第18話 魔女
落ち着け、落ち着くんだ、俺。ただ突然強そうなバアさんが現れただけじゃないか。
と、とと、とりあえず解析鑑定だ。
「なかなか面白そうなのが揃ってるじゃないか」
突然現れやがった。俺の探知機能にも引っかからなかった。
焦るな、焦るんじゃない。冷静に状況を整理しろ。
まず、夜中に騒ぎを聞きつけた憲兵たちが来た。そいつらもどうにか屋敷の中にまでは入って来ていない。オルニールが「ここはキムリツク家の屋敷ですわよ!」と怒鳴り散らして追い返してくれた。
まあ、追い返した後にいろいろと文句を言われたが、それは仕方がない。巻き込んでしまったのはこちらなのだから、文句の一つや二つ甘んじて受け入れる。
それで、朝だ。被害を確認して、これからどうするかを考えていたところに、現れた。
屋敷の周りにはまだ憲兵たちが見張っていたはずだ。そいつらが何か騒いでいた様子もない。そうなると、このバアさんは憲兵の仲間か、憲兵たちに気付かれずに屋敷に侵入してきたかだ。
本当に突然だ。皆が集まって話し合いをしている部屋に突然音もなく姿を現した。
誰にも気付かれずにだ。
「夜中に星がここいらあたりから空へ昇るのを見たんでね。確かめに来たんだよ」
音もなくまるでテレポートでもしてきたかのように現れた。そんなことができるのは、俺が知る中では魔法使いしかいない。
「だ、誰ですの、あなたは!」
「そうさねぇ。名乗ってもいいが、先に詫びを入れてほしいね。そこのあんたに」
クソッ、バレていやがる。このバアさんが現れてすぐに解析鑑定をかけたのが。
しかも、なんだこいつは。俺の解析が弾かれた。防御魔法でも使っているのかもしれないがそれもわからない。
ただ者じゃない。
「……なるほど、そいつはベーコンの奴が作ったもんだね?」
「べ、ベーコン様を知っているのですか?」
「ああ、知ってるよ。結構長い付き合いだ。50年くらいかねえ」
やはり、ただ者じゃない。一目見ただけでそこまで見抜けるなんて普通じゃない。
敵、なのか? そうだとしたら、かなりヤバいぞ。
どうする、どうする、どうするんだ。
「しかし、面白いもんを作ったねえ、あいつは。許可もなくレディの中身を覗こうなんてとんだ変態メガネだ」
まさか、このバアさんも鑑定魔法が使えるのか? もしかしたら、俺よりも精度が高いやつを。
なら、ここは。
「申し訳ない。あなたへの非礼をお詫びする」
素直に謝っておいたほうが吉だ。
「おや、しゃべれるんだねぇ。こいつはたまげた。自我があるのかい」
「はい。彼が想定していたことかは知りませんが」
このバアさんは俺に興味を持っている。それにおそらくメイにもだ。
空に昇る星を見た。たぶんそれはメイが夜中に放ったアレのことだ。
「怪しい相手を自動的に鑑定する機能だと思ったが。なるほど、意思を持つメガネか」
解析鑑定が使えないとなると見た目と言動から相手を判断するしかない。
見た目は60歳後半ぐらいか。しかし、相手が魔法使いだとすると見た目の年齢は当てにできないかもしれない。見た目を誤魔化したりする魔法や若返りの魔法も、俺が記憶している魔導書には書かれていた。
髪の毛は長い赤髪。ハイビスカスのような鮮やかな赤髪だ。瞳の色は海のような深い青色をしている。身長は170センチぐらいだろうか。姿勢が良く堂々としているからそれよりも高く見える。どこかやり手の女社長のような雰囲気もある。
「まあ、いいさ。そいつは後で詳しく調べるとして。あー、名前だったね。詫びもされたし、名乗ってやるよ」
……敵、ではなさそうだ。敵だとしたら、相当自分に自信があるか、だ。
「あたしはジョン・ロックだ」
「ジョン?」
「ああ、男みたいな名前だろう? まあ、本名じゃないんでね」
本名じゃない? 偽名と言うことか。わざわざそんな物を使うとは、怪しい奴。
「正確には72代目ジョン・ロックだ。この名前はあたしが師匠から受け継いだもんだよ」
受け継ぐ。つまりは歌舞伎なんかの襲名と同じか。
いや、待て。
ジョン・ロック?
たしか、その名前は歴史か魔法史の教科書に載っていたような……。
「ジョン・ロックって、もしかして、あの悪霊王を倒した伝説の魔法使いロックですの!?」
そうだ、悪霊王討伐。悪霊の軍勢を従えて大陸中を荒らしまわったモンスターがいたという記述があった。
しかし、あれは300年前だ。いや、魔法使いなら生きていてもおかしくないのか?
