの仕事です」


 それならばわかりやすい。シャロンを襲おうとしている奴を排除すればいい。


「ふひひひ」

「……気持ち悪いですね。なんなんですか?」

「いや。いろいろと考えててね」


 敵は何者かわからない。となると姿を現した敵を相手にするしかない。


「ちょっとね、試したいことがあるんだ」

「試したいこと?」


 さて、タマラ。俺に付き合ってもらうよ。


「AR機能発動」


 AR。漢字で書くと拡張現実だ。


 拡張現実。なんてかっこいい響きなんでしょう。しかし、響きはいいんだが、前世の世界では魔法のようにはいかなかった。現実の世界をカメラを通してみると画面に道案内が表示されたり、巨大ロボットの映像が現れたりはするだけで、現実にそれが実体化するわけじゃあない。


 しかし! この世界には魔法がある。魔法で現実を拡張できる! と、俺は考えたわけだ。


 想像を現実にする技術。それが魔法だ。なら、できるはずだ。


「……なんですか、これは?」

「……銃、だよ」

「……なんですか、その気持ち悪い溜めは」


 俺のレンズに映る映像にはテーブルに置かれた銃がある。オートマチック式のハンドガンだ。


「とりあえずそれを手に取ってみてくれ」

「はあ? わかりました」


 メガネのレンズに映る映像には銃がある。しかし、それは現実の映像に想像の銃を投影しただけで、実際にそこに銃はないはずだ。


 しかし、俺は魔法のメガネ。魔法のメガネなんだ。


「取りましたけど、これが何か?」


 ……よし! 成功!


「手に持った感想は?」

「固いですね。金属製ですか?」

「タマラは銃を見たことは?」

「いいえ。そもそも銃とはなんですか?」


 なるほど。この世界には銃はないらしい。まあ、銃なんかを撃ち合うよりも魔法で吹き飛ばしたほうが手っ取り早いか。


 しかし、それじゃあロマンがない。ロマンが足りない。


 メガネ、メイド服、そして銃。


「いいねぇ、いいじゃないか」

「……気持ち悪い」


 気持ち悪くて結構。俺は俺の趣味を貫く。


「とりあえず使い方を教える。レンズに映像を映すからその通りに使ってみてくれ」

「わかりました」


 まあ、俺もメガネを掛けたメイドが銃で戦う姿が好きなだけで銃には詳しくはないから適当だが。


「スライドを引いて、銃口を向けて、引き金を引く」

「そうだ。それじゃあ、さっそくだがこいつを狙ってみてくれ」

「この人型の看板ですね?」

「そうだ。それを狙って引き金を引くんだ」


 銃の詳しい構造は、知らん。しかし、ここは魔法の世界だ。


「引き金を、引く」

「――。上等、上等」


 当たった。音はない。そもそもこの銃は火薬で鉛玉を撃ち出す物じゃない。


 打ち出すのは『魔弾』だ。かっこよく言ってはいるが、単なる魔力の塊だ。


「今打ち出した光の弾が当たると相手を気絶させることができる」

「当てるだけでいいんですか?」

「ああ。当たった人間の脳や神経にダメージを与える弾丸だ。肉体へのダメージは無いが、その代わりにどこに当たっても一発KOだ」


 魔法の弾だから音もなく反動もない。しかし、効果は抜群。我ながらいい物を考え出したもんだ。


 さすが俺だ。ほめてくれ。


「今持っているのは近距離用だ。別の物を使えばもっと遠くの相手にも対処できる。が、今は銃に慣れるのが先だな」


 この銃があれば手の届かない範囲の敵も相手ができる。どうやらタマラは体術の心得があるようだし、銃が使えるようになればあらゆる状況に対応できるだろう。


「……というかタマラは誰に戦い方を教わったんだ? キミがそんなに強いなんて知らなかったぞ」

「まあ、そうですね。リリアンヌ様やあなたの前では一度も披露したことはありませんから」


 盗賊を倒したタマラの手際。あれは相当な修練を積んだ人間の動きだった。となればそれなりの人物に格闘術を習ったのだろう。


「格闘術を教えてくださったのは、マリアンヌ様です」

「へえ、そうなのか。マリアンヌさん……が!?」


 マリアンヌ!? それってリリアンヌのお母さんの!?


「嘘だろ!?」

「ここで嘘をついてなんの意味があると?」

「いや、わかんないけどさ」


 まあ、確かにこの状況でそんな下らない嘘をつく必要はないけども。だからってあのマリアンヌさんがタマラの師匠だとは素直には信じられない。


「マリアンヌ様とロック様はお知り合いだったでしょう?」

「……ああ、なるほど」


 納得だ。それだけで納得できる。


「マリアンヌ様は旦那様とご結婚なさる以前に旅の魔法使いから戦い方を教わったそうです。まあ、詳しくは教えてくださいませんでしたが、おそらくはロック様かと」


 確かマリアンヌさんは魔法が使えなかったはずだ。たぶん、ロックは魔法の代わりにマリアンヌさんに格闘術を教えたのだろう。


「ちなみに私は一度もマリアンヌ様に勝ったことがありません」

「……そんなに強いの?」

「はい。呆れるほどに」


 信じられねぇ。見た目は普通の優しそうな貴族のご夫人なのに。


 しかし、だとしたら頼もしい限りだ。


「じゃあ、もしかして、あそこにいるメイドたちは」


 リリアンヌのところにはタマラ以外にも使用人がいた。もしかしたら、あそこにいる使用人たち全員戦闘民族並の強さを。

 

「いいえ。私だけです。マリアンヌ様も、教えたのは私が初めてだと」

「そうなのか?」


 なんで? みんな戦えるようになれば頼もしいのに。


「……まあ、いろいろですよ」


 ……なんだかあんまり追求されたくないようだ。


 なら、今はやめておこう。


「そんじゃあ、今日はここいらで終わりにするか。続きは明日。明日は外で試してみよう」


 今日はもう遅い。続きはまた明日だ。


「お休み、タマラ」

「お休みなさいませ」


 さて、今日はお終い。


 お楽しみは、明日、明日。


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