アリアの育った場所
賢者と呼ばれるようになってから……いや、生まれてこの方魔法とお遊び一筋だったユランにとって、権力というものは遠いものだった。
手に入れようと思えば手に入れられる。王宮に仕えたり、貴族様の家庭教師をしたり。やろうと思えば、いくらでもやりようはあった。
しかし、それでは自堕落な魔法生活が終了してしまう可能性があったため、ユランは極力避けていたのだ。
そのため―――
「なぁ、シスター……俺、王城に行くことになったんだ」
時は流れ、茜色の陽射しが街をゆっくり包み始めた頃。
ユランは街の外れにある小さな孤児院にて、酷く真剣な表情を浮かべながら正面に座る女性に口を開いた。
「あらあら、それは大変ねぇ」
どこかおっとりしているような、抜けているような。
それでも温かく包み込んでくれそうな美しい女性———サーシャは、にっこりと笑みを浮かべる。
サーシャは孤児院を切り盛りするシスターだ。現在、孤児院には親がいない子供達が三十人ほど住んでおり、サーシャはその全ての子供達の面倒を見ている。
「ユランくん、大丈夫? あんまりそういうの好きじゃないでしょう?」
「いや、まぁ好きじゃないんですけど……その、やむを得ない事情があると言いますか、行かなきゃ助けられなさそうと言いますか……」
ユランはジャンヌの話を受けることにした。
とはいえ、大方の原因の予想がついても確証はない。とにかく、一度姫様を見てみないとどんな魔法を与えればいいか分からず、ジャンヌの手配で王城へ行くことになったのだ。
「相変わらず優しいのね、ユランくんは」
「……子供扱いされるような年齢じゃないですよ?」
「ふふっ、私からしてみれば皆子供よ」
あんたもお母さんぶる年齢じゃないでしょうに、と。ユランは若々しいシスターにジト目を向ける。
「そして、あなたは私の子供達をよく見守ってくれている。本当に感謝しているわ」
サーシャはふと物思いに耽るように、手元にあるカップを手に取った。
「そんな、別に大したことはしちゃいないですよ。今だって、子供達はアリアに放置で俺は歳上のお姉さんと一緒にティータイムです」
「あらあら、アリアはいいのよ。子供達も、アリアも久しぶりに会えて嬉しいでしょうから」
「あいつ、律儀に俺と一緒の時にしか足を運ばないでしょ? なんの戒めのつもりなんだが」
「巣立っていった者がみだりに会っちゃダメ……なんて思っているのかもしれないわねぇ」
「自立している証、って考えているのかね? 便りがあった方が元気の証でしょうに」
今度、会いたい時に会ってくればいいんだぞって言っておこ、と。
ユランは笑みを浮かべるサーシャを見て内心で決意した。
「……いいのよ、あの子はあれで」
「そうですかね?」
「あなたが連れていってくれてから、本当にあの子は幸せそうだもの」
アリアは孤児院の育ちだ。
生まれてからすぐに親を亡くし、ここでしばらく過ごし、それからユランが引き取った。
その経緯は色々複雑だが―――マリアにとって、ここは実家も同然。
そして、目の前に座るシスターは母親的存在なのだ。
故に―――
「……シスター、お師匠様に変なことは言わないでください」
スッと、ユランの背後にジト目を向けるアリアが現れる。
子供達と色々遊んで来たのか、どこか衣服が乱れて少し色っぽく映った。
「あらあら、そんな変なことは言ってないわよ~。ただ、アリアちゃんが可愛いなーって話していただけだから」
「またそうやって私を子供扱いして……私はこれでも、もうお師匠様と結婚できる年齢なのですから」
「たとえで俺を引き合いに出すな」
何かがあればすぐにアピールをする。
不覚にも「結婚」というワードにドキッとしてしまったユランは、少しため息をついた。
「んで、久しぶりに遊べて楽しかったか?」
「……まぁ、元気そうで何よりでした」
「そっか」
唇を尖らせ、少しそっぽを向くアリア。
拗ねているような反応から、久しぶりに子供達に会えて本当に嬉しかったみたいだ。
それも当然。アリアがいくら大人ぶって自立したとしても、一緒に育って来た子供達は家族みたいなものだ。家族に会えて嬉しく思わないわけがない。
「んじゃ、そろそろお暇しますかね」
ユランがゆっくり腰を上げて、部屋の扉へと向かう。
その時、サーシャは「ちょっと待って」と、部屋の棚に置いてあった小袋を一つユランへ手渡した。
「はい、これ。子供達がこの前作ったクッキーよ」
「おー、いつもありがとうございます」
「いつもありがとうはこっちのセリフよ。こういうことでしか、私達は何も返せないもの」
「いいんですって、そりゃ弟子の育った場所が残ってほしいって思うのは普通でしょう?」
ユランは孤児院に寄付している。
それはユラン自身が子供好きというのもあるのだが、一番はアリアが育った場所であるからだ。
孤児院は寄付で成り立ち、寄付がないと食べてはいけない。
そのため、寄付がなくなってしまえば孤児院は潰れてしまう―――そうなると、アリアの住んでいた場所はあっという間になくなってしまうだろう。
「……お師匠様のばか」
「あれ? 結構いいこと言った気がするんだが?」
後ろで師匠の背中に頭を当てるアリア。
その時の顔は、酷く真っ赤であった。
理由は……語らずともよいだろう。
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