第四.五章

第110話『アンマッチな師弟』

「師匠」

「……あァ?」


 アレックス・ブレイドは自身の師であるグレイル・ブレイドに声を掛ける。二人は甥と叔父の関係だが、同時に聖剣流剣術の師弟関係でもある。

 グレイルは刺々しい髪を揺らして岩から起き上がると、破落戸ごろつきのような調子で返事をする。


 特別に機嫌が悪いわけではなく、大抵誰に対しても不良じみた態度が彼の標準であることをアレックスは早い時点から察した。


「……終わりました」


 アレックスの前には、切断された蟲の群れの死骸が転がっていた。

 以前であれば一度に複数の相手をするのも難しかっただろうが、グレイルの任務に同行しながら思い出したように扱かれる毎日を送ったことで、彼の実力はかなりの速度で上がっていた。


 アレックスは寝転がって空を見ていたグレイルに声を掛けると、武器として使っている木剣を腰に吊るす。


「クソみたいに遅かったなァ。木の実でも拾ってたのかァ?」

「木剣だとこれ以上は無理ですよ」


「クソな上にバカかァ、アレックス。剣ってのはァ、切れる剣、切れない剣、その間の剣がある。剣士が持つ上で一番ゴミなのはどれか分かるかァ?」

「切れない剣、でしょう……ガハッ!!」


 アレックスは裏拳で殴り飛ばされる。


「ちげえよ、中途半端に切れる剣だ。中途半端だから、硬いのは切れない癖に、それ以下は切れちまうから【剣気】は全く上達しない、クソ中のクソだ」


 何食わぬ顔でアレックスは立ち上がり、疑問を返す。


「なら、師匠の言う『切れる剣』とはですか?」


 グレイルの腰元には前に見た時とは違う剣が吊るされていた。

 外見は見窄らしいが、その中には鋭い刃が隠されているのだろうと、アレックスは予想した。


「これはァ、安かったから買っただけだ。銀貨1枚でなァ」

「ぎっ……」


 同じ重さの鉄塊よりも安い。

 あまりの捨て値にアレックスが驚くと、グレイルは得意げに鞘から剣を抜いて見せた。


 恐ろしいくらいに刃こぼれしている。まごうことなきゴミだ。


 なぜ、仮にも剣聖がこれほどまでに困窮しているのか、アレックスは頭を抱えた。


「何で……前に家から持って行った剣はどこにやったんですか」

「売った」


 仮にも自分の姉の家のものを、息子の許可も無く売り払うとは、とんだ畜生だ。

 アレックスは初対面の彼を『頭のネジが外れた男』だと思っていたが、現在はその印象を撤回し、『外れたネジを集めて作った男』と評価している。


「なら、師匠の言う『切れる剣』って言うのは……」

「聖剣、それだけだァ」


 聖剣とは全ての剣聖に一本ずつ与えられる、特殊な力を持った剣だ。

 彼からすれば、ミグレイの収集した剣は全て『中途半端な剣』に分類されてしまうのだと理解した。


 アレックスはグレイルの装備を見て疑問を口に出す。


「剣聖なのに、聖剣を持っていないんですか」

「今、貸してるからなァ」


「誰に!?」

「友達に決まってるだろがァ」


 アレックスの頭の中に『友達居たのか』、『友人のこと”友達”って呼ぶのか』、『それは本当に正しい意味での友達なのか』、『聖剣を又貸しするな』などの言葉が浮かんでは消えていく。


「なるほど」


 結局口に出したのは、馬鹿みたいな返事だけだった。

 グレイルについて思考が無駄だと理解したアレックスは本題を思い出す。

 

「俺に『切れない剣』を持たせているのは【剣気】の上達のため、ですか?」

「あ”?そうだァ」


 これだけの言葉を引き出すために余計な遠回りをさせられた。


「先に表目録を習得したいんですけど……」

「大抵の剣士はァ、表伝より上には行けねえ。何でか分かるかァ?」


 グレイルはアレックスに何かを教える時、初めに質問を投げかけることが多い。それは自発的に考える習慣を付けさせるためだった。他にも、単にアレックスが思い悩む姿を見るのが楽しいというのもある。