「ああ、そりゃあ49代目のジョン・ロックだね。あたしとは別の奴さ」
「で、でも、その名前を継いだということは」
「そうだ。ちなみにあたしはそいつより強い」
悪霊王がどれほどの化け物なのかは知らない。だが、資料として残るということは相当なものだったのだろう。
それを討伐したジョン・ロックの名を継ぐ魔法使い。それが弱いわけがない。と、思う。
確証が持てないのは比較対象がないからだ。なにせ、もうこの世界には魔物がいないのだ。ゴブリン何体分の強さとかドラゴン何頭で倒せるとか、比べるものがあればいいのだが。
この世界から魔物はすべて消えてしまった、と歴史の授業で学んだ。残ったのは魔物を殺すために編み出された技術のみ。
魔物を殺す技法。それが魔法の始まりだという話だが……。
「そのような方が、いったいどんなご用が」
「言っただろう? 星が昇るのを見たと」
やっぱり、あれはまずかったか。もしかしたらこのロックと言う魔法使い以外にも何かに気が付いた人間がいるかもしれない。
「珍しい魔法の波動を感じてね。それを確かめに来たんだ」
「珍しい、魔法」
「まあ、そいつは後でもいいさ。それよりも、今はそのメガネが気になるね」
俺か。やっぱり自我を持つ魔法道具は珍しいのか。
「ベーコンの奴もなかなか腕を上げたらしいみたいだが、あたしならこうするかね」
……なんだ? 何もないところに、手を。
手?
空間魔法!?
「そ、それは、いったいなんですの?」
「それ? ああ、これかい? 便利だろう? いつでもいくらでもなんでも収納できる。まあ、それなりに魔力を消費するがね」
空間魔法。文字通り空間を操る魔法だ。異空間を作り出しそこに物を収納したり、瞬間移動も空間魔法の一種だ。
そうか、突然現れたのも空間魔法を使ったのか。
しかし、だとすると、ロックは少なくとも四属性使いと言うことになる。空間魔法は火・水・風・土の四属性を複合させることで使用できる。それもかなりの高レベルで、だ。
取り出したのは、金属の塊と、レンズ?
まさか……!?
「なになに? こいつを、こうして」
ありえねぇ! 手の中で作り始めやがった!
確かに土と水と火の魔法を合体させれば金属を操ることは出来るし、レンズの研磨なんかは土と水の魔法で可能だろう。だが、それでもだ。専用の装置やら道具やらが普通は必要なはずだ。
なのにこのバアさんは手の中でメガネを作り始めやがった。
尋常じゃねえ。異常すぎる。
「よし、これぐらいでいいかね」
……片メガネ。なるほど、そういうタイプのメガネは考えてもみなかった。
ちくしょう、メガネ好きが聞いて呆れるぜ。
「いろいろと使えるみたいだねえ。だが、これをあのベーコンが仕込んだとは思えないんだが……」
こっちを見るな。確かにいろいろ機能を追加したのは俺だが、その好奇心に満ち溢れた目はやめてくれ。あんたの物になる気はさらさらないんだよ。
「まあ、いいさ。それよりもあたしはね、確かめに来たんだよ」
なんだ? 今度はメイのほうか?
いや、そもそもそっちがメインか。俺のほうはおまけなんだろうな。
「……ヴィルヘルムの十三予言」
「なんですか、それは」
「いや、こっちの話さ」
なんだ、気になるじゃないか。
今、確かに『ヴィルヘルムの十三予言』と言ったな。
まあいい。今度調べてみよう。このバアさんから無理に聞き出すのは不可能そうだしな。
しかし、そうだな。
この状況を利用する手はない、か。
「魔法使いロック」
「なんだいメガネ坊や」
「……ひとつ、頼みたいことがある」
おそらくこのロックと言う魔女はこちらの敵ではなさそうだ。そして、俺とメイに興味を抱いている。
理由はわからない。俺のほうは単純に魔法道具に対する興味だとは思うが、メイのほうは、何かロックの気になることでもあるのか。
「いや、利用する、と言ったほうがいいか」
「あたしを利用、ねえ。いい度胸じゃないか」
隠し事をしてもどうしようもない。もしこの魔女が人の心を読める能力を持っていたら、下手に誤魔化すのは握手だ。
なら、本音で言おう。
「私はこの兄妹を助けたい。あなたにそれを手伝ってほしい」
魔法使いジョン・ロック。何者かはわからないが、状況的にどうすることもできない。
実力は明らかに相手のほうが上。戦ったら確実に負ける。どう頑張っても勝てるビジョンが見えないし、逃げられるとも思えない。
ただ、今のところ敵ではなさそうだ。悪い人間にも見えない。
「……用事があってたまたま近くを通っただけだが。これも運命ってやつかねぇ」
……笑ってやがる。何を考えてるんだ?
頼む。悪いことにはならないでくれよ。
「いいだろう。ただし、条件がある」
「条件?」
なんだ? 状況的に断るわけにはいかないし、断れそうもない。
覚悟を、決めるか。
「久しぶりに美味い酒が飲みたいねぇ。とびっきり上等なヤツをさ」
……酒。はは、酒か。
俺も、飲みたいな。久しぶりに。現実を忘れるためじゃなく、ストレス発散のためでもない、美味い酒を。
もう、飲めないけれども、さ。
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