第29話 メガネとメイドと
……ごめんね。ホント。
「リリアンヌ様の荒れようと言ったらヒドイものでしたよ。ずっと泣き続けて、なだめるのに苦労しました」
「ごめん。本当にごめんな」
「謝るぐらいならひと言言ってから出て行ってください」
「すんません……」
返す言葉もありません。正論も正論、ド正論過ぎてなんも言えません。
「しかし、なんでキミが?」
「もちろん、リリアンヌ様にお願いされてです。あなたを連れ戻してくるように、と」
どうやら、俺が旅立った後にいろいろあったらしい。
まあ、そうだな。もう一週間は経ってるんだ。何かあっても当たり前か。
「リリアンヌたちは」
「すでに魔法学校へ。ロック様たちはどこかへ旅立ちました。レオはマリアンヌ様が面倒を見ています」
「そうか。何とかなったんだな」
「あなたが出ていかなければもっとスムーズに行きましたけど」
「ごめん……」
「リリアンヌ様をなだめて準備をするのに四日かかりました」
で、それが終わって俺のところに来た、と言うわけか。
「途中まではロック様の転移魔法で送り届けていただきました」
「ああ、だから早かったのか」
一週間。俺はリリアンヌの屋敷を出てからずっと走り続けていた。途中、いろいろな物を観察しながらだったから一日中というわけではないが、食べたり寝たりが必要のないメガネの体のおかげで疲れることなく移動をすることができた。
誤算だったのは周辺の地図を記憶し忘れていたことだ。そのおかげで道に迷って森で迷子だ。たはは……。
「それで、あなたはどうするおつもりですか?」
「どうするって?」
「旅の目的は? 目的地は?」
「いや、それが、まだ、ね」
「何も決めずに飛び出した、と」
「すんません」
「はあ……」
ため息つかないでくれよ。俺だってつきたいんだ。
まあ、しかし、ため息をつかれて当然か。自分でも何やってんだと思うもんなぁ……。
「とにかく、私は連れて来いと命じられています」
「ま、待ってくれ。それは、ちょっと」
「わかっています。ロック様から、好きにさせてやれ、と言われています」
……ロック。やっぱり頼れるのは大魔法使いだ。
「情けないことを言ったらレンズを叩き割ってやれ、とも言われています」
前言撤回。やっぱりとんでもないロックだ。
「まあ、どちらにせよ。すぐには戻れませんが」
「なんで?」
「なんでって。誰が転移魔法を使えるんですか?」
「あー、確かに」
「確かに、じゃありませんよ。呆れてため息しかでません」
すまん。我ながら本当に呆れたやつだと思う。
でも、それでも見捨てないでくれ。お願い。
「……そんなことより。これからどうするのですか?」
「どうするって……。どうする?」
さて、本当にどうしようか。
「まさか助けた相手がこんな大店の娘さんだとは」
なんというか、偶然と言うのは恐ろしい。
「お礼をしたいと部屋に案内されたのは良いのですが……」
部屋。今いるのはとんでもない部屋だ。毛足の長い赤い絨毯も、テーブルも部屋に置かれた花瓶なんかの調度品も、壁紙なんかもすべて見るからに超高級品。俺が鑑定しなくても明らかに高そうだ。おそらく、俺の前世の給料じゃあ到底手に入らないレベルの物ばかりが置かれた客室だ。
「てか、隣の国にまで来てたんだな」
「だな、って気付いてなかったのですか?」
「いやあ、まったく」
「……あなたは、馬鹿なのですね」
「おう。そう言われても仕方ないな」
「開き直らないでください」
「んなっはっはっは!」
まあ、とにかくいいじゃないか細かいことは。今はこれからのことを考えよう。
「失礼します」
ヤバイ、誰か来た。
「くれぐれも俺のことは秘密で」
「わかっています。面倒事は御免です」
さて、俺は美人メイドのメガネのフリをしますか。
うひひ。
「改めてまして、先程は危ないところを助けていただきありがとうございました」
「いえ。それよりもお怪我は?」
「はい。おかげ様でかすり傷程度です」
「そうですか。安心しました」
……よし、解析鑑定は弾かれなかった。どうやら危険人物ではなさそうだ。
シャロン・ブライア。ブライア商会のひとり娘、らしい。一応、この部屋に来る前に自己紹介して名前は知っている。
シャロンの年齢はリリアンヌよりも年上だろう。前世で言うと高校一年生ぐらいだ。栗色の髪と同じ色の瞳の元気の良さそうな女の子だ。
その後ろにいるのはシャロンのお付きのメイドのハエッタ。そばかす顔の鼻の丸い、可愛らしい顔立ちの女性だ。年齢はタマラと同じぐらいか。
「申し訳ありません。今、父は外出しておりまして。お礼は改めてそのときに」
「いえ、お気遣いなく」
「そうはいきません! 命を助けていただいたのに何もせず返したとあればブライアの名に傷がつきます!」
