第8話 典型的な意地悪令嬢ってやつだ

 半年が過ぎた。


「お久しぶりですわね、リリアンヌ様」


 リリアンヌに会いに同い年ぐらいの女の子が来た。


「は、初めまして、じゃ、ないんですよね?」

「あらあ、わたくしのことをお忘れかしら?」

「ごめんなさい。あの、目が悪かったから、よく覚えてなくて」

「ああ、そうでしたわね。あなたは目が見えなかったんでしたわ。ごめんなさいね」


 なんというか、見るからに性格の悪そうな奴が来た。


「では改めまして。わたくしはキムリツク侯爵家の三女、オルニールですわ。以後、お見知りおきを、リリアンヌ・ガブリエール様」


 侯爵。どうやらこいつはリリアンヌの家と同じ階級の貴族のようだ。確か歴史の授業で習った中にキムリツク家の名前があった。この国ができた初期の頃から続く由緒正しい家柄の、はずだ。


はずだが、なんというか、品がない。確かに姿勢はいいし所作も優雅でいかにも貴族らしい振る舞いをしてはいるが、雰囲気がなんとなく下品で下劣。


 あんまり好きじゃないタイプだな、俺は。美人だとは思うが、あまり関わりたくないタイプの美人だ。


「あの、今日はどのような」

「あら、わたくしが会いに来てさしあげたのに嬉しくないんですの?」

「い、いえ。そんなことは」


 うーん、やっぱり嫌な奴だ。リリアンヌの家と爵位は一緒のはずなのに、明らかにリリアンヌを下に見ている。こういう人を見下す奴は俺は嫌いだ。


 それになんだあの髪型は。まるで頭にでっかい玉ねぎを二つ付けたような変な髪形。髪色も深い紫色で、まるで赤玉ねぎみたいだ。


 まあ、人の髪形を馬鹿にするのもあれだが、どう見ても赤玉ねぎにしか見えない。


「とにかく、わたくしが会いに来たのだからあなたは素直に受け入れればいいだけの話です。おわかり?」

「そ、そうですね。ごめんなさい……」


 明らかにリリアンヌは委縮している。ただでさえ今まで人付き合いを避けてきたのに、久しぶりに会った同年代の相手がこれじゃあ可哀そうすぎる。


 なんだかなぁ、まったく。どうにかならんもんか。


「それにしても、相変わらず辛気臭い顔ですわね。見てるだけで目にカビが生えそうですわ」

「ご、ごめんなさい」


 あー、さっさと帰ってくれねえかな。と言っても、追い返すわけにもいかないか。


 もし追い返したりしたら何をされるかわかったもんじゃない。これが子供同士の問題で済めばいいが、これが親同士、家同士の問題にでもなればかなり厄介なことになる。


 どうにかうまく切り抜けないと。


「そうだ。あなた魔法が使えるんですわよね?」

「は、はい、少し、だけ」

「わたくしも魔法が使えるんですわよ」

「そ、そうなんですか」


 やけに自慢げだ。ははーん、わかったぞ。こいつ、自分の魔法を自慢しに来たんだな。


「あなたはどんな魔法が使えますの?」

「私は、土と水の属性と相性が、いいらしいので」

「へえ、二属性、ですのね」


 ヤバい、地雷を踏んだか。明らかに不機嫌そうな顔だ。


「オルニール様は、何が」

「火、ですわ」

「そ、そうなんですね」

「……あなた、馬鹿にしてます?」

「そ、そんなことはけっして」

「二属性が使えるからって調子に乗らないで」

「……ごめんなさい」


 ……なんというか、言葉も出ない。こんな露骨に嫌な奴なかなかいないぞ。


「まあ、でも土と水なんてあなたのような根暗で辛気臭い人にはお似合いの属性ですわ」


 ……あー、頭にくる。リリアンヌの何を知ってるんだお前は。


「まあ、いいですわ。とりあえず、あなたの魔法を見せてくださらない?」

「え? それは」

「どうせロクでもない魔法しか使えないんでしょう?」

「そ、そんなことは」

「なら見せてくださいな。わたくしもお見せしますから」


 ……さて、こういう場合はどうしたらいいか。


「リリアンヌ」

「どうしよう、妖精さん」


 選択は二つ。


 その1は、適当に魔法を見せて「私にはこれぐらいしかできないですぅ」と言って誤魔化して相手のことを持ち上げて、機嫌よくお帰りいただく。


 その2は、こちらの全力の魔法を見せつけて相手の自尊心を徹底的に叩き潰し、二度と馬鹿にしたような口を利けなくしてからお帰りいただくか。


 この二択。


「とりあえず、裏庭に行くまでに決めよう」

「う、うん」

「さっきから何をブツブツ言ってますの?」

「い、いえ。どんな魔法がいいかなあって」

「どんな魔法? あなたは選ぶのに悩むくらいたくさんの魔法が使えますの?」

「あ、えっと、その……」


 さて、どうする。どうも裏庭で魔法の見せ合いをするつもりらしいが、裏庭につくまでに対策を決めなくては。


 無難なのは選択肢1だとは思うが、俺の気分的には2だ。


