第23話 来訪者

 レオが納得できるか。いや、納得していくしかない。


「俺は、邪魔だってのか?」

「そうだ。どう考えてもキミがあれについて行けるとは思えない」


 あれ、とはもちろんメイたち魔法使いのことだ。彼女たちの修行風景を見て俺は思ったことを正直に伝えただけだ。


 お前じゃ無理。以上。


「……く、ぅ」

「悔しいのはわかる。歯がゆいのも理解できる。だが、もうそんな次元の問題じゃないんだ」


 明らかに普通の人間がついて行ける修行じゃない。普通の人間なら普通に死ぬ。


 そもそも俺の考えていた魔法の修行とはまったく違う。俺の考えていた修行は魔法で殴り合ったりしない。


 ただ、ロックのおかげで彼女たちの実力が伸びているのは否定できない事実だ。それにロックの知識は俺が魔導書から得た知識なんかよりもずっと豊富だ。


「火の魔法ってのはただ火を操るだけのもんだと思ってる馬鹿が多いが、そんな単純なもんじゃない。その真骨頂は熱の操作だ。周囲のものに熱を与え、そして奪う。それが火属性魔法だよ」

「わかりましたわ」


 リリアンヌとメイはここ数カ月で人外になってしまった。そして、オルニールもあちら側に片足を突っ込み始めている。


 最初、オルニールはロックに反発していた。あの時、自分だけ王都に雑に追い返されたのを根に持っていたんだろう。まあ、それもロックの指導を受けるうちに素直になっていったけれども。


 ただ、オルニールは完全にロックの考えを受け入れているわけじゃない。彼女には彼女の考えがあるようだ。


 リリアンヌ、メイ、オルニール。魔法使いとしての才能を持つ彼女たち。そんな彼女たちを見ていたら嫌でも思い知る。


 圧倒的な力の差、現実の残酷さ。普通の人間が剣術や格闘術を習得しても無意味なことを。


 おそらくレオもそれは十二分にわかっているはずだ。けれど、わかっていても素直に割り切れない。


 役立たず、邪魔者、足手まとい。そう言われているように感じているのかもしれない。


 だが、それは事実だ。彼女たちについて行こうなんていうのは不可能だ。


 同じ土俵に立つことすらできない。そもそも勝負にならない。


 なら勝負しなければいいだけだ。それに気付くことができれば。


「……私はメガネだ」


 急になに言ってんだ、って思うだろうさ。でもな、これは重要なんだ。


 俺はメガネだ。視力矯正器具だ。不自由なただの道具だ。やれることなんて限られているし、たかが知れてる。


「わかるな、私はメガネだ。メガネでしかない。だが、この子たちの役に立ちたい」

「……!」


 そう、役に立ちたい。だから必死にできることを考えている。できることを、やれることをやろうとしている。

 

 といか、それしかないんだ。俺には。


 できることを、やるしかない。


「キミは彼女たちの上に立ちたいのかい?」

「……違う」

「そうだ。違う。彼女たちの上に立ち、彼女たちを従えたいわけじゃない」


 何を目指すのか、どこへ行こうとしているのか、それがわかっていれば迷うことは少ない。ただ、迷って悩んで苦しまないと得られないものある。


 レオは理解している。ただ、道がわからないだけだ。


「キミの道を探すんだ。彼女たちとは違う道を」


 そう、それしかない。あれには普通の人間が対抗できるわけないじゃないか。


 まあ、例えば、と言われると答えられないのだけれども。


「……じゃあ、たとえば、なんなんだよ」


 いや、だから、それは困るんだって。


「あー……。例えば、だな。例えば」


 例えばー……。


「料理、とか?」

「はあ?」


 まあ、そうだよな。そういう反応になるよな。


 だがね、俺だってわかんねえのよ。自分自身のこともわかんねえのに。


「……あの子たちはたぶん、料理ができん。そもそも料理をしているところを見たことがない」

「まあ、確かに……」

 

 とにかく苦し紛れでもいいからなんか答えるしかない。


「俺、じゃなくて、私もこの姿になる前は料理をしたことがなかった」

「妖精の世界にも料理とかあるのか?」

「ま、まあ、私のいたところにはあったな。だが、俺は得意ではなった」


 得意とかそういう次元ではなくて、している時間がなかった。学生の時は少しはしたことがあるが、社会人になってからは料理どころかまともに食事をする暇もないほどだった。


 あの時、前世での生活で何度も思った。


 温かい手料理が食べたい。コンビニや外食じゃなくて、誰かの愛情のこもったご飯が食べたい。ついでに掃除や洗濯なんかも誰かやってくれないかとどれだけ思ったことか。


 ……結局、彼女の一人も作れずに死んじまったなぁ。


「……あの子たちを支える方法はいくらでもある。あの子たちが魔法を磨いている間に、キミは他のことを磨けばいい。それだけだよ」

「それだけって、簡単に言うよな」

「そうだ。簡単に言う。言うのは簡単だからね」


 そう、言うのは簡単だ。言うは易し行うは難し、だ。


「それに、頑張った後に美味い飯があると、最高だぞ」


 ついでに風呂と布団があれば尚良しだ。


「……そっか。そう、だよな」


 なんでもいいんだ。料理でなくても他にレオが打ち込めることであれば。


「まあ、ゆっくり考えればいい。時間はたっぷりあるんだ」


 そう、たっぷりある。


 ――たっぷりあると、思っていた。


「なんだい? あんたら魔法学校に行きたいのかい?」


 ある日ある時、魔法の修行の休憩時間に、これからどうするのか、と言う話になった。その時、リリアンヌとオルニールは魔法学校に行きたいとロックに言ったんだ。


「あんなところに行ってもどうしようもないと思うがねえ。まあ、行くんだったら推薦状を書いてやってもいいが」

「推薦状!?」

「なんだい? そんなに驚くことじゃないだろう。あたしはジョン・ロックだよ」


 そう、ジョン・ロック。ジョン・ロックなのだ。悪霊王を倒した伝説の魔法使いの名を受け継いだ魔法使いなのだ。

 

