第105話『大正解』


 数日後、俺とフィルスの姿は薬師ギルドと呼ばれる建物の中にあった。

 いつもと同じく孤児を横穴に送り出した後に、『オロスフェイルの遣い』を名乗る男が現れた。


 その時に男に聞いたが、以前に拠点にやってきた妖精種の男の名前がオロスフェイルという名前だと、簡単に教えられた。

 初めに会った時に何で名乗らなかったのかは分からない。単純に侮られていたのか。


「……ほぁ」


 フィルスはギルドのエントランスにあったシャンデリアに目を引き寄せられている。

 俺が軽く背中を押すと、顔の向きはそのままで足だけで進んでいく。


 前を先導する遣いの男が呆れた視線を向けてくる。

 遣いの男に向けて微笑むと、彼は慌てて取り繕った笑みを浮かべる。

 薬師ギルドの中には鎧と槍に身を包んだ者が行き交っており、かなり堅牢にギルドが守られている事が分かる。

 俺達を警戒しているという訳ではなく、常日頃からこのぐらい厳重に守られているのだろう。ウェンに確認しなければならないが、ここを守っているのは傭兵ギルドの人間だろう。彼らの装備が彼女から聞いていた特徴と一致している。


 二つのギルドはかなり親密な関係である事が分かった。


「フィルス、そろそろ自分で歩いてくれ」

「あ?……分かってるって」


 内装に気を取られていたフィルスを促して歩かせる。


 肝心のギルドの中身は外から見たよりも大きく見える。

 おそらく複数の建物を通路で繋いでいるのだろう。

 この辺りの区画全体を巻き込んで一つの施設となっているかもしれない。


 細長い廊下に入ると、側面から窓が無くなり薄暗くなった。

 入り組んだ道筋のために気付きにくくなっているが、段々と地下の方向へ降っている。


「前みたいに簡単に頷いては駄目だからね」

「……はいはい」


 フィルスは投げやりに言って、そっぽを向いた。

 やはり、彼は俺の言葉に従うのは嫌なようだ。

 

 昼間にも関わらず蝋燭で照らされた区画に入った頃、廊下に並ぶ一つの扉の前で、やっと遣いの男は足を止めた。


「フィルス様とその部下を連れて参りました」

『どうぞ』


 扉の向こうから穏やかな声がかかる。

 男は両開きの扉の片方を開いて、俺達に入室を促した。


「これは、どうもお久しぶりです。フィルス様に『アレックス様』」

「っす」

「どうも」


 出迎えたオロスフェイルが俺の名前を知っている事は気にしないことにした。どうせ孤児を拐えば名前など簡単に知る事ができるだろう。


 俺達は彼に促されるままに椅子に座る。


「貴様ら、ミグレイはどうした?」


 いよいよ交渉が始まるといいうところで、オロスフェイルの隣の男が口を開いた。確か、名前は……ヴェルデだった。

 以前に顔を晒したためか、今回はフードを脱いでいる。


 交渉内容に興味などないといった様子で竜人の男は竜人娘ミグレイを要求してくる。俺は口角を上げながら両眼を細める。


「彼女は今、手が離せない用事がありまして」

「用事、とは何だ。話せ、成り損ない」


「……交渉が終わった後なら、話せると思いますよ」


 俺は彼からオロスフェイルの方へとわざとらしく視線を逸らす。

 実際、竜人娘レンゲには手を離せない仕事を頼んでいるし、その中身に着いても交渉が終わるまで話すことは出来なかった。


「……」


 ヴェルデが隣の男へと顔を向ける。オロスフェイルは笑顔のまま沈黙を保っていた。


「……っち」


 ヴェルデはひとまずおとなしくしておくことに決めたのか、舌を打つとどかりと椅子に深く座り込む。


 フィルスは事前に打ち合わせした通りに口を開く。


「前に言った取引のことなら、お断りだ」

「ほお……それは、なぜでしょうか?」


 その返答は彼の予想の範疇らしく、特に動揺することなく質問を返してきた。

 オロスフェイルが以前した提案は『蟲の血液を高く買う代わりにエルドリックや他の商人には売るな』という独占契約のようなものだ。


「アンタらが信じられないからな。いきなり全部信じろっていうのは……無理だろ」

「……フィルス様は本当にそうお考えですか?」


「は?」


 オロスフェイルは眼球をぐりんと見開いてフィルスに顔を寄せると、彼は驚くように首を引いた。

 

