第19話  結果オーライ?

 魔法なんてものは元来無茶苦茶なもんだが、改めてその無茶苦茶さを思い知ったよ。


「着いたよ」

「着きました、わね」

「はい……」


 一瞬だった。王都から馬車で一週間かかる距離を瞬きしている間にリリアンヌの屋敷に移動してしまった。


 まさに瞬間移動だ。まったくもって無茶苦茶だ。


 そして、このジョン・ロックという魔女も無茶苦茶だ。


「いい場所じゃないか。邪魔するよ」

「ま、待て!」

「何者だ貴様!」

「うるさいねぇ、邪魔すんじゃないよ」


 屋敷を警備している衛兵なんざ当然のごとく無視だ。というか、衛兵はロックに睨みつけられただけで金縛りにでもなったみたいに動かなくなってしまった。


「あんたが父親かい? しばらくここにいることにした。ああ、心配はいらないよ。部屋は適当で問題ない。何なら納屋でも構わないさ」

「いや、あなたは、そうではなくて」

「ああ、そうだ。酒が飲みたい。いいヤツを頼む」


 侯爵様にもこんな態度だ。なんというか、自由と言うか。


「……ラサ?」

「ん? 誰だいお前さんは」

「やっぱり、あなたはラサね!」

「……もしかして、マリアンヌかい?」


 ラサ?


「あの、お母様。ロック様とお知り合いなのですか?」

「ええ、小さい頃何度かお会いしたことがあるの」

「なんだいあんた、侯爵夫人になったのかい? 出世したねぇ、あのクッソ田舎のド貧乏貴族のおてんば娘が」

「あぁら、ひどい。まあ、田舎の貧乏貴族はその通りですけれど」


 そうか、ラサはロックの本名か。どうやらロックとリリアンヌの母親のマリアンヌさんは知り合いらしい。


 こいつは話が早く進みそうだ。


「でも、どうして娘と一緒に?」

「ああ、ちょいと訳ありでね。しばらくこの子たちに魔法を教えることになったんだよ」

「あら、そうなの。で、何を飲むのかしら?」

「おお、さすがだ。気が利くねぇ。まあ、美味い酒ならなんでもいいさ」

「ふふ。それじゃあ、タマラ。旦那様が大事に大事に隠している一番いい物をお持ちして」

「お、おい、それは」

「かしこまりました」


 ……とりあえず、全員帰ってこれた。まさかあの場にいた全員があっという間に屋敷に戻れるとは思っていなかったが。


「ちょ、ちょっと! わたくしはどうすればいいんですの!?」


 ああ、そう言えばそうだった。オルニールの住んでいる場所はここから少し離れた場所だったな。


「どうやって帰れというんですの! そもそも王都からいきなりいなくなったら大騒ぎに」

「ああ、そうだね。なら、あんただけ戻りな」

「え?」


 ……無茶苦茶だ。


「お、オルニール様!」

「大丈夫だよ。王都に戻しただけさ」


 指パッチンひとつでオルニールが忽然と消えてしまった。まるで手品を見ているようだ。


 まあ、手品ではなくて魔法なんだけれども。


「あ、あの、お父様、お母様」

「なにかしら、リリアンヌ」

「突然なのですが、その、この子たちも、ここに置いていただけないでしょうか」


 そう、オルニールよりもこっちだ。


 レオとメイ。この子たちの今後をどうするかだ。


「この子たちは?」

「王都の貧民街で、その」

「あら、そう。旦那様」

「なんだい?」

「一人や二人増えても問題ありませんわよね?」

「え? いや、問題は」

「ありませんね?」


 ……そう言えば、この屋敷に一年以上住んではいるがリリアンヌの両親の関係性はそこまで気にしていなかったな。


「しかしだね、犬や猫とは違うんだ。そう簡単には」

「リリアンヌ」

「はい、お母様」

「この子たちの面倒は責任をもってあなたが見るのですよ」

「は、はい。それは、わかっています」

「よろしい」


 どうも侯爵様はご夫人の尻に敷かれているようだ。

 

「お名前は?」

「れ、レオ」

「メイ……」

「レオとメイね。ようこそ、歓迎するわ」


 リリアンヌの母親は懐が深い人のようだ。というか、なんというか、レオとメイを見るまなざしは母そのものというか、その立ち居振る舞いは侯爵夫人というより田舎の母ちゃんと言う雰囲気がある。


「ここにいる間あなたたちは私の子供です。容赦はしませんよ?」


 ……厳しい人でもあるようだ。そう言えば、リリアンヌが言っていたな。目が見えないからと甘えてはいけないと、よく言われたらしい。


 だからリリアンヌは歌や楽器が相当上手い。貴族としてのマナーも完璧だ。かなり苦労したとは言っていたが、ハンデを持っているからと周囲に侮られないように厳しくしつけられたのだろう。


 母の厳しい愛情だ。下手に甘やかす人より俺は好きだ。


「リリアンヌ」

「はい、お母様」

「この子たちは今日からあなたの弟妹だと思いなさい」

「はい」

「いいことはいい、悪いことは悪い。ほめるときはほめる、叱るときは叱る。甘やかすときは甘やかして、厳しくするときは徹底的に。あなたにできますか?」

「しょ、精進します」

「ふふふ、よろしい」


 ……確かロックはこの人を、マリアンヌさんを貧乏貴族のおてんば娘、と言っていたな。一体、どんな子供だったのか気になってきた。


 気になってきたが、まあ、いずれだ。


「そういやあ、下の弟妹たちは元気かい?」

「はい。貧しく慎ましく逞しく暮らしておりますよ」

「そうかい。久しぶりに顔を出してみようかねぇ」


 よし、どうやら俺が心配していた問題は大体片付いたようだ。屋敷に戻ることができたし、レオとメイの生活もしばらくは問題ないだろう。


 そうなると、今後だ。


 ロックは明らかにメイのことが気になっている。何か企んでいるのかもしれない。だからこっちの申し出を素直に聞き入れた可能性もある。そうでなければこちらのお願いなんざ聞き入れるわけがない。ロックにはほとんど得などないのだから。


 さて、ロックが何か企んでいるとして。そうなると、どうする。


 俺にできることは、なんだ?


「何やってんだいあんたたち。さっさと屋敷に入りな。酒が飲めないだろうが」


 ……本当に何か企んでるんだろうか。この魔女は。

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