「裏目録の方が難しいから、でしょうか?」

「ハッ、なら表伝と裏伝が同格に扱われるのはおかしいだろうがァ」


 アレックスは首を傾けて正解を探すが、やはり分からない。

 グレイルは口角を上げた。


「闘気の扱いは、餓鬼の方が覚えが良い。【剣気】あたりはそんなに代わらねぇがァ、少し捻った使い方だと途端に壁ができる。大人になって修めようとしても手遅れって訳だァ」

「……」


 アレックスはグレイルが表目録の指導を嫌がる理由が理解できた。

 例え人格が破綻していても、彼は剣聖だ。


 誰よりも、強くなる方法を知っている。


 そうして強くなって、いつか母親ミグレイを殺した奴らに復讐するのだ。




◆◆◆◆




「師匠……今日も野宿ですか?」

「いやァ、リドウルビスまで行く」


 アレックスはその名前に聞き覚えがあった。


「もしかして、蟲の暴走に巻き込まれた街、ですよね?」


 一月程前に、突然街中に蟲が大量発生したらしい。

 幸いにも、近くに屯していた聖剣機関に実力者が揃っていたために、街が壊滅することは無かったが住民に甚大な被害が出たらしい。


「防壁に穴が空いてたのが原因らしいなァ。それも、空けたのは裏ギルドの連中だァ。そいつら全員の首を落として、今は防壁も塞いである、全部元どおりだァ」

「なら、今回の任務は蟲の討伐ですか」


 自分で言っていて、アレックスはしっくりと来なかった。

 街があるなら、聖剣機関の剣士達は蟲に十分に対処できている。更なる戦力を欲する理由が無い。


「いや、今回は大物だァ」


 アレックスは嫌な予感がした。

 人にも物にも辛口な彼が躊躇いなく『大物』と呼ぶくらいだ。


 おそらく、対処できるのが剣聖しか居ないというレベルの任務だろうと簡単に想像が付いた。彼は唾を飲み込んだ。


「……もしかして、闇の使徒ですか?」

「あんなカス共に、俺が出張る訳がねぇだろうがァ」


 グレイルは何かを探すように視線を巡らせて何かを見つけると、口元で大きく弧を描いた。


「……アレックス、洞窟に潜れ。武器はそのままだァ」

「それだと……蟲の血液で壊されますよ」


「【剣気】の訓練に、丁度良いだろうがァ」


 アレックスの持っている木剣は、壊される度に森の枝を加工して作った物と交換していた。洞窟の中ではそのような木剣の入れ替えも出来ない。

 グレイルは寧ろ練習になると嬉しそうだった。


「師匠も一緒に入ってくれるんですよね?」


 せめてグレイルがいれば万が一も命だけは助かるだろうという打算があった。

 グレイルはアレックスを睨み付ける。


「殺し合いの練習に、命綱を持って来る奴が居るかァ?」


 それに、とグレイルは続ける。


「そもそも、俺は入れねぇよ。だァ」


 洞窟の攻略について権利を持っているのは聖剣機関だ。

 ということはその決まりとやらを定めたのも聖剣機関なのだろうとアレックスは想像する。

 その意図を測りかねていると、グレイルはアレックスを置いて、さっさと歩き出してしまった。




◆◆◆◆




「セイッ、ハァッ!」


 リドウルビスに到着して直ぐ、『蠱毒の大穴』へと潜ったアレックスは慣れた手つきで蟲を仕留める。

 今相手にしているのは、浅層でも遭遇率が高い走這蟲スパイダーだ。クモのように動き回りながら毒針で刺しに来る、面倒な蟲だ。


 なるべく【剣気】を厚く纏って木剣の損傷を防いではいるが、そのせいで闘気の消耗が激しい。


 そして、さっきから蟲の数が減らなくなってきた。

 蟲と戦うときは仲間を呼ばれることを常に意識しておく必要がある。

 アレックスもその性質は知っているため、緩やかに撤退を続けているものの、走這蟲スパイダーの足も思いの外速い上に、森とは違って洞窟は蟲の密度が段違いだった。


「うぜェ」


 思わず、師匠の口癖が出て来る。

 不完全な【縮地】で距離を取ると、背後に迫っていた走這蟲スパイダーを半分に切り捨てた。