 おそらく、魔法の実力はリリアンヌのほうが上だ。なにせ毎晩俺と研究し続けてきたんだ。


 VRゴーグル。あれは俺の思った以上に役に立った。特に魔法の訓練には役に立っている。


 魔法と言うのは想像を現実化する技術だと最初に教わった。つまりは想像できなければどうやっても具現化などできないということだ。


 想像。これがまた難しい。言葉で伝えてもなかなか伝わらない。


 そこで映像だ。俺が作り出した映像をVRゴーグルに投影することでリリアンヌに魔法をイメージさせやすくできたのだ。


 本当にこれがうまく行った。なにせ映像で見ているのだから、それを真似て魔法を発動すればいい。


 例えば、これなんかがそうだ。


水流刃ウォーターカッター!」


 これは水を超高圧で放出することで鋭い刃のようにする魔法。魔力を水に変換し、それをものすごい勢いで放出するだけなのだが、リリアンヌは映像を見てすぐにこれを使えるようになった。


 リリアンヌはきっと天才なのだろう。


 そして、次はこれだ。


土流槍アースグレイブ!」


 これは土を操り槍のようにして相手を貫く魔法だ。土属性魔法は基本的に地面を操る魔法であり、その地面を鋭く太く固くして相手を突き刺すのだが、これもリリアンヌは映像を見てすぐに習得できた。


 やっぱりリリアンヌは天才だ。


 そして、次。


泥流龍弾マッドドラゴンパウンド!」


 これは土と水の複合属性魔法だ。土と水で泥を作り、それを巨大な龍のように操って相手に叩きつける。これもリリアンヌは映像を見てあっという間に使えるようになった。


 絶対にリリアンヌは天才だ。


「つ、次は」

「も、もういいですわ!」


 うん、まあ、確かにここらへんで終わりにしたほうがいいだろう。リリアンヌの魔法で裏庭がボロボロだ。


「な、なかなかやりますわね」

「あ、ありがとうございます」

 

 なかなかだぁ? だったらお前のその顔はなんだ? ん? 顔が引きつってるぞ?


 んんんー?


「ま、まあ、わたくしの足元にも及びませんけど」

「す、すごいんですね、オルニール様は」

「そ、そそ、そうですわね。おほほほほ」


 おいおい、おほほほほ、なんて笑う奴初めて見たぞ。実際にいるんだな。


「きょ、今日のところはこれぐらいにして差し上げますわ」

「え、でも、まだ」

「うるさいですわ! 今日はもう終わりなの!」


 ……よし、なんとか切り抜けた。切り抜けたが、これでよかったのか?


 結局、こっちの魔法を見せびらかして終わっただけなんだが。


 まあ、いいか。


「と、ところでリリアンヌ様。あなたは誰に魔法を?」

「え!? そ、それは、その」


 まずい。これはまずい。まさかメガネの妖精と一緒に研究しているとは言えない。なにせ俺は秘密の存在なのだ。俺の存在はリリアンヌしか知らないはずで、それを他の人間に教えるのはリスクが高い。


 どうする。どう切り抜ける。


「か、家庭教師の先生に」

「そうなんですのね。で、その先生のお名前は?」

「え、えっと、それは……」


 よし、うまいぞ、リリアンヌ。全部あの嫌味イケメン家庭教師に押し付けてしまえ。この性悪玉ねぎ令嬢をあいつに押し付ければ一石二鳥だ。


「わかりましたわ。わたくしもその方に教えてもらおうかしら」

「そ、そうですね。いいと、思います」


 これでよし。これで二度と会いに来なければ尚よし。


「ところでリリアンヌ様。あなたは魔法学校へ行きますの?」


 ……魔法学校?


「学校、ですか」

「ええ、魔力を持ち魔法を扱える者のみが入学できるのですから、あなたにも一応資格がありますわ」


 魔法学校、そんなものがあるのか。あの家庭教師は何も言っていなかったが。


 ワザとか? いや、そこまで性格が悪いとは思わないが。


「私には、まだ、早いかなって」

「当然ですわ。あなたはまだまだですもの」


 まだまだ、ねえ。


 まあ、今日はそういうことにしておこう。


「オルニール様、お嬢様。お茶の準備ができております」

「あら、いいタイミングですわ。お茶にいたしましょう、リリアンヌ様」

「はい、オルニール様」


 はあ、なんとかなった。なんとかなったぞ。これで家同士の問題にはならないだろう。


 にしても面倒な奴が現れたもんだ。あんまり関わり合いになりたくはないが、なんだかそうもいかないような気がする。


「ところでそのメガネ」

「な、なんでしょう?」

「魔法のメガネだそうだけれど」

「そ、そんな大したものではありません。ちょっと、高いだけで」

「そうなんですの。ま、わたくしには必要ありませんけど」


 ……本当に面倒な奴が現れたもんだ。まったく。

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