第112話『剣聖と聖剣』


今回は剣聖視点です。

説明とフレーバー多めです。

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「……」


 街道上を一人の男が凄まじい速さで走っていた。

 男は聖剣機関において最高位の称号である『剣聖』を拝し、市井では【赤烈】と呼ばれる人物、グレイル・ブレイドだ。


 その苛烈な気性と態度の大きさから勘違いされがちだが、彼は25歳で剣聖となってから、未だ一年も経っていない新人であった。


 だからと言って、彼が弱い訳では無い。

 寧ろ、その若さで剣聖となったということが彼の才能の証明だった。


 聖剣流剣術は、数百年前、丁度女神教の誕生と同時期に現れた人物によって興された。

 それまでは武器を使った戦闘術は地域によって大きく異なるのが自然だったが、聖剣流剣術は元々あったそれらを押し除けて広まった。


 開祖の力が圧倒的だったのもあるが、一番はその分かりやすさだった。

 それまでは曖昧に用いられていた肉体の力を、【闘気】として定義づけた上で、そこから枝葉のように剣技を体系化した。

 【闘気】は気術においては【気】と呼ばれる力であり、仙術においての【仙気】とほぼ同義のものだが、精神的鍛錬を必要とする後者二つと違って、【闘気】は肉体の運動によって引き出す、という点が大きく違った。


 そういった理由で爆発的に広まった聖剣流は、その途中で女神教の教育機関と合併して、現在の聖剣機関が出来上がった。

 『聖剣流剣術』という名が付いたのはその時からである。


 聖剣機関が定める伝位は、下から初伝、中伝、表伝、裏伝、奥伝、皆伝、極伝と続く。

 最高位の極伝は開祖のみなので、現在の最高位は皆伝だ。

 そして、この皆伝こそが剣聖の必要条件なのだが、実質の十分条件でもあった。


 表目録と裏目録を使いこなせれば奥伝となることができるが、そこから皆伝に至る方法は至って単純だ。

 たった一つの剣技を収めるだけだ。

 それが、奥義【斬光】だ。


 これを修めるために、グレイルは倒れるまで剣を振り、腕が動かなくなれば、開祖の残した秘伝書という名の禅問答が記された資料をひたすら読み込んだ。


 全てのページの全ての文字の癖さえ頭に刻まれると、寝ている時も起きている時もずっと宙を文字が浮かぶようになる。

 そして、今度は剣と自分の見分けが付かなくなってきた頃に、やっと彼はそこに至った。


 彼が女神教から聖剣を受け取り、剣聖となったのはその直ぐ後だった。

 半年ほど任務を熟して、忙しさが落ち着いた頃に肉親に報告をしようとしてグルテールに寄ったところで、彼は姉の遺体と再会したのだった。



「……ちィ」


 彼は忌まわしい記憶を思い出して、小さく舌を打った。

 剣聖の移動はそのほとんどが徒歩である。理由は簡単で、それが一番早いからだ。

 人間より速く走る生物も居るには居るが、手懐けることが難しかったり、希少価値が高かったりと、利便性に乏しい。

 手配をするのにかかる金額を考えると、結局走るのが一番だった。


 これまでは何とも思わなかったが、空白の時間が増えたことでグレイルの頭には余計なことばかりが浮かんだ。


「……」


 代わりに、最近できた弟子のことを考える。

 才能はそこそこだが、何が何でも強くなろうとする気概はあった。

 寧ろ才能よりも指導者が相手に望むものかもしれない。


 時々、頭のネジが外れた行動をとることはあるが、子供ならば誰しもにある部分なのだろうか。


 子供を育てたことのないグレイルには、それが普通のことかは分からない。

 加えて、教えることも不得意だった。


 出て来た杭を徹底的に叩き潰し、格の違いを教え込むのは得意だったが、相手を伸ばすようなやり方は、彼にとってはあまりにも繊細に過ぎた。


 結果的に、大人相手なら1時間かけてするところを、半分の時間に短縮して調節した。

 アレックスの目には日に日に憎しみの光が灯っているようだったが、それもまた成長と思うことにした。



「このあたりかァ?」


 ようやく、街道沿いにある村に辿り着いた。

 グレイルは不機嫌な顔を隠さないまま、村の門の前に歩み寄ると、門の上の物見櫓から村人が彼の姿を見つける。


「……うん?」


 くたびれた服装に、粗末な装備、加えて人相の悪さ。

 普通に考えれば偶々村に辿り着いただけの破落戸だが、彼の全身から溢れ出る刺々しい気配が、その発想を刈り取る。


 聖剣流では、【闘気】を束ねることで斬撃を強化する【剣気】という技術がある。しかし、彼は生まれつき何をせずとも【剣気】を放出する体質を持っていた。

 それだけ聞くと剣士として優れた性質に見えるが、実際はその真逆だった。


 そもそも【剣気】というのは剣を強化する性質を持った気であり、人体の強化には向かない。

 だからこそ、彼が肉体を強化するためには肉体から【剣気】を放出してから【闘気】へと変換するという手間が掛かる。そういう不便さがあり、グレイルはこの性質を嫌っていた。


