第26話 メガネが本体
――俺は、これをどこから見てるんだ?
「なかなか壊れませんねぇ。さすがベーコン製は頑丈だ」
いつもの森だ。森を見下ろしている。
下には、リリアンヌたちだ。リリアンヌたちと、確か、ヒュームとかいう魔法使いだ。
遠くでは、あれはロックとベーコンだろう。音と煙と閃光と、化け物じみた魔法使いが化け物みたいな戦いをしている。
俺は、ヒュームの手の中か。ヒュームの手にはメガネが二つ。リリアンヌの物とメイの物だな、あれは。
じゃあ、今の俺は何だ? 俺は今、ヒュームの手の中で、だんだんと壊れて。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい!」
壊れないんじゃなかったのか!? ベーコンがそう言ってたじゃないか! 剣で叩いても傷つかないし、象が踏んでも壊れないんじゃなかったのか!?
いやいや待て待て。魔法なら壊れるのか? なら余計ヤバいじゃないか。
ヒュームが使ってるのは闇の魔法だ。あれは呪いや腐敗やなにやらとじめじめジゲジゲ陰気臭い魔法ばかりだったはずだ。
クソが! 中二病の闇堕ち野郎め! どうにかしてあいつの手から逃げないとこのままじゃ壊れちまう!
もし壊れたらどうなるんだ? 俺は死ぬのか?
そもそもメガネは死ぬのか? メガネが死ぬってどういうことだ?
「わからねえが、戻る!」
まったくさっぱりわからない。というかわかるわけがない。
無機物が死ぬ。死ぬってなんだ? そもそも死とは?
「知るかボケっ!」
死ぬかどうかはどうでもいい。今すぐあのメガネに戻らないと。
あれが今の俺の体だ。俺の本体だ。
……最高じゃないか。
「いいねぇ、メガネが本体」
メガネ好きにはたまらないぜ。
しかし、あの野郎。メガネの扱いを知らねえな。
「素手でべたべた触りやがって。レンズが指紋だらけになるじゃねえか」
とにかく戻ろう。戻ろう。
戻れ。俺。
「やめなさい! それはリリアンヌの大切な物ですわ!」
「知りませんねぇ、そんなことは。私にとっては厄介な物でしかありませんので」
……戻ったか? 戻ったのか?
真っ暗だ。と、言うことは戻ったのか。
「面倒だなぁ、ったく。だが、問題ない」
そう。これはさっきと同じ状況だ。
「目で見るな。ただ、見ろ」
もともとメガネに目はない。視力の悪い目を助けるための物でしかない。
だが、それはただのメガネの場合だ。俺は意思を持つ魔法のメガネだ。
「――。よし、見えてきた」
視界は良好。まあ、だいぶレンズにヒビが入っていて見えにくいは見えにくいが。
しかし、ここからどうする。とにかくこいつの手から逃れないと、このままボロボロにされちまう。
……いや、待て。
そうでもないか?
「……なかなか壊れませんねぇ」
いや、壊れるどころかむしろ再生してるぞ?
「ベーコンめ。一体どれだけ頑丈に」
まあ、一体全体何がどうなってるかわからないが、ありがとう加工肉。俺たちを襲撃してきたことは許さんがね。
さて、そうなると時間はまだありそうだ。あまり長くはないだろうが。
「まあ、いい。壊れなくても取り上げてしまえば先ほどのおかしな魔法は使えないようですからね」
おかしな魔法? ああ、フラッシュ機能のことか。
そうだな。あれは使えない。あれは俺の機能の一つだ。あの機能を使うには誰かからの魔力の供給が必要だ。
……状況は、悪い。リリアンヌともメイとも距離が離れている。しかもメイは……、まずいな。俺が調整していた魔力が暴走し始めてる。このままじゃ、何が起こるかわからん。
こらえてくれ、メイ。今、どうにかするからな。
どうにか。
とにかく、魔力がいる。
となると、一番近い顔は。
「……こいつか」
ヒュームか。嫌だなぁ。しかし、メガネは顔に掛けて使う物だ。顔に掛けてもらわなければ――。
「常識を疑え、か……」
常識。メガネは顔に掛けてもらう物。ただの物。誰かの力を借りなければ動くこともできない。
――本当に?