 つまりは高名な魔法使い。そんな魔法使いの推薦状。

 

「最近じゃあ、あそこの魔法使いの質も落ちてきたって話だ。そうだね、あんたら一発気合入れてきてやりな。ドーンとね」


 というわけでリリアンヌとオルニールの魔法学校行きが決まってしまった。


 しかし、そうなるとメイとレオが問題になってくる。


「この子たちはあたしが面倒を見るよ。まあ、ずっとここの世話になるわけにもいなないだろうが」


 ロックは流浪の魔法使いだ。本来なら世界に何か異変がないかを探しながら旅をしていた。それを引き留めてメイたちに魔法の指導をしてもらっているというのが現状だ。


 それに、だ。そろそろリリアンヌのお父上が可哀そうでもあった。なにせ秘蔵の酒はもうほとんどがロックが飲んでしまい、さらに高い酒を買わされている。


 まあ、リリアンヌのお母上は全く気にしてはいない様子だが、甘え続けるのも無理があるだろう。


「お前さんたちが入学する頃にはまた旅に出ようかね。もちろん、レオ、メイ。お前たちも一緒にだ」


 と言うことでレオとメイの旅立ちも決まった。本当にあっさり決まってしまった。決まるときは呆気ないものだった。


 そして、時が流れて、順調に、平和に、何事もなく、うまく行くと、思っていた。


 思っていたんだ。すべてが当たり前にうまく行くと思っていたんだ。


「久しぶりだな、ロック」


 ある日、ある時、そいつは現れた。リリアンヌたちの修行中にやってきた。

 

 いつもの場所だ。屋敷から少し離れた森の中にある泉の側で、リリアンヌたては修練に励んでいたんだ。


「久しぶりだねぇ、ベーコン」


 ベーコン。加工肉みたいな名前の魔法使い。


「お久しぶりです、ベーコン様」

「お久しぶりです、リリアンヌ様。メガネの調子はいかがでしょうか?」

「はい、問題ありません。とってもよく、見え、ます……?」


 ベーコンは本当に魔法使いらしい魔法使いだった。長くて白い立派な髭と長い白髪、鼠色のローブに同じ色をしたツバの広い三角帽子。そして、長い杖。


 ベーコンは俺の思い描く魔法使いそのものだった。


「あ、あの、どうかしたのですか?」


 久しぶりに会った俺の生みの親。久しぶりに会ったリリアンヌの恩人。


 なのに、そこには感動などまったくなかった。


 あったのは、不穏な空気だけ。


「何しに来たんだい?」

「お前がこのあたりに滞在していると聞いてな」

「……そうかい。で?」


 おそらくロックは一目見たときから何かを察していたんだ。何か危険な臭いを。


「星が昇ったらしいな」

「……で?」


 ……俺はそこで、本気の魔法使いの戦いを初めて見たんだ。


「……逃げな!」


 俺たちは逃げた。背を向けてその場から走って逃げだした。


 その背後で、始まった。人知を超えた魔法使い同士の殺し合いが。


 あれは、絶対に人間じゃない。神か悪魔だ。神話の時代の戦いだ。


 俺たちは逃げるしかなかった。逃げるしかなかったんだ。


 けれど。


「逃がしませんよ」


 逃げられなかった。もう一人いた。


 化け物が。


「私はヒューム。一応、名乗っておきましょう」


 そいつは若い男だった。赤い目をした黒いローブの男だった。


「大人しく私たちに従ってください。そうすれば痛い思いはしませんよ」


 大人しく? そんなことできるわけがない。


 だってそうだろう? そいつは明らかに人を殺す目をしていたんだ。


「リリアンヌ、何とかしてここを」

「あ、う、ああ……」

「リリアンヌ!?」


 ……様子がおかしい。何か変だ。


 リリアンヌも、オルニールもメイも、レオも。金縛りにあったみたいに。


 そう気が付いたときにはもう手遅れだった。


「さてどちらが、悪魔の子、ですか?」


 精神支配の魔法だ。初めて食らったからわからなかった。クソ野郎が。


「やめろ! この子たちはお前らの探してる奴じゃない!」

「……不思議ですねぇ。この場に大人の男なんてものは、いないのに」


 ヴィルヘルムの十三予言。おそらくその予言を確かめに来たんだ。


 だが、間違っている。予言の悪魔の子はここにいない。


「この子たちは誰も神の目を持っていない! だから違うんだ!」


 そう、神の目だ。俺はそれが引っかかっていたんだ。


 もしメイが悪魔の子だとしたら神の目を持っているはずだ。けれど、メイは神の目どころかほとんど盲目だった。


 じゃあ、ほかに神の目を持っている子供がいるかと言うと誰もいない。リリアンヌも目が悪かったし、オルニールやレオだって神の目なんざもっていない。


 だが、見落としていた。あることを。


「ああ、それなら、もう持っているじゃあ、ないですか」


 そう、あったんだ。居たんだ。ずっと側に。


「見えるはずのない目が見えるようになった。それは奇跡ですよ」


 まさかだったよ。チクショウが。


「俺、か……?」


 本当にクソだよ。世界ってのは。


 本当に。

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