第2話 夢が叶ったはいいけれど

 どうやら俺はメガネの美少女ではなくて美少女のメガネになったらしい。


「……嬉しい、嬉しすぎる」


 本当に嬉しい。本当に夢が叶ったんだ。


 美少女のメガネになりたい。本当に本当に夢が叶ってしまった。


 こんなに、こんなに嬉しいことはない。


「ありがとう、魔法使いベーコン。加工肉みたいな名前だけど」


 この喜びを誰かに伝えたい。伝えたいけれど、今は真っ暗だ。


 今はメガネケースの中。今は何も見えない。


「今のうちに、状況を整理しておくか」


 俺は今、メガネケースの中にいる。中は真っ暗で、本当に何も見えないし聞こえない。


 俺は魔法のメガネになったようだ。あの時、車道に落ちていた可哀そうなメガネを助け出そうとして事故にでもあって死んだのかもしれない。


 何が起こったのかはわからない。あの時は本当に連日連夜の残業で意識がはっきりしていなかったから、何が起こったかなんてさっぱりだ。


 けれど、どうやら魔法のメガネになったことは確実のようだ。


 魔法のメガネ。どうやらこの世界には魔法があるらしい。どんな魔法があるかは今のところはわからないが、それはこれからどうにかして調べるしかないだろう。


 そんでもってこの魔法のメガネ、つまりは俺の持ち主はリリアンヌと言う少女だ。どうやらどこかの金持ちの貴族のお嬢様らしい。


 そのリリアンヌは今はぐっすり眠っている。さすがに寝る時までメガネをかけてはいられないようで、俺はケースの中といわけだ。


 そう、リリアンヌは今メガネをかけていない。


 どうやら俺はあくまでもメガネ。誰かが掛けていないと何もできないらしい。実際、リリアンヌがメガネを外した途端に何も見えなくなってしまった。一応、音は聞こえるが、それもあまりよくは聞こえない。


 ちなみにこの魔法のメガネ、つまり俺にはいろいろな機能が付いているらしい。普通のメガネとしての機能だけではなく、望遠鏡としても拡大鏡としても使えるし、暗視機能もあるようだ。まあ、そんな物を使うかどうかはわからないけれども。


 そんな魔法のメガネ、つまり俺だが、どうも魔力とやらを持っている人間にしか使えないらしい。リリアンヌの目は薬などでは良くならないものだったらしく、父親が魔法使いに依頼してこれを、つまりは俺を作ったという話だ。


 魔法、魔力。どうも魔法のメガネ、つまりは俺を使うには魔力を消費するようだ。メガネを掛けている人間の魔力を使うことで魔法を発動し、リリアンヌの視力を補助している、というわけだ。


 なんとも便利。だが、不便。魔力を持っている人間、つまり普通の人間には使えないメガネ。要するに汎用性のない特別製、オーダーメイドの一点物と言うわけだ。


「しかも、サイズもデザインも自在に調節できる。さすが魔法。便利便利」


 メガネを掛けるか掛けないかで人の印象が変わるように、メガネのデザインでも人の印象は変わる。その人の顔に合っていないメガネはやはり損だ、と俺は思う。それを自在に変えられると言うんだから、本当に魔法は便利だ。


「……にしても、不便だな」


 さて、どれぐらいの時間が経った? リリアンヌがメガネを外して、ケースに入れてどれぐらいの時間が経ったのか。


 ……眠くない。まったく眠くないし眠れもしない。そもそもメガネはメガネで、メガネには目がないのだから目を閉じることもできない。


 まあ、暗いからそれはいいだろう。リリアンヌが掛けていない時は全く何も見えないから、目を閉じているのと一緒か。


 しかし、眠れないというのはやっぱり不便だし、なんとなく気持ちが悪い。忙しすぎて不眠症気味だったからよくわかる。


「……寝たい」


 もしかしたらもう二度と眠ることができないのかもしれない。お腹もすかないし、疲れることもないのかもしれない。


 それは、なんとなく、寂しい。


「まあ、いいさ。眠れないってことは時間がたっぷりあるってことだ」


 夜は長い。リリアンヌが目覚めるまでたっぷりと時間がある。


 その間に、いろいろと試してみよう。


 なにせ、俺は魔法のメガネなんだ。もしかしたら俺も魔法が使えるかもしれない。


「よし、面白くなってきた」


 なんだか少しわくわくしてきた。最近は全く感じなくなってしまっていたわくわく感。


「いや、でも、待てよ」 


 確かに俺は魔法のメガネだ。けれども、まったく魔法を知らない。この世界の魔法がどんなもので、どうやって魔法を使っているのか何にも知らない。


「……聞いてみるか」


 そうだ、聞いてみよう。


「しかし、どうやって切り出すか……」


 どうやら俺の声はリリアンヌに聞こえているらしい。と言うか彼女にしか聞こえていない。おそらく装着した人間にしか俺の声は聞こえないのだろう。


 となれば頼れるのは彼女しかいない。彼女しかいないが、どうやって話を切り出せばいいのか……。


「気持ち悪がられたらどうしよう……」


 最悪、捨てられるかもしれない。もしそうなれば、俺は何も見えない世界で一生を終えるかもしれない。


 いや、終わることもできないかもしれない。どうやらこの魔法のメガネ、つまり俺は剣でたたいても割れることがなく、象が踏んでも壊れないぐらい頑丈らしいのだ。


 もし、リリアンヌに嫌われたら。


「どうする、慎重に、慎重に」


 慎重に、言葉を選んで、気味悪がられないように、気持ち悪がられないように、嫌われないように。


 どうにか、やるしかない。

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