第2部
第28話 メガネの奇妙な冒険の始まり
人生ってやつは本当に奇妙なもんだ。メガネに生まれ変わるなんておかしなことが起こるくらいに、だ。
いや、まあ、そんなことは滅多に起こらないか。いやいや、もしかしたら誰も気付いてないだけで、本当は頻繁に起こっていることなのかもしれない。
確かめてみるのも面白いだろう。俺と同じような境遇の人間を探してみるのもいいだろう。
余裕があれば、だけどな。
「しかし、飛び出してきたはいいものの。どうすっかなぁ……」
俺は限界を超えなくちゃならない。今のままじゃ、守りたいものも守れない。
強くならなくては、と思って旅に出たはいいものの、行き先も目的も何も決めていない。本当に勢いで飛び出して来てしまった。
とりあえず南のほうに向かっているが、どうも道を間違えたようだ。というか、道がない。絶賛森の中で、どっちに行けばこの森を抜けられるのかさっぱりだ。
途方に暮れるってのはこういう事か。ははっ、無鉄砲にも程があるな。
「今更戻るわけにもいかないしなぁ」
何というか、恥ずかしい。何も告げずに出てきたのに何も成せずに戻るというのは、情けないにも程がある。
「とりあえず、風呂に入りたいな」
風呂。メガネが風呂に入るなんておかしな話だが、レンズやフレームが土やホコリで汚れてしまった。今まではリリアンヌの顔の上にいたからそれ程だったし、掃除もリリアンヌがしてくれたが、今は自分でやらなくてはならない。
不便だ。しかし、自分で選んだ道た。
自分でなんとかする。それ以外にない。
俺の道を行く。メガネの道を行く。
まあ、おそらくは道なき道だろうけども。
「さて、そうなると水が必要だな」
いや、水溜まりでもいいか。昨日雨が降ったから、そこいらにあるだろう。
「……あったあった。あれでいいか」
水溜まりを発見。量も十分十分。多少は落ち葉や何やらが浮いているが、それはそれだ。
しかし、メガネでよかった。少量の水でも十分体を洗うことができる。
「……俺は本当にメガネなのか?」
ひとりで動くメガネ。メガネのツルで歩いたり走ったり、ツルを伸ばして木に登ったり、猿みたいに木の間を飛び移ったり。
……まあ、今はいいか。とりあえず風呂だ。
「あー……。なんて、全然気持ち良かないな」
何も感じない。水に入ったのに冷たくも熱くもない。
「さて、どうやって洗うか」
メガネクリーナーもメガネ拭きもない。これでどうやって汚れを落とすか。
「……あれをやってみるか。超音波」
よくメガネ屋の店頭なんかに置かれてる超音波洗浄機。あれの真似をすればいけるかもしれない。
「あばばばばばばば」
……超音波は出たな。ブルブル震えてる。
しかし、失敗だ。振動で水溜まりが土で濁ってきた。これじゃあ、余計に汚れてしまう。
「まあ、超音波が出ることがわかっただけいいか」
超音波が出る。さて、これをどう使ってみようか。
「確か、コウモリやイルカは超音波で周囲の物を探ることが出来た、よな」
超音波探知機。面白そうな機能を見つけた。これで少しは旅が楽になるといいな。
「よっしゃ、さっそく使ってみるか」
水から出て、木に登って、探知、探知っと。
「おお、見える見える」
周囲の地形がよく見える。今は森の中だけど、もっと開けた場所に行けば探知範囲も広がるだろう。
「……あっちに道があるな。行ってみるか」
人。そうだ、人に会おう。人間がたくさんいる場所に行けば、何か旅の目的が見つかるかもしれない。
「リリアンヌ、俺、頑張るよ」
リリアンヌのため、みんなのため。どうにか成長しなくては。
もっと役に立つメガネになるために。
「まあ、今はとりあえずもっと良い水場をさが」
「いやあああああ!!」
悲鳴!?
「……あっちか!」
ちょうど俺が行こうとしてた道の方向だ。都合が良いのか悪いのか。
「間に合えよ!」
走るより木の間を飛び移ったた方が速いな。体に付いた水滴は、跳んでりゃ乾くだろう。
急げ。あれは女の子の悲鳴だった。
メガネとして女の子の悲鳴を無視するなんてできない!
