第10話 あと一年

 魔法学校。それは王国にある魔法使い養成学校のことだ。


 正確には学園都市。町一つが丸々魔法学校の敷地であり、王国内にありながら独立した都市国家のような存在らしい。


 そこへの入学方法は三つ。筆記や実技試験を突破するか、多額の寄付を行うか、有力者の推薦を得るかの三つだ。


 しかし、そもそもの話、魔法の才能を持っていなければ入学できない。魔力を持ち、ある程度の魔法が使えなければ足を踏み入れることすらできない。


 その点、リリアンヌは大丈夫だ。十分魔法は使用できる。


「創造・泥巨人クラフト・マッドゴーレム!」


 今日も元気に泥の巨人を生み出している。いやはや、やはりこの子は天才だ。


「これなら入学試験も問題ないだろう」

「そう、でしょうか……」


 突破、できるとは思う。ただし、実技はだ。


「筆記試験が心配か?」

「はい。私は、一年前まで文字が全く読めなかったから……」


 そう、それがネックだ。他の受験生たちとリリアンヌの違いはそこだ。


 リリアンヌは一年前まで目がほとんど見えなかった。そのため、文字の読み書きはまったくと言っていいほどできなかった。最近では毎日勉強を欠かさなかったおかげで普通に読み書きができるようになってきたし、たくさんの本を読んだことで知識も増えている。


 問題は、ないと思う。けれども自信がないのもわかる。こればかりはもっと勉強して自信をつけるしかない。


 一年。あと一年だ。その間に試験を突破できるように準備をするしかない。


「やるしかない。そう決めたんだろう?」

「はい、決めました」


 寄付、という手段もある。はっきり言ってリリアンヌの家は相当な金持ちだ。領地も広いし土地も豊かで、農産物はもちろん鉱山なども持っているらしい。その財力のおかげで俺が作られたわけだが、リリアンヌはその財力には頼りたくないようだ。


 自分で、自分の力で何とかしたい。それが自分ができる両親への恩返しだと思っているらしい。


 健気だ。本当に健気でいい子だ。


 絶対に、絶対に合格させて見せる。


 とはいっても、俺はメガネ。


 さて、メガネにできることはなんだろうか。


「カンニング……」

「なにか言いましたか?」

「い、いや、なんでもない」


 いかんいかん。そんな不正をしたらダメだ。確かにメガネのレンズに試験の答えと関係ありそうな情報を映し出すことはできるが、もしそれがバレたら入学どころか、二度と魔法学園に入ることすら許されなくなるだろう。


 あくまでも実力。この子の努力でどうにかするしかない。


「はあ、でも、どうしましょう……」


 うーん、何とかしてあげたい。どうにか自信が付く方法を見つけられれば。


「なにか、実績があれば違うかもしれない」

 

 実績。魔法使いとしての力を証明すれば入学できるかもしれない。


 それは第三の入学方法だ。有力者の推薦。


 この有力者と言うのは有力貴族であったり魔法学校と関わりのある魔法使いなどのことだ。彼らの推薦を受けられるだけの実績を持っていれば、試験を突破しなくても入学することができる。


 とは言え、実績を積むと言ってもどうすればいいんだ? 有名な魔法使いに弟子入りでもして、そこで実績を積めばいいのか?


 いや、それでは時間がかかりすぎる。一年間ではどうにもならない。


 となれば、やはり真正面から試験を突破するしかないか。


「まあ、頑張るしかないな」

「そう、ですね」

 

 頑張るしかない。それしかない。


 でもなぁ、やっぱり、自信をつけさせてあげたい。


 少しでもいい。少しでも自分を信じられるように、大丈夫だと思えるように、どうにかしてあげたい。


 落ち込むリリアンヌを励まして、何とかするしかない。


 とは言っても、俺もやっぱり、心配だ。


 大学受験を経験した俺からすると、文字の読み書きができない状態からの受験勉強となるとかなり厳しいのでは、と感じてしまう。リリアンヌには言わないが、かなりの努力がいるだろう。


 一応は家庭教師に過去の入試問題などを出してはもらっているが、点数が良いかと言うと、微妙なところだ。


 試験は一年後。まあ、これは最初の試験だ。12歳から受験資格を得られるだけで、もし来年の受験に失敗しても次がある。


 次がある、か……。


「次、か……」


 次。次の日が必ずあるとは思えない。明日が訪れず真っ暗な闇の中へと言うこともあり得る。


 俺のように。


 今だってそうだ。夜が来て、ケースの中にしまわれてしまえば、真っ暗の中で朝が来るまで待つしかない。もしかしたら、ずっと真っ暗なままで朝なんて来ないかもしれない。


 俺は一度死んでいる。おそらくは死んでメガネに転生した。


 これだって奇跡だ。次があったのだ。


 でも奇跡は奇跡だ。そうしょっちゅう起こるもんでもない。そもそも奇跡なんてものを当てにするのが間違ってる。


 地道に地道に、だ。一歩一歩積み上げていくしかない。


 とは、思うんだけどなぁ……。


「……そういえば」


 どれぐらい前からだ、あの嫌味なイケメン家庭教師が来なくなったのは。


 もしかして本当にオルニールのところへ行ったのか?


「まあ、いいか。どっちでも」


 俺は俺のやれることに集中するだけだ。メガネとしてあの子の役に立てるように頑張るのみである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る