服装選び
お姫様に会いに行くのだ、それ相応の格好をしていかなくてはならない。
いくら魔法を売るだけといっても、商人だってお偉いさんに会いに行く時にはしっかりと正装をする。
というわけで、今まで正装とはまったく縁がなかった宝の持ち腐れくんは正装を準備するために商会へ足を運んでいた───
「たっっっっかッッッ!?」
さて、時は孤児院に足を運んだ翌日。
ユランはそっち方面各種色々とても頼りになる知人のセレシアの下に足を運んでいた。
「仕方ないじゃない、普通はそういうものなのよ」
「平民の引き籠もりにはとても払える額じゃ……ッ!」
「馬車馬になれば、買える服だと思うけど?」
「鬼ぃ!」
セレシアが運営する商会のドレスルームの中。値札を見て驚いているユランを見て、セレシアは頬杖をつきながらため息をつく。
これは一つのお買い物だ。ユランが客で、セレシアが店員。
それだけのはずなのに、知り合いとはいえわざわざ商会長自ら接客してくれるなど珍しい。
まぁ、そこには色んな理由があるのだが……当のユランは気づいていない。
唯一、この場で気づいているのは───
「……暇なら商会の利益でも考えたらどうです、女狐?」
薄らと冷たい瞳を向けてくるアリアさん。
師匠が驚いている横で、静かに牽制を図っていた。
「あら、別にいいじゃない? ユランは客は客でも特別なお客様だし」
「さり気なくお師匠様の好感度を稼ごうとしている魂胆が見え見えなんですよ」
「そ、そりゃそうよ! だって、ユランはうちの看板商品を卸してくれるお得意様───」
「恋愛的な意味では?」
「げほっげほっ!?」
ストレートに指摘されたからか、セレシアはいきなり咳き込んでしまう。
本人が横にいるというのに、随分な大胆発言だ。高価な額に驚きすぎて一人の世界にユランが入っていなければ、今頃ラブでコメな展開が待ち受けていただろう。
「あ、あなたねぇ……商品を提供してあげている側に少しは礼節とか持ってくれないわけ?」
「そうですね……下心と恋心を捨ててきてくれるなら一考しましょう」
「……ほんと、あなたの恋心は重たくて困ったものだわ」
はぁ、と。本日二度目のため息をつくセレシア。
知り合いではあるが、相変わらずな性格には少し辟易としてしまう。
「なぁ、アリア? ぶっちゃけ最近売り上げられたお金があれば買えるには買えるんだが……どれがいいと思う?」
「お師匠様であれば何を着てもとてもかっこいい───」
「真面目に」
お弟子目線の適当はお師匠様的に嫌だったらしい。
「そうですね……平民であれば拝顔すること自体異例な状況なので、私もなんとも言えませんが……」
真面目にしろと言われたので、飾ってある服を捲りながらアリアは考え始める。
「こちらのタキシードなどいかがでしょう?」
「相手が病人で困っているっていうのに、華やかな衣装で行くのもどうなの?」
「なるほど、確かに失礼にあたりますね。となれば、こちらの色合いを控えた服は───」
「……俺に似合うと思う?」
「失礼、子豚が着るような服でしたね」
「あなたの方が失礼よ」
仕方ないわね、と。セレシアは立ち上がって二人の下に向かう。
そして、探すこともなく二着ほど手に取ってユランの体に当てた。
「んー……状況が状況なだけに難しいわね。ってなると、こっちの服の方が……」
「セレシア?」
「いや、やっぱりこっちね。地味にしすぎるとかえって相手の不安を仰いでしまうし、最低限『自分達は信用していい』って思わせるようなものじゃないと」
そう言って突きつけてきたのは、少しだけ装飾がついたタキシード。
堅苦しい格好ではあるものの派手さはなく、しっかりと商人だと連想させる。
「おー、これだったらなんかいいような気がする」
「女狐め……中々やりますね」
「伊達に商会長をしていないもの。これぐらいはお易い御用よ」
二人からの賞賛を浴び、悪い気がしなかったセレシアは少し自慢気な表情になる。
流石は商会長だ。商売するにあたって色んな場所に訪れ、経験してきたからこそ導き出せるチョイスだろう。
「まぁ、極力値引きはしてあげるけど……今回は流石にタダじゃないわよ? デザイナーに金が入る仕様になってるから」
「お店まで用意してもらってんのに、流石にそんなことは言わねぇよ」
値札を確認し、ユランは懐から金を取り出してセレシアに渡す。
そして、セレシアが持っている服を手に取ろうとし───
「ちょっと、なんで持って行こうとするの?」
「え、今買ったのにもらうことできないの!? もしかして堂々とした詐欺!?」
「ぶーぶー」
「違うわよ、このままじゃ裾とか合ってないでしょ。仕立てなきゃ、せっかくのいい服もダサく見えちゃうもの」
いつも着ている服とはワケが違う。
きっとりと着こなしてこそ初めてかっこよく見えるものであり、ただ着ていけばいいというワケではない。
今こうして並んでいるのは、あくまで見本品だ。買う本人によって、ここから調節しなければならない。
「……なんか面倒くさいな、貴族の世界って」
「お師匠様が面倒臭がりなだけだと思いますよ」
とりあえず、すぐには持って帰れないものの服は用意できた。
あとは、お得意の魔法で女の子を救うだけだ。
自堕落希望の最強賢者が店を開いたら、各国の重鎮ばかり集まってしまった件について~そうだ、魔法を売ろう~ 楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】 @hiiyo1012
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