「それは本当にフィルス様の意見ですか?貴方は孤児達のリーダーと聞いていますが、私にはどうにも……誰かに言わされているようにしか見えない」

「……それが?」


 フィルスの感情が僅かに逆立ったように見えた。


「いやいや、貴方がリーダーとして相応しくない、なんて思っている訳ではないのですがね、えぇ。フィルス様にそう言った人物は果たして、本当にフィルス様の仲間なのかと……心配に思ったのですよ」


 フィルスがこちらを向いた。

 そんな事をすればフィルスに入れ知恵をしているのが俺だと認めるようなものだ。

 オロスフェイルはまずはフィルスと俺を切り離したいのだろう。


 これは『俺とオロスフェイル、どちらがフィルスにとって信用ならない相手か』を決める話し合いだ。


「それを言うならば、薬師ギルドの方こそ、なぜ子供達を拐うような真似をしたのですか?」


 今度はフィルスがオロスフェイルの方に敵意の篭った視線を向ける。


「はぁ、拐う、ですか。なぜそんな事を私たちが……」


 俺達に証拠が無いと踏んだオロスフェイルは惚けてみせる。

 反応する直前に、彼の表情が硬くなったのが見えた。どうやら驚いてはいるらしい。

 まあ、あれだけ白昼堂々と拐って仕舞えば正義に囚われた狂人との騒ぎの最中であっても、気付いた者が数人は居るだろう。


「……本当なのか。アレックス?」

「本当だよ」


 ただ、この札を切ったのは悪手だった。


「なら……何で先ず俺に教えなかったんだよ」

「アレックス様はどうやらフィルス様が信用ならなかったようですね」


 フィルスの不信をオロスフェイルがニィと楽しそうな表情で煽る。

 俺の正面に座るヴェルデは交渉が終わるまで興味は無いといった様子で壁の方を見ていた。


「フィルスが怖気付いて、相手の提案を受け入れるかもしれないと思っていたからだよ。君は怖がりだからね」

「お前……は?……何だそれ……」


 最後の一言で、彼はキレた。

 机を強く叩いて立ち上がると、俺の方を向いた。


「なんだそれっ!じゃあ、俺が居る意味は何だよ!!俺だけ何も教えられずに、お前が言うとおりやって!!それで黙っていろってことか!?馬鹿にすんなよ。何のために俺はブルートを裏切ったんだよ。お前にばっか都合が良いじゃないかよぉ!俺は、俺は、何で……」


 溢れる言葉を押し留めることはできなかった。

 オロスフェイルは微笑ましいものを見るようにこちらを見ているし、彼の背後に俺が居ることも明かしてしまった。


「俺じゃなくても、良かったのかよ……」


 彼は最後にそう言って俯いた。


「……なるほど、なるほど」


 オロスフェイルは両手を組んで、ニッコリと笑う。

 彼の隣ではヴェルデが頬杖を着いて俺のことを見つめている。


「どうやら、アレックス様はフィルス様とは違った育ちの方に見える」

「そうでしょうか?個性の範囲では?」


「個性、そうかも……知れませんねぇ。しかし、この街で竜人の孤児は今まで見た事がありません」

「竜人は子供を捨てると言いますから、それほど珍しくは無いでしょう」


「えぇ、そんな風習はありますね。……どうですか、ヴェルデ」

「子供を捨てることはある……だが、それは腕が足りないか足が足りないか……余程の欠陥がある場合だけだ。そうでないなら、何処かから連れ去ったかしか考えられんな」

「……彼女は片耳が聞こえないんですよ」


 ヴェルデは腕を組んだまま、オロスフェイルの言葉に答えた。

 俺は苦しい言い訳をする。


 オロスフェイルは、確信と共に言い放った。



、貴方達は——」





「——ミグレイ・ブレイド暗殺の犯人なのですね」




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