第25話 さあ、正しい選択を
俺は、死んだんだ。あの時、車にひかれて。
車道の真ん中に落ちていたメガネ。あれは一体なんだったんだろう。そもそもなぜあんなところにメガネが落ちていたんだろう。
「……今更そんなことを考えても無駄か」
どれぐらいの時間が経ったかわからない。ゆらゆらと漂っているような感覚がずっと続いている。
俺はメガネに生まれ変わった。夢だった美少女のメガネになることができた。
素敵な少女のメガネになれた。真面目で心優しくて、少し頑固で、とても良い子だった。
俺は、きっと死んだんだ。あのヒュームとかいう魔法使いに殺されたんだ。
いや、壊されたのか。メガネは生き物じゃないんだから。
「さて、ここは、どこだろうな」
意識は、ある。意外とはっきりしている。
だが何も見えない。真っ暗で、目を開けているのかも閉じているのかもさっぱりだ。
音も聞こえない。本当の無音と言うのは気持ちが悪いのだと初めて知った。
臭いもない。熱もない。
あるのはただ揺られている感覚だけだ。
「……みんな、大丈夫かな」
……大丈夫なわけがないだろう。あの状況で。
あいつは、ヒュームはリリアンヌたちを殺しに来ていた。理由はわかっている
ヴィルヘルムの十三予言。そのひとつを阻止しに来たのだ。予言を阻止するためにリリアンヌとメイを始末しに来たのだ。
ロックも無事だろうか。ベーコンとの戦いはどうなったんだろう。
「戻れる、のか? あそこに」
戻れるのだろうか。というかそもそもここはどこなのか。
それに、戻れたとして、どうすればいいのか。
全く歯が立たなかった。ヒュームに対抗する手段が見つからなかった。
いや、あったのかもしれない。けれど、それを発揮することができなかった。
明らかな経験不足だ。いくらか場数を踏んでいれば結果は違っていたかもしれない。
まあ、とんだタラレバだがね。
「戻らないと、あそこに」
戻りたい。リリアンヌたちのところに。
でも、戻ってどうする? 俺に何ができる?
たかがメガネに。
「……ふざけんじゃねえぞ、俺」
たかがメガネ?
ふざけんな。それでもメガネ好きか!
それがメガネを愛し、メガネに転生した男の言葉か!
ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!
メガネはそんなもんじゃねえ! たかがなんて言われる物じゃない!
見くびってどうする! 信じないでどうする!
信じるんだ。メガネの可能性を。
メガネの力を。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「うるせえっ!!」
んだ、誰!?
「騒がしい野郎だな、誰だテメェは?」
誰? そっちこそ誰だ。
「なんだ? 迷い込んだのか? お前さん、名前は?」
名前。名前か……。
そういや、まだ誰にも本名を教えていなかったな。
「ケイスケ、かな」
「なんだ? 妙に曖昧じねぇか」
「一度死んだんでね。その名前での人生はもう終わったんだ」
「そうかい。よくわからねぇが」
そうだ。前世の自分は死んでいる。今はメガネの妖精だ。
「それで、あんたは?」
「俺か? さて、なんだったかな?」
「なんだそりゃ?」
「なんだそりゃだよなぁ。俺もそう思うぜ」
変な奴だ。しかし、敵意は感じない。
何者だ、こいつは。
「まあ、いいや。それでここはどこなんだ?」
「さて、どこだろうなあ」
「それもわからないのかよ」
「いや、名前はあるんだ。狭間の世界なんて呼ばれてる、はずだ」
狭間の世界。名前からして何かの狭間にある場所なのか?
「で、あんたはここで何してるんだ?」
「ああ、そいつはわかる。あれを見張ってるんだ」
あれ? あれと言われても、なにも。
「悪い、なにも見えないんだ」
「いや、見えるはずだ。見ようとすればよ」
見ようとすれば?
「目で見ようとするな。ただ、見るんだ」
見る。見る。見る。
「どうだ?」
「まあ、なんとなく、は」
……確かに、何か見えてきた。
あれは、門か? ずいぶんと、でかいな。
「これはなんなんだ?」
「さあ?」
「さあ? って」
「門の名前は知らないが、どこに繋がってるのかは知ってる」
なんというか、本当に変な奴だな。
「で、どこなんだそこは」
「魔界だ」
……魔界。
魔界!?
