第17話 宮廷魔導士に会おう!

 専門家の話を聞く。確かにそれは正しい判断だ。そろそろ寝たほうがいいとは思うが、今後の方針だけは決めておいたほうがいいかもしれない。


「ちょうど宮廷魔導士様にお会いするのですから、この子のことも相談してみましょう!」


 オルニールの提案はとても魅力的だ。リリアンヌとオルニールは魔法は使えるが、魔法の専門家ではないし、タマラはそもそも魔法が使えない。


 今、一番優先するべきなのはメイの体調についてだ。あの子の暴力的なほどに強大な魔力をどうやって制御し、彼女の体調を改善するかだ。


 それには専門家の意見を聞くのが一番だ。だが、そうなるとこちらのことを説明しなくてはならなくなる。


 どこでメイを見つけたのか。どうしてメイにそんな才能があることを知ったのか。それを説明するには俺の存在を明かさなくてはいけないかもしれない。


 意思を持った魔法のメガネ。俺のことはできれば秘密にしておきたい。


 この世界にはたくさんの魔法道具が存在するらしい。どんな鍵穴にも合う魔法のカギ、魔法を跳ね返すマント、風のように走ることのできる魔法のブーツ。いろいろなマジックアイテムがこの世界にはある。


 しかし、意思を持つ魔法道具は聞いたことがないらしい。リリアンヌもオルニールもそんな物は知らないというのだ。


 つまり俺自体がイレギュラー。もしこれから会うという宮廷魔導士が俺に興味を持ったとしたら。


 それは嫌だ。離れ離れになるのは、絶対に。


「オルニール様。ひとついいでしょうか?」

「なんですか、タマラ。わたくしのアイデアに何かご不満が?」

「不満、と言うか懸念ですね。その宮廷魔導士様と言うのは信用に値する方なのでしょうか?」

「失礼な。できるに決まっていますわ」

「世にも珍しい六属性使い、だとしても?」

「だとしても、ですわ」

「自分の物にしたい、とは考えないと?」

「考え……。る、かも、かしら……」


 そう、それは俺も気になっていた。


 メイは六つの属性と相性がいい。訓練すればおそらくとんでもない魔法使いになるだろう。


 もし、そんな天才的な才能を持つ人間が目の前にいたとしたら。


「もし、その宮廷魔導士様が、メイさんを連れていく、と言ったら」

「兄妹離れ離れになってしまいますね」

「そんなことはありませんわ! きっと、兄妹仲良く引き取って」

「引き取って、どうなると思いますか?」

「それはもう、平和に、兄妹仲良く幸せに」

「私なら、いらないほうは捨てますね」

「た、タマラ、あなたなんてことを……!」


 ……リリアンヌ。キミは優しいな。信じられない、と言った顔だ。いや、タマラの言葉なんて信じたくないのかもしれない。


 だが、その可能性だってありうる。俺だって、考えたくはないが、その可能性は捨てきれない。


「私も専門家に相談するのは賛成でございます。ただ、それは信用のおける相手であることが前提です」

「そ、それならあなたは具体的に誰がいいと」

「ベーコン様が良いかと」


 出たな加工肉さん。確かに彼ならリリアンヌも知っているし、リリアンヌの両親が魔法のメガネを発注した相手だ。顔も知らない相手よりも信用できる。


「でしたらその方に」

「でも、どこにいらっしゃるの?」

「わかりません。あの方は、実力は確かだそうですが、どこかに所属しているわけではないそうなので」

「つまり、わからないわけだな」

「あら、久しぶりにしゃべりましたわね」


 うるせえ。いろいろと考えてて会話に入るタイミングを逃してただけだ。


「ベーコンは私を作った魔法使いだ。彼なら信用できる、と思う」

「ですが居場所がわからないのでは意味がありませんわ!」

「まあ、確かにそうなんだが……」


 さて、どうしたものか。


「やはり、一度お屋敷に帰ったほうがいいかもしれませんね」


 正直、このままでは埒が明かない。屋敷に帰ってリリアンヌの両親にも協力してもらうほうがいいだろう。


 ただ、そうなるとメイの体調面が心配になる。

 