 【闘気】による強化でゴリ押すことを決めたその瞬間。


「どーーん!!」


 蟲たちの背後から楽しげな女の声がした。

 同時に、その付近の蟲が細切れになって蹴散らされる。


「あははははは!!」


 見かけは成人十五歳手前といったところの少女が笑顔を浮かべている。

 何も考えていないような態度だが、その手元では正確に剣が空をなぞり、その度に複数の蟲が切り裂かれる。


 彼女の視線がアレックスを捕らえる。


「やっぱり居たよ!!……あれ」


 彼女は声を上げて背後を振り向いたが、そこには誰も居ない。

 どうやら彼女は仲間と逸れたらしい。途端に彼女は悲しそうに眉を歪める。


「……ま、いっか」


 直ぐに切り替えた少女は笑い声を上げながらの蟲の駆除を再開する。

 アレックスは彼女の動きを観察すると、あることに気付いた。


「切る時だけ【剣気】を使ってる……」

「そだよぉ」


 独り言に返事をしてきたが、アレックスは意識して無視する。

 当たり前だが、常に全開で使えば消耗は激しくなる。だから必要な時に必要なだけ出せば節約できる。


 仕組みは簡単に理解できるが、実践はかなり難しそうだ。

 グレイルが日頃から、アレックスに対して『【剣気】の扱い方がクソだ』と溢しているのは、こういった部分だろう。

 そうならばそうと言えば良いのに、彼は試練だけを投げ渡してくる。


「教えるのが下手すぎだろ、師匠」


 そうして、今日もアレックスは少し強くなった。




◆◆◆◆




「テメェはここで修行してろ。邪魔だァ」


 帰ってきたアレックスに対してグレイルは冷たく告げる。

 アレックスは、遂にこの瞬間が来たか、と気を落ち着かせる。

 剣聖であるグレイルに対して、アレックスは中伝すら持っていない弱小の剣士だ。それを考えると、二ヶ月という短い時間でも指導を受けることができたことさえ幸運だった。


 アレックスは流れるように、地面に這いつくばった。


「……どうか、お願いします。俺も連れて行ってください」

「おい……何してやがる。待て、来んなやァ」


 頭を地面に擦り付けたまま、滑らかに距離を詰めてくるアレックス。

 グレイルは嫌悪感を顔に浮かべながら、彼がそれ以上近づかないように後頭部を足で押さえ込む。


 アレックスは自分の後頭部に乗っているグレイルの足裏をしっかりと捕まえる。


「離せやァ。何する気だ、テメェ」

「舐めます」


「やめろやァ」

「嫌です。俺も連れて行くと言うまで、舐め回します」


 彼の瞳には、揺るがない覚悟の色が宿っていた。弟子を辞めさせられるくらいなら尊厳の全てを捨てる覚悟が、彼にはあった。


「ハッタリや脅しじゃ無いですよ。俺は本気です。……んぇ」


 これまでに無いほど凛々しい表情でグレイルを睨んでかっら、舌を突き出した。

 グレイルは顔を歪めて舌を打った。


「クソがァ」


「ッアが……」


 グレイルは一瞬で膝を折りたたみ、爪先でアレックスの顎を掠めるように足を振った。脳を揺らされたアレックスは地面に這いつくばる。


「何か勘違いしてやがるなァ、コイツ」


 任務に邪魔だから、一時的にリドウルビスの聖剣機関に預けると言うだけの話だった。相手も強力ではあるが、グレイルがこれまでに何度も討伐している対象である。

 グレイルが説明を省いたせいで、アレックスは自分が破門されたのだと思い込んでいた。


 グレイルは刺々しい髪型の赤髪を荒く掻き毟る。


「……面倒臭え、行くかァ」


 結局アレックスの説得を諦めたグレイルは、彼を放ったまま街を出た。




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第110話『アンマッチな師弟』



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