「まさか、あんた、魔法使いか?」
「ん? そうだったような、違うような?」
いや、そうだ。絶対にそうに違いない。
「あんたはこの門を見張ってるのか?」
「ああ、そうだ。それは覚えてる」
間違いない。俺はこいつを知ってる。
オーギュスト・コント。歴史の本に書いてあった。
魔界。確かそこは恐ろしい魔物が生息する人間の住めない過酷な世界だと本に記載されていた。そして、かつてはリリアンヌたちの世界と魔界は繋がっていたらしい。
だか、今は繋がっていない。280年ほど前に二つの世界は切り離された。
それが『断界』だ。
リリアンヌたちの世界にはかつては魔物がいた。原因は魔界だ。魔界から魔物が流れて来たり、魔界から溢れ出て来る『瘴気』と呼ばれる物が流れ込んでくることで普通の動植物や無機物までもが魔物になってしまったらしい。
それをどうにかするために行われたのが断界だ。こちらの世界と魔界との繋がりを断絶させることで、魔物の流入と発生を防いだのだ。
それと同時に放たれたのが『浄化の火』だ。
魔界から切り離されたとしてもすでに世界に散らばった魔物たちは消えることはない。だから焼き払った。浄化の火と呼ばれる大魔法で世界中の魔物たちを滅ぼしたのだ。
世界から魔物を消し去った。その功労者の一人がコントだ。断界を行った魔法使いの一人がコントだったはずだ。
そして、コントが一人、残った。魔界と繋がる門の番人として。
だとすると、ここは、魔界とこちらの世界との狭間にある世界。
「で、お前さんはここに何しに来た?」
「あんたの言う通り迷い込んだだけだ」
「そうか。で、何しに来た?」
「だから、迷ってるだけだって」
「そうか。この扉をぶっ壊しにきたわけじゃないんだな?」
壊す? なぜ? そんなことをして俺に何の得があるんだ?
「いるんだよ、馬鹿が。この扉をぶっ壊して、魔界の力を手に入れようとか考える野郎がな」
魔界の力。確かにその響きだけ耳にすればとても魅力的に聞こえる。特に闇堕ちしたライバルキャラなんかが飛びつきそうな響きだ。
だが、俺にはそんな物必要ない。というより、ここから早くどうにか出ていきたいくらいだ。
「なあ、あんた。ここから出るにはどうしたらいい?」
「出口から出りゃいいさ」
「その出口ってのは?」
「あ? そこにあんだろうが」
そこ?
どこ?
「どこに?」
「そこだよ」
……そこ?
「見えねえのか?」
「ああ、見えない」
「そうか」
そうか、じゃねえよ!
「どうにかして元居た場所に戻りたいんだ。なあ、どうすればいいんだよ」
「だからよ、出口から出ていきゃいいんだよ」
「だから、出口はどこに」
「そこだよ」
「そこってどこだよ!」
「そこだ」
だからそこってどこなんだよ!
「見えねえってことは迷ってるってこった」
「……迷ってる?」
迷い。俺は、迷っている。
何に。俺は何に迷ってるんだ?
「迷いなんてない。俺は、戻りたいんだ」
あそこに。
あそこ。
「そこは……」
……どこだ?
「わかってるはずだぜ、お前さんは」
わかってる?
わかっているはずだ。
わかる。
「二つあらぁな」
二つ。
扉が二つ。
「見えるだろう、なあ?」
二つ、ある。
あれは、子供の頃の、俺だ。前世の俺だ。
みんないる。俺もいる。生きている。感じている。
におい、熱、息づかい、味も、感触も、全部ある。
全部。全部が、懐かしい。
「もど、る……?」
戻れる、のか。あそこに。
「まあ、何が見えてるかは知らねえが。どっちを選ぶかは自由だ」
自由。そうだ、俺は自由だ。どこへ行くにも、自由だ。
「さあ、正しい選択を」
正しい、選択を……。
「正しい、ねえ」
は、ははは。
正しい選択、正しい道、ね。
「んなもん、決まってるだろ」
人間は間違う生き物だ。失敗するし、道を踏み外すこともある。
そうだ。必要なのは『覚悟』だ。自分でそう言ったじゃないか。
「こんなところで迷ってたら、笑われちまう」
振り返るな、前を見ろ。
自分が思う、正しい場所へ。
懐かしさも未練も、全部置いていくんだ。置いて前に進むんだ。
さようなら、俺。元気でな。
「じゃあな、おっさん」
「おう、もう来るんじゃねえぞ」
ああ、そのつもりだよ。
「……なあ、異世界人さんよ」
……なんだ?
「予言てやつを、信じるかい?」
「いいや。んなもん、信じねえよ」
信じてたまるか、チクショウが。
「そうかい。そいつはよかった」
なんなんだ? こいつはどうして笑ってるんだ?
「お前さんなら、大丈夫だ」
変な奴だ。
「……いや、まて。あんた、なんで俺が」
「じゃあな。異世界人」
「おい待て!」
なんで、俺が異世界の人間だって、知って。
「ひとつ俺からアドバイスだ」
ちくしょう、声が。
「常識を疑え。以上だ」
だから、何を、い、って、る。
「異界より王来る。その王、門の前に立ち――」
な、にも、みえ――。
な――。
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