「まだ明日一日ある。宮廷魔導士に会うか会わないかは明日考えよう」 


 それに今日はみんな疲れている。リリアンヌも昼間あれだけ魔法を使ったのだから、そろそろ休んだほうがいい。


「では、今日はお開きと言うことで」

「はい、おやすみなさい」

「お休みなさいませ」


 さて、と。これで俺以外は一休みだ。


 俺は眠ることができないからな。


「うーむ、どうしたもんか……」


 さてさて、いつもの通り真っ暗だ。だが、まだ一人ではないらしい。


「聞こえていますか?」


 リリアンヌはまだ寝ていないようだ。疲れているとは思うが、これからのことが気になるのだろう。


 どうしたんだ、早く寝なさい。と声をかけてあげたいが、今の俺はタダのメガネだ。誰かが装着していないと会話もできない。


「聞いてくれるだけで、いいです」


 ……不安なんだな。声でわかる。ここで背中をさすってあげられたら、大丈夫だと安心させることができたら。


 体がないというのはこんなにも不便で、もどかしいのか。


「なんだか、昔に戻ったみたいで、怖いんです。あなたと、出会う前みたいな」


 まだ目が悪かったときか。いや、今も俺を外したらほとんど何も見えない。


「あの時は、すべてがぼやけていて、はっきりしなくて、とても不安で、怖くて、どうしたらいいのか、わからなくて」


 目が見えない人間の苦労というものがどんなものか、本当のところはわからない。前世での俺はメガネもコンタクトレンズとも縁がなかった。


「どうなるのか、未来が全然見えなくて。今は、そんな昔に戻ったみたいに、怖いんです」


 未来が見えない。それはおそらくほとんどの人間がそうだ。みんな表には出さないけれど不安や恐怖を抱えて生きている。


「でも、もう、怯えて暮らすのは嫌なんです。見えないからと諦めて、自分の殻に閉じこもって震えて生きていくのは、嫌」


 ……強くなっているよ、キミは。出会った頃よりもずっと強くなった。


 今もそうだ。不安や恐怖に必死に立ち向かおうとしている。それだけで、お兄さんは泣きそうだよ。


 本当に、本当に立派になって……。


「……あなたに出会えて、本当に良かった。ありがとう、妖精さん」


 それはこっちも同じだよ。リリアンヌに出会えて、俺は幸せだ。


「お休みなさい。妖精さん。明日も、お願いしますね」


 お休み、リリアンヌ。明日に備えてちゃんと疲れを癒すんだよ。


「……眠ったか」


 ケース越しに寝息が聞こえ始めた。ゆっくりお休み。


「さて、俺も寝たいが。無理な物は無理」


 仕方ない。何かできることを探そう。


「……予備のメガネは大丈夫か?」


 今、メイが付けて寝ているはずの予備のメガネ。寝返りを打って外れたりしていたら大変だ。


 だが、確認はできない。メイが起きていなければ、どうにも。


「……ん? 起きたか?」


 視界が開けた。予備のメガネから送られてくる映像が見える。


「ん、んん……」


 どうやらメイが起きたようだ。トイレにでも行きたいのか?


「……続き」


 続き? もしかして、あれか? 寝る前に見ていた映像の続きが見たいのか?


 いや、ダメだ。もう遅い。ちゃんと寝て明日に備えないと。


「……はー」


 はー?


 この子は何をしてるんだ? ベッドに横になったままもぞもぞと。


「……めー、はー」


 寝ぼけているのか? 寝ぼけながらさっきの映像のマネを。


「……はー、めー、はー」


 ……子供だな。懐かしい。俺も小さい頃はアニメや漫画の必殺技のマネをしたっけな。できるわけないのに、友達と練習したな。


「……めー、はー、めー、はー」


 そうそう、そうやって手を突き出して。


 突き出し、て? 


 ……なんだ、今。手が。


「……光った?」


 ……なんだ、なんだかまずい気がする。


 おい、起きてくれリリアンヌ。なんだか、様子が。


「むぅぅぅぅ」

 

 まずい。これはまずい。起きてくれ、起きてくれリリアンヌ。


 リリアンヌ!


「ダメだ! やめ」

「波ーーーーーー!」


 やっちまった……。


「ひゃあうっ?!」


 ヤバいヤバいヤバいヤバい!


「な、なんですの今の音は!」


 ああクソっ! こんなことなら見せるんじゃなかった! なんであんなものを見せたんだ俺のアホ!


 でも仕方ないだろう! まさか撃てるとは思わんやん!


「よ、妖精さん!」

「あの子たちの部屋だ! 急いでくれ!」

「は、はい!」


 急いでも手遅れだ。もう、ダメかもしれない。


「わ、わたくしの屋敷が、天井が……」


 ……あちゃー。


「だ、大丈夫ですか二人とも!」

「ね、ねえちゃん! な、なにがあったんだよ!」

「う、みゃう……」


 さて、どうしたもんかなぁ。


「はうにゅう……」

「オルニール様。気を確かに」


 とりあえず二人は無事みたいだ。オルニールが天井の大穴を見て気を失ったが、まあ、大丈夫だろう。


「どうしたもんかねぇ……」


 本当に、どうしたもんか……。 

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