 【剣気】を常に放つグレイルは、気が見えない人間からすると、一本の剣を思わせるような危うさを感じるのだと、彼は周囲の人間から言われたことがあった。

 村の人間も、彼が只者で無いと気づいて、門の向こうが浮き足立つ。

 やがて、門の横の扉から老人が現れた。


「誰だァ……テメェ」


 グレイルは、彼が側の人間であることを読み取った。

 しかし、グレイルを直に見た老人の方は彼よりも大きな驚きを顔に浮かべている。


「私めは、この村の村長です。一つお聞きしますが……貴方は、剣聖でしょうか?」

「あァ」


 グレイルは首だけで頷く。


「まさか、剣聖様がいらっしゃるとは……安心いたしました」


 村長は、言葉とは裏腹に苦渋の表情を浮かべた。

 村の近くで起きた異常が、それほど重大なものであると理解したからだろう。


「それで、いつまで俺はァ、ここで突っ立ってれば良いんだァ」

「これは……失礼いたしました。詳しい話は村の中で致しましょう」


 横着なグレイルの態度に、村長は気を害した様子も無く門を開けさせた。


「……ハンッ」


 意味もなく鼻で笑ったグレイルは村の中を観察する。

 物々しい雰囲気に包まれてはいるが、目に見える被害は無い。

 怪我をしている者も居ない。


 が現れたならば、村ごと無くなっていてもおかしくはない。

 偶々、腹を空かした状態で現れたのだろうとグレイルは予想した。

 村の集会場らしき建物へと案内されたグレイルは丸太のような椅子にドカリと腰を下ろした。


 建物の外には二人の様子を覗き見る村人たちが集まっていた。


「二ヶ月以上前のことです」


 村長はゆっくりと語り出した。


「ここから南方に下った森の直ぐ近くには数年前に廃村となった村があったのですが、その近辺を通った村人が空を飛んでいる姿を見かけて……それから毎晩、低く唸るような声がしたんです」


 グレイルはゆっくりと頷く。


「それはァ……そらの獣だなァ。俺ァ、それを討伐するために来た」


 聖剣機関内では別の呼び名がされているが、一般的にはこの呼称が有名だった。その名を聞いた村人たちは顔を青くしていた。


そらの獣って、?」


 村人が不安に思うのも当然のことだった。

 10年前、王国西部の山脈で現れたそらの獣によって、甚大な被害が齎された。

 その獣によって、当時の剣聖が三人と、十二本ある聖剣の内、二本が今も行方不明のままだった。


 だが、そらの獣はそれまでにも現れており、王国を襲った個体が特別長く生きていたのも被害が拡大した理由だった。実際には剣聖によって屠られた数の方が遥かに多い。


「討伐、できるのですか?」

「さあなァ」


 グレイルは攻撃的に笑った。

 細々とした事情を語って聞かせたところで、安心させられるとはとても思えなかったからだ。

 彼の仕事は村人を安心させることではなく、外敵を討伐することだけだ。

 剣士は斬ることしか出来ない生き物だ。




ゴオオ”オ”オァア"アアア"ア"——ッ!!!


「ひぃっ」

「……」

「……」


 腹に響くような音が聞こえて、村人が悲鳴を上げた。

 グレイルはニヤけたような笑みを浮かべたまま、ゆっくりと立ち上がる。


「低い唸り声ってのはァ、これかァ?」

「……っ、はい」


 グレイルは重荷を嫌うように剣帯を外して地面に捨てた。

 地面に剣の収まった鞘が落ちた。


「あの……剣は……?」

「あァ?やるよ」


 困惑したように問いかけた村人は、さらに疑問が深まっただけだった。




創解剣ヴァルバール


 グレイルの手には灰色の剣が握られていた。

 それを視界に入れた途端に、数人の村人が倒れた。


 それほどのプレッシャーが剣から放たれていたのだ。

 さらに、それをグレイルという極上の剣士が握ることで、感じる重圧はさらに数段に増していた。


「祭りの用意でもしておけやァ……それと」


「獣の首を乗せる台もあればぁ、少しは映えるかァ?」




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