助けを求める原因

 とりあえずまぁ、話は聞こう。

 何やら重くて、何やら立場が凄そうな人の名前は出てきたものの、話は聞こう。

 一気に目の前の金貨が『生涯の自堕落人生転落』の片道切符を売った結果みたいに見えてきてしまったが、ここで突き返すのは良心が痛む。

 故に、ユランは頬杖をつきながらもう一度質問を投げた。


「王女様を救えるって……なに、白馬の王子様でもお望みなシチュエーションになっちゃってんの?」

「キスしたら目覚めるとか……ちら」

「弟子よ、こっちを見るなこっちを照れちゃうでしょ」


 上目遣いでこちらを見てくるアリア。

 これが師匠と禁断の恋の始まり願望から出たものではないことを切に願いながら、ユランはジャンヌを一瞥した。

 すると、凛々しく美しかった顔に酷い陰りが浮かんでいた。


「……誰かに襲われていたり、監禁されているわけではない」

「だったら、病気とか?」


 病で伏せている。なんていうのも、救ってほしいという願望には当て嵌まるだろう。

 幸いにして、この前花売りの少女のために作った魔法書が予備で一冊ある。これを売れば、ジャンヌは文字通り姫様を救えることができるはず。


(看破の魔法をさっきから使っているが嘘はついていなさそうだし、売っていい条件は満たしてはいるが……)


 そう思っていると、ジャンヌは首を横に振る。


「……

「分からない?」

「本当に分からないんだ」


 分からないとはなんだろうか? 王族ともなれば、腕利きの薬師か聖職者を呼んでくれるはず。

 それなのに、原因……いや、病気かどうかすらが分からないなんて。


「だったら呪いでしょうか?」


 アリアが腕を組み、少し考え始める。


「呪いは病気とは異なります。呪術と呼ばれるもの負の感情が現象として対象を蝕みます。であれば、病気ではないと区別がつかないのも無理がないのでは?」

「いや、呪いの類であれば聖職者が分からないはずがない。病気を治す方のイメージが先行してしまいがちだが、聖職者の本分は呪いに対抗することだ」


 ジャンヌの言う通り、呪いという負の感情に対する本職が聖職者だ。

 腕利きのいい聖職者を呼んでいるのであれば、なおさら「分からない」という結論に至るわけがない。


「だから、本当に……わ、私は……姫、様が……ッ!」


 不安と焦燥を思い出したからか、ジャンヌは唇を噛み締めて拳を震わせ始める。

 その姿から、本当に己の主人の身を心配しているのがよく分かった。

 そのため、横にいるアリアは「ジャンヌ様……」と、同じく心配そうな同情の瞳を向けてしまう。

 しかし───


「どんな様子なんだ?」


 ───ユランだけは、頬杖をついて真剣な顔のまま口を開いた。


「あ、あぁ……姫様は日に日に睡眠時間が増えていっているんだ。一日中寝る時もあれば、一週間目を覚まさない時だって……」

「一週間、ですか。夜更かしして睡眠時間が足りない……なんて可愛らしい話ではありませんね」

「揺すっても、大きな声を出しても、死んだように眠られる」

「それは……」


 普通のことではない。なんて、アリアの口から浅い言葉しか出てこない。

 それぐらい、よく分からなかったからだ。

 呪いでないという前提の話。それでいて、薬師や聖職者でも分からない病気。仮に呼んだ薬師や聖職者が分からなかっただけとしても、アリアには結局なんだか想像もつかない。


「……それ以外には?」

「そうだな……元気がないのは間違いない。侍女の話だと、あまり食欲もないとのことだ」

「なるほどな」


 ユランは腕を組んで頭を悩ませる。

 そして───


「あっ、そうか……か!」


 何かに気づいたのか、ユラン手を叩いた。

 しかし、それを聞いたジャンヌもアリアも首を傾げる。


「魔法、ですか?」

「魔法……いや、分かるのだが、魔法でこんな症状を出せるのか?」


 二人は疑問に思う。

 それも当然だ。ユランに支持しているアリアですら、相手を眠らせ続ける魔法など知ってはいない。

 アリアが知らないのなら、ジャンヌが知る由もない。


「呪いの類ではないっていうんだったら、魔法だな。睡眠を誘発する魔法はあるにはある……ただ、っていうデメリットはあるが」


 呪いでも相手を眠らせることはある。

 だが、その前提が否定されたのであれば残されたのは魔法しかない。

 魔法であれば、睡眠を誘発させるものは存在している。

 ただ、呪いとは違うのは一度限定の魔法を「続ける」ために魔法を使用し続けなければならないということだ。


「ってなると、どこかに魔法士がいるな。しかも、距離が離れれば離れるほど魔力消費量は上がるし、考えられるとすると近場の人間だ」

「っていうことは、犯人は特定でき───」

「いや、それは難しいだろう。何せ、魔法を使っている使っていないは客観的には分からないからな。魔力の流れなんて分かんないだろうし、使用し続けているのであれば詠唱なんてしていない」


 だったら為す術なはないのか、と。

 ジャンヌは一気に青ざめた表情を浮かべた。

 だが、ユランはそんな聖騎士の少女を見て柔らかい笑みを見せる。


「安心しろ」

「ッ!?」

「犯人は見つけられなくても、対処法はある。正直、一回症状を診てみないと分からないが───」


 そして、ユランは重たい腰を上げて真っ直ぐに言い放った。


「魔法に不可能はない。女の子の笑顔を取り戻す方法ぐらいは、多分造作もないよ」

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