「いやっほおおおおおおい!!」
「な、なんだ!?」
「なんの声だ!?」
見つけた。ちょうど目的の現場の頭上に飛び出せた。
馬車が1台、男が7人。逃げて行く男が3人。それと、襲われている女の子が2人。
「盗賊、襲撃。貞操の危機ってか」
クソ共が。
「上だよ!!」
「!!」
「なんだ!?」
こっち向いたな阿呆め!!
「フラッシュ!!」
「ナギャっ!?」
「め、目があああああ!!」
「ちくしょう! 何がどうなって!」
OK、目潰し成功。
「今のうちに逃げるんだ!」
男たちの目が見えないうちに早く!
「お、お嬢様!」
「どこ、どこなの! 何も見えないの!」
しまった! 全員の目をやっちまった! これじゃあ逃げるにも逃げられないじやないか俺の馬鹿野郎!
ど、どど、どうする!? どうするよ!
「魔力は、感じない! クソっ! これじゃあ俺を掛けてもダメだ!」
魔力を持った人間じゃないと俺を掛けても意味がない。こんなことならロックに誰でも使えるように改造してもらえばよかった。ちくしょう。
「いや、待て。今の俺ならいけるか?」
魔力を持っていなかった以前の俺とは違う。今は魔力を蓄えたバッテリー内蔵だ。そもそも掛けてもいなくてもフラッシュが使えるんだから、問題ないのでは?
いけるか? いや、とにかくやってみるしか。
こんなことならもっと準備してから――。なんて後悔してても始まらん!
とにかくどうにかして女の子2人を安全な場所に。
「……クソっ、こんな時に!」
誰か来る。この盗賊どもの仲間か?
いや、待て。
あの姿は見たことがある。
黒髪のショートカットで、黒曜石のような艶やかな黒い瞳の、メガネの似合いそうな知的な、メイド服の――。
「タマラ!?」
タマラだ! タマラがこっちに走って来てる!
いやでもなんで!? なんでここにいるの!?
「失礼します」
「ほげらっ!?」
「な、どうしたんだおい!?」
見事な飛び蹴りで盗賊ひとりを一発KO! じゃなくて。
「タマラ!」
「お話は後程」
ま、まあそうだよな。今はこの盗賊どもをさっさと。
さっさと……。
「――終わりました」
……終わったね。あっという間だ。目が見えない相手とは言え、武装した成人男性7人をこうも手際よく蹴り一発で制圧していくとは。
タマラって、こんなに戦闘力高かったっけ?
「大丈夫ですか?」
「ひぃっ」
「まだ目が見えていないようですね。安心してください、私は味方です」
襲われていた彼女たちへのフォローもばっちりだ。やはり有能メイド。
「あ、あのう」
「何をぼさっとしているのですか。さっさと移動しますよ」
「りょ、了解です」
……やることがない。
「気を付けてください」
「あ、ありがとう」
「お、お嬢様は」
「無事です。さあ、あなたも馬車へ」
襲われていた女の子たちを安心させながら馬車に乗せているタマラは、なんというかピンチに駆けつけた王子様みたいだ。
で、俺は……。
「あなたも早く、私の顔に」
「はい……」
ま、まあ、危険は脱したんだ。それだけでいいじゃないか。
「ハっ!」
馬を操る手際のいいこと。馬車も快適文句なし。
ほんと、なんでもできるな。有能タマラは。
いや、まて、というか、そうだよ。
「なんで、タマラがいるんだ?」
さっぱりわからない。
わからないが。
……助かった。
正直、ほんのちょっと心細かったんだ。本当に、本当に、ちょっとだけだがね。
いや、しかし、この状況は、やはり。
「美人メイドのメガネ、か」
うん、うん。
最高じゃないか。
いや、まだ。まだ、もっと良くなれる。
「うひひ」
「何を笑っているのですか? 気持ち悪い」
気持ち悪くて結構だ。俺は俺の趣味を貫く。
さて、どうするか。
楽しいねぇ、まったく。
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