「は、はははは」
そうだ。そうだよな。
俺は魔法のメガネだ。普通のメガネじゃない。
なら、できるはずだ。自分で動くことぐらい。
そうだ。やってみせるさ。
俺は今日からメガネの妖精改め。
「メガネの妖怪だ!」
「!?」
妖怪なら動いて当たり前だよな!
「な!? ツルが絡みついて!」
ツル。そうだ。ツルだよ。メガネのツルだ。ツルなんだから絡みついて何が悪い。
「クソッ、動くなこのメガネ!」
腕、肩、首。
よし、耳を捉えた!
「付喪神って知ってるか?」
物にも魂が宿るんだ。長く愛された物、名工の手で丹精込めて作り上げられた物。そういう物には魂が宿るんだよ。
俺みたいにな。
「離れろ! 私の顔から!」
「嫌だね」
頭、捕まえた。
さて、反撃開始だ。
「とりあえず、土下座しとけ」
「グガッ!?」
俺は魔法のメガネだ。重さも自由自在なんでね。
「重いだろう? 立てないだろう? 取れないだろう?」
「な、なんなんだ、これは!」
そういやどれだけ重たくなれるかは試したことがなかったなぁ。
取り合えず1トンぐらいにしておくか。
「ご、おおおおおおお!」
「……さっきから何をやっていますのあの人は」
そうだろうな。いきなり頭を地面に打ち付けてもがき始めたらそう思うだろうよ。
だがね、オルニール。そんな悠長なこと言ってる場合じゃないだろうに。
「オルニール! さっさとこいつからメガネを!」
「その声は妖精! あなた無事なんですのね!」
「んなことどうでもいいからさっさと取り返してメイに!」
そうだ。それが最優先だ。メガネさえかければメイの魔力は暴走しないはずだ。
「クソがっ、そんなことは」
「させないって?」
……こいつから魔力を貰うのは嫌だが。仕方ないね。
「吸いつくしてやるよ、闇堕ち赤目」
俺はずっとリリアンヌやメイと一緒にいたんだ。彼女たちの魔力を感じ、彼女たちから魔力を貰いながら生活していた。
「一度、顔に掛けられちまえばこっちのもんよ」
こいつの魔力はどんなもんだ? まあ、関係ないがね。
「大人しく映画でも見てろよ」
VRヘッドセットに変形。映像は、まあ、なんでもいいか。音量が最大ならなんでもな。
「がああああああああああああああああああああああああ!?!?」
どうだい? 耳が壊れるほどの大音量で見る映画は楽しいだろう?
「感想は?」
「離れ、離れろおおおおおおお!!」
聞こえてないか。
まあ、それでも説明はしておくかね。
「知ってるか? VRヘッドセットにはバッテリーが付いてるんだ」
バッテリー。充電池。本来のVRヘッドセットは電気で動くんだ。
だが、俺は魔法のメガネだ。魔法のメガネは魔力で動く。
「たっぷりと充電させて貰うよ」
充電、というのは違うか。充魔力と言えばいいのか。
……言いにくいから充電でいいか。
「全部、よこせ」
充電開始だ。もちろん急速で。
「う、ご、おおおお!?」
「どうだい? 魔力を吸い上げられる感覚は?」
「ふざ、けるなぁああああ!!」
無駄だよ。試しただろう? お前の魔法じゃ壊れない。離れてもやらない。
吸いつくしてやる。魔力も、生命力も。
「我ながらナイスアイデアだ。これで問題がひとつ解決したよ」
ありがとう、闇堕ち赤目。
そして、さようなら。
「くたばれ」
「こ、お、う……」
――。魔力はゼロ。充電は完了。
お休み。
「……し、死んだんですの?」
「いいや。魔力が切れただけだ。そのうち目覚めるだろうよ」
さすがに殺してしまうのは気が引けるというか、リリアンヌたちの前で人殺しはしたくない。
「妖精さん! 無事なんですか!」
「ああ、大丈夫だ」
「よ、よかった……」
リリアンヌは無事なようだ。目が見えなくて怖いだろうに、俺の心配をしてくれるとは何て優しい子なんだ……。
「オルニール、こいつが寝てる間にメイのメガネを」
「わかりましたわ!」