ブライア。ブライア商会。正直に言うと、俺はこの世界の情勢には疎い。そもそもこちらに転生してからホウソーン王国から出たことがないし、王国の歴史やこの世界についてのある程度の知識はあるが、他国の内情まではよくわからない。
だから、このブライア商会がどれぐらいの規模なのかさっぱりだ。しかし、今いる部屋を見る限り、相当儲かっていることは確かだろう。
まあ、そこらへんはタマラのほうが知っているだろう。生まれも育ちもこの世界の人間であるタマラなら、ある程度は知っているはずだ。
頼りにしてるぞ、タマラ。いろいろと気になることもあるしな。
「そうですか。でしたら、少しお話を伺いたいのですが」
「なんなりと!」
「では、護衛もつけずになぜあんな場所にいたのですか?」
まず、それだ。ブライア商会と言う金持ちのお嬢様がなぜ護衛もつけずにあんな場所にいたのかだ。
いや、護衛はいたのか? あの場所から逃げていった男が三人いたが、あれが護衛だったのかもしれない。
「それが、いなくなってしまったのです」
「いなくなった?」
「はい。いきなり馬車が止まって、何事かと思ったら盗賊が現れて、馬車から引きずり出されて」
「争う音は聞こえなかった、と?」
「はい。それに、盗賊に馬車から降ろされたときに見ましたけれど、どこにも護衛として雇った方々はいませんでした」
護衛は付けていた。しかし、盗賊の襲撃に応戦した様子はなかった。となると、やはりあの場所から逃げた男たちが護衛だったのだろう。
「そもそもあの場所はそれほど危険な場所ではありません。盗賊の話などここ数年聞いたことがないぐらいです」
「ですが、不用心過ぎました。万が一のことを考えて、もっと護衛をつけていれば」
「ハエッタが気にすることじゃないわ。油断していたのは私も同じだもの」
油断。いや、油断したとかそういう話じゃないんじゃないか?
「他に変わったことは?」
「変わったこと?」
「……そういえば、お嬢様。そもそも今回のこと自体が少しおかしいのでは」
「確かにそうかも」
「どういうことでしょうか?」
「実は、隣町の親戚のところへ行ったのですけど、招待していないと言われてしまいまして」
「そうなのです。確かに手紙は受け取ったのですが、先方はそもそも手紙を出した記憶はない、と」
シャロンは隣町の親戚のところへ遊びに行った。遊びに来いと手紙を受け取ったからだ。しかし、実際に親戚のところへ行ってみると、相手は招待していないし手紙も出していない、と言っていた、と。
「まあ、でもせっかくだからと少しお茶をして帰ってきました」
「その帰路で襲撃された」
「はい。そうです」
……怪しい。露骨に怪しい。
「もしかしたら、その手紙は何者かによる嘘の手紙の可能性がありますね。手紙で誘い出し、シャロン様を襲撃する計画だったのかも」
「そんな!」
「い、一体だれが?」
さて、一体だれか。もしかしたら内部に敵がいるかもしれない。
「護衛の他に誰かいなくなった者は?」
「そう言えば、ルードは無事かしら」
「ルード?」
「はい。うちの使用人で、今回の馬車の馭者を務めていた男です」
「その男を指名したのはシャロン様ですか?」
「いいえ。彼が自分から名乗り出ました」
怪しい。怪しすぎる。
「申し訳ありません。これはあくまで私の仮説なのですが。今回の襲撃は仕組まれていたことかと」
「どういうことですか!?」
「偽物の手紙、姿を消した馭者と護衛。おそらくはルードと言う男と護衛は共犯でしょう」
「そんな、どうして」
「あくまでも仮説です。しかし、なにか心当たりは?」
「心当たりなんて」
「お嬢様、もしかしたら……」
どうやら心当たりがあるらしい。
「ハエッタさん、何か思い当たることでも?」
「はい。実は少し前に、ある方からご依頼を受けまして」
「依頼。どのような?」
「無理難題です! 『永遠の青いバラ』を探せなんて!」
「青いバラ?」
青いバラか。確か俺の前世でも珍しいバラだったはずだ。というか珍しいとかいうレベルじゃなく、そもそも存在しないんじゃなかったっけか。
「そんなに青いバラが欲しいなら自分で探せばいいのに!」
「お嬢様、落ち着いてください」
「何が大貴族よ! 好きな人へのプレゼントぐらい自分でどうにかするのがスジでしょ!」
プレゼント? どういうことだ?
「その話、詳しくお聞かせ願えますか?」
……詳しく、か。それを聞いてしまえば俺たちも問題に首を突っ込むことになるな。
まあ、いいさ。どんとこいだ。ここで見捨てておさらばなんてメガネのすることじゃない。
誰かの役に立ってこそ、誰かの支えになってこそ。それがメガネだ。
さあ、なんでもこい!
……少しは手加減してくれても、いいけどな!
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