第1話 転生したらメガネでした、
何が起こったのかさっぱりわからない。
わからないけれど、鏡の中にメガネをかけた小さな女の子がいることはわかる。
「私のことが見えるかい、リリアンヌ」
「はい、お父様。はっきり、はっきり見えます」
感動で打ち震え、涙を流す女の子。大体、10歳ぐらいの美少女。
俺は状況がさっぱりわからなかった。けれども、俺も感動に打ち震えていた。
メガネをかけたかわいらしい女の子がいる。まあ、それだけで十分十分。状況がわからなくても十分満足なわけだよ。
いや、違う。満ち足りている場合じゃない。
俺はどうなったんだ? 確か、車道に落ちていたメガネを助けようとして、それから俺は。
「ありがとう、お父様、お母様。こうして、はっきりとお二人のお顔を見ることができて、私は嬉しく思います」
……まあ、いいか。喜んでいるようでよかった。事情はさっぱり分からないが、メガネをかけた美少女が泣いて喜んでいるのだから、些細なことなどどうでもいいさ。
うん。どうでもいい。
よかったよかった。
本当に事情も状況もさっぱりわからないけれども。
それにしても、ここはどこだ。見たところ、日本じゃないな。
なんとも、見るからに金持ちと言った感じの部屋だ。今、俺の映っている鏡も縁に手の込んだ装飾が施された高そうな物だ。
……俺。
……俺?
俺は、誰だこれ?
鏡に映っている。そう、鏡に映っている。
映っているのはメガネをかけた美少女だ。ふわふわとした長い金髪にエメラルドのように輝く大きな瞳に、陶器のように艶のある白い肌に。
別人だ。俺は、美少女じゃなかった。ただの典型的な日本人の社会人の社畜だったはずだ。絶対にこんな美少女じゃなかったはずだ。
何が起こってるんだ。
いや、しかし、待て。
鏡に映っている姿を見ているということは、もしかしたら俺はメガネの美少女になったということか?
やったぜ! 夢がかなった!
いや、叶ってはいないが半分叶った!
ずっと夢だった。美少女のメガネになりたいという夢が、少し違うが叶ったんだ。美少女のメガネじゃなくてメガネの美少女になったのだから、叶ったと言っていいだろう。
やったぜ! やった!
この喜びをどうしたらいいんだ! ああ! うおおおおおおおお!!
「いやっほおおおおおおおおおおおおい!!」
「!!?!?!?」
……不味い不味い。思わず大声をあげてしまった。
「どうしたんだ、リリアンヌ?」
いやいやすいません、突然大声をあげてしまって。
「今、誰か、叫びましたか?」
「いいや?」
「聞こえませんでしたよ?」
……ん?
「でも、今、確かに声が」
……聞こえていない?
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
「!?!?!?!?!?」
いやいやすいません、また大声を。
「あの、本当に誰も」
「大丈夫かい、リリアンヌ」
「声なんてどこからも聞こえてきませんよ?」
……おかしい。やっぱり、聞こえてない。
どういうことだ? いや、そうだ。
俺は叫んだはずだ。叫んだはずなのに、叫んでいない。リリアンヌは叫んでいない。と言うことは、俺はリリアンヌじゃないということか?
じゃあ、俺は何だ? 確かに鏡に映っているリリアンヌという女の子をこの子の目線で見ているはずだ。
……ということは。
どういうこと?
「そうだ、忘れていた。このメガネの説明をしなくてはね。キミ」
「はい、旦那様」
どういうことだ? というか、こいつは誰だ?
「このメガネはね、この魔法使いのベーコンが作った物なんだよ」
魔法使い? 今、魔法使いって言ったか?
「このメガネには魔法がかけられていてね。魔力を持っていない人間には使えない物なんだそうだ」
「そうなのですね」
「ああ、詳しくは彼に聞いてくれ」
魔法使い、ベーコン。なんだか美味そうな名前だ。そう言えば、朝飯を食べ損ねていたっけ。
「腹減ったなぁ。昼飯、何しよう」
「!!!!?」
いや、腹は、減ってないか。なんだろう、そういえば、さっきから瞬きもしていないし、疲れも感じてない。働きすぎで疲れが取れなくて一日中頭痛がしていたのに、それもなくなってる。
「あ、あの、やっぱり声が聞こえるのですけれど」
何をきょろきょろしてるんだ? 何を探して。
「お嬢様、この部屋には私たち以外には誰もいません」
「でも、今、お腹が減ったと」
「いいえ、誰もそのようなことは」
……聞こえてる? 俺の声が。
「さあ、お座りください、お嬢様。このメガネの説明をいたしますので」
この子には俺の声が聞こえている。この子の目線で世界を見ている。でも、他の人間には俺の声は聞こえていない。
つまり、これは。
「お嬢様が今かけていらっしゃるメガネは魔法のメガネでございます。薬ではどうにもならないお嬢様の目のため、私が作った物でございます」
魔法のメガネ。魔法。
もしかして、俺は。
「メガネになってるううううううううう?!?!?!?」
「!!!!!!!!!!」
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