メイもメガネを掛ければ問題は解決だ。
「掛けましたわよ!」
「よし。これでメイは大丈夫だ」
魔力の制御を開始。と、ついでにメイの魔力もバッテリーに充電しておこう。そうすればメイの魔力が減って自分でも制御しやすくなるはずだ。
「オルニール、メイの次は俺を頼む」
自分でも移動できるだろうが、ウネウネ動いたら気持ち悪がられそうだし、ここはオルニールの手を借りておこう。
「妖精さん! 妖精さん!」
「よしよし、リリアンヌ。泣くんじゃない」
……やっぱりリリアンヌの顔の上が一番落ち着くな。美少女のメガネでいるのが一番だ。
「みんな怪我は?」
「大したことはありませんわ」
「レオ、大丈夫か?」
「お、おう」
「……気にするなよ。レオ」
「な、なんだよ」
「気にするな」
たぶん、傷ついてるだろうな、レオは。この状況で何もできなかった自分を情けなく思っているだろう。
まあ、他のみんなも何かできたわけじゃないが。
「とにかくみんな無事なようだな。あとは」
「そんな機能は付けた覚えはないんだが」
な!?
「ベーコン!!」
いつの間に。
「てめぇ、俺の生みの親だからって、ゆる、さ、ね、え……?」
な、なんだ、こいつは。
「声を発しているのか。さて、誰が付けたのやら」
ベーコンの左半身が、ない。
「こいつは魔道具技師だ。自分の分身作るぐらい朝飯前さ」
「ロック!」
どうやら戦いは終わったようだ。
しかし、こいつはベーコンそっくりの人形か。なら左半身が吹き飛んでいても無事でいられるのか。
「ロック、お前か? そのメガネにおかしな細工をしたのは」
「さあ? あんたに教える義理はないね」
状況は、どうだ? 悪いのか、良いのか?
「まったく、情けない。ヒュームの名が泣くな、これでは」
「あんたも同じだろう? そんな情けない姿で」
「それはお前もだ。人形と互角とは落ちたものだな、ジョン・ロックよ」
「はんっ、手加減してやったんだよ」
ロックは、無事なようだ。だが、傷だらけだ。致命傷がないだけで相当消耗しているようだ。
さて、どうする。どうなる。
やれるのか、俺は。
「……ロック」
「ハンッ、あんたの話なんざ聞きたくないね」
「そうか。そうだな。お互いに少し頭を冷やすとしよう」
さっさと帰れ、加工肉。
「起きろヒューム」
「うる、さい」
「起きられないのか?」
「だま、れ。呪い殺す、ぞ」
「悪態がつけるなら問題ないな」
警戒を緩めるなよ、俺。まだ、何してくるかわかったもんじゃない。
「しかし、おかしなものだ。私はそんな物を作った覚えはないんだが」
「一年以上経てば成長してるのは当たり前だろうが」
「うむ、なるほど。成長、か」
親離れしたんだ。あんたも子離れして二度と会いに来るな。
「おもしろい。が、今は退くとしよう」
そうだ、さっさと行きやがれ。
「また会おう。いずれな」
……消えた。あいつも空間魔法が使えるのか。
「ったく、面倒な奴だよ。あいつは」
同意だ。美味そうな名前なのに全然美味くない。
「みんな、死んでるかい? 返事しな」
「死んでたら返事できませんわよ」
「はは、その通りだね」
どうやら危機は去ったようだ。一時的に、ではあるが。
「妖精さん、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ないよ。キミのほうこそ、ちゃんと見えてるかい?」
「はい。ちょっと割れてますけど、大丈夫です」
よし、俺の機能には問題なさそうだな。
「さ、帰るとするかね。あたしも、さすがに疲れたよ」
帰る。帰ることができる。こんなに帰宅が嬉しいと思ったのは怒涛の30連勤を終えた後以来だ。
しかし、さて、これからどうする。
あいつらがまた来た時、勝てるのか?
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