第9話 一年が経ちました。

 一年が経った。平和な一年だった。


 その間、あの性悪玉ねぎが何度か遊びに来たが、前より嫌味も言わなくなったし、見下してもこなくなった。きっとリリアンヌの魔法の実力を知って少しは大人しくなってくれたのだろう。と思いたい。


 リリアンヌの勉強もかなりすすんだ。文字の読み書きは完璧、今では難しい本も読みこなすことができている。歴史や算数の成績もばっちりで、勉強に関しては文句の付けようがないくらいだ。


 魔法もかなり上達した。魔力の扱いも最初の頃に比べると見違えるようで、魔力量もかなり上がっている。


 問題があるとすれば人付き合いの部分だろう。もともとの性格が大人しいせいか、なかなか積極的に他人とコミュニケーションを取れないでいる。ただ、こればかりは本人の気持ち次第で、だんだんと慣れて行くしかない。


 そして俺だ。俺もこの一年間でだいぶ進化した。

 

 まず録画機能が付いた。スパイ映画なんかで見るあれだ。このおかげで写真も動画も撮影することができるようになった。これには本当に助かっていて、この機能のおかげでリリアンヌの家にある本をほぼすべて記憶することができた。文章を読んで覚えるのではなく、画像で保存することで効率が上がったおかげだ。


 その画像や動画をどこに保存しているんだ、と言う疑問はある。ハードディスクもSSDも搭載していないのにどこにどうやって保存しているんだ? ということだ。


 まあ、魔法だからで今は一応納得してはいるけれども。


 次に探知機能も付けてみた。レーダーとGPSを組み合わせた機能だ。索敵にも使えるし、物を失くした時でもすぐに見つけることができる。この機能を使えば迷子になることもない。


 そして通信機能。この機能は今のところ使う機会がないだろう。機能としては単純で、この家にある予備のメガネとの回線をつないで音声通信を行うものだ。まあ、予備の魔法メガネを掛ける相手がいなければ使い道ががないのでお蔵入りになるかもしれない。


 機能の拡充も行った。


 まずは鑑定機能だ。これの機能は物を鑑定してそれがどんな物なのかを調べる機能なのだが、鑑定の精度は使用者の知識に依存するため、知らないものは鑑定してもただ名前がわかるぐらいの、あまり役に立たない機能だった。


 だが、俺はそこに『解析』の機能を付け加えた。これで知らない物でもそれがどんなものかを解析することで、鑑定の精度を上げることに成功した。


 ただし、機能を改良した影響で魔力の消費も増えてしまった。それでも便利になったことは間違いがないし、消費が増えるのは仕方がないだろう。


 それ以外にもこまごまとした能力の改良などを行ってきた。ただ、まだ使えない機能もある。プロジェクター機能やスピーカー機能なども追加できそうなのだが、どうも何かが足りないようだ。


 その何かがわからない。それがわかればすぐにでも追加できそうなのだけれども。


 兎にも角にも充実した一年だった。そして、あっという間だった。


「今日で一年ですね」

「そうだな。一年だ」


 素晴らしい一年だった。美少女のメガネになれただけでも十分なのに、それ以上に幸せだった。


 ああ、俺は何て幸福なんだろう。幸福すぎて死ぬんじゃないだろうか。


「今日は妖精さんと出会った日。そして私の誕生日です」

 

 うん、めでたい。リリアンヌがまた生まれた日がめでたくないわけがない。


「……ん? ということは私は誕生日にキミと出会ったわけか?」

「覚えてないんですか?」

「いや、その、記憶が曖昧で、な」


 いやあ、あの時は混乱していたし興奮していたしであまりよく覚えていない。そもそもリリアンヌと出会う以前の記憶は前世の物しかない。


 おそらく、この世界で俺が目覚めたのはリリアンヌが俺を掛けた時だ。それ以前のことはまったくわからない。


「あなたはお父様とお母様からの誕生日プレゼントです」


 なるほど。そういう経緯で俺はこの家に来たわけか。


「誕生日。あの日は本当に、生まれ変わったような気分でした」


 生まれ変わった。俺も同じだ。おそらくリリアンヌの言葉とは少し意味が違うかもしれないけれども。


「今まで見えなかったものがはっきりと見えるようになって、世界がこんなにも美しいことを知って、妖精さんに出会って」


 俺もリリアンヌに出会って本当に良かったと思う。そうでなかったらこんなに充実した一年間はなかっただろう。


「妖精さん」

「なんだい?」

「こ、これからも、一緒にいてくれますか?」

「ああ、いつまでも一緒だ」


 こういう時、リリアンヌの顔を見られないのが本当にもどかしい。まあ、メガネなのだから掛けている人間の顔を見られないのは当たり前と言えば当たり前なんだけれども。


「ありがとう、妖精さん」


 ありがとう、か。


 俺はただメガネとしてこの子を支えているだけだ。ただ手助けをしているだけだ。そもそもメガネなのだからそれしかできない。


 これからもメガネとしてできることしかできない。それ以上のことは、メガネの範疇を超えることは難しいだろう。


 それが俺の今の限界だ。


 俺は天才じゃない。常識に縛られない思考と言うものができないようだ。


 魔法は想像を現実化させる技術だ。だが、その想像も制限がかかってしまえば自由ではなくなる。


 どうやら俺はメガネと言うものに対する固定観念が強いみたいだ。メガネと言うものはこういうものだ、と言う意識が根強いらしい。


 そのせいで『メガネ』としてしか振舞えない。俺の知るメガネ以上の機能を付け加えることができない。


 SFやスパイ映画などに出てくる近未来的な多機能メガネ。アニメなどに出てくるメガネ型のパソコンや通信機。そしてVRゴーグルや3Dメガネなど前世の日本に存在したメガネ。俺はそれらの機能を再現することはできても、まったく新しい何かを付け加えることはできないでいる。


 全く新しい何か。常識にとらわれない斬新な機能。


 俺は天才じゃない。どこにでもいる凡人社畜だった。


 ……俺はこれからこの子の役に立てるのだろうか。凡人でしかないただのメガネの俺がこの子を助けることができるのだろうか。


「あのね、妖精さん」

「なんだい?」

「私、決めたの」


 決めた? 何を。


「私、学校へ行こうと思う」


 学校。学校?


「学校とは、魔法学校のことかい?」

「そう。魔法学校は12歳から入学できるようになるの」

 

 12歳。リリアンヌは今日で11歳になる。


 つまりはあと1年。


「大丈夫なのかい? 確か魔法学校は全寮制だったはずだが」

「知っています。でも、私は、決めました」


 ……ああ、そうか。


 この子は本当に成長していたんだ。俺が思っている以上に。


 気づかなかった。こんなに近くにいたのに。


 いや、近すぎたのかもしれない。


 メガネ、だから。


「わかった。そう決めたのなら私は何も言わない」

「ありがとう、妖精さん。でも、ね。困ったときには、助けてほしい、な」

「ああ、わかっているよ」


 わかってる。わかった。


 俺も覚悟を決めよう。落ち込んでいたり悩んでいる暇なんぞはない。


 支えらえるかわからない? 


 支えるんだよ、メガネとして。何が何でも、死に物狂いで。


 それが俺だ。魔法のメガネだ。

 

 いいぜ。やってやろうじゃないか。


 かかってきやがれ。

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