第101話『結構硬い』

「なる……ほど」


 取引が終わってすぐ、エンからの報告を聞いた俺は重々しく頷いた。


 交渉の最中に相手がエンを攻撃しようとして、そこに現れた剣士らしき男がその二人を殴り殺し、どこかへと去っていったという内容はあまりにも納得しがたい部分が多く、言葉とは裏腹に理解は追い付いていなかった。


 とりあえずブルートの組織とは敵対することになるだろう。

 それは構わない。むしろそうなるように、ブルートの組織から子供を引き抜いて、徐々に彼らの利益を下げていった。


 場に不確定要素が紛れ込んだことが気になる。


 エンの予想によると動きからして、かなりの実力者だったようだ。


 会話の内容からその人物が『正義』を信奉しているようであったが、振る舞いはどう考えても狂人だ。

 剣士なのに剣を使わないところであったり、気術を使えるのに気を纏わずに殴り付けていたことであったり、節々におかしな点が見えた。


「だけど……当分は放置かな」


 以外なことに正義の代弁者とやらは知名度がある存在らしい。

 普段は聖剣機関の区域に居るのも関わり合いになりたくない要因だ。


 幸いこちらは弱者側なので、彼に攻撃される理由は無いだろう。


「分かった……今度からはエルドリックとだけ取引をすれば良いよ」

「じゃあ、仲介は辞めるの?」


 エンは少し安堵した様子で言った。余程彼らと会話をするのが面倒だったらしい。子供を道具にする組織がどのような態度でエンに接したのかは大体想像が付く。


「うん、そうだね。新しく蟲の死骸もやりとりするようになったし、俺達との取引を切ることは出来なくなったんじゃないかな」


 彼の手記には新たな研究材料を欲する旨が記されていた。

 そこでエンを通して、蟲の死骸が提供できる事を彼に伝えれば、彼は喜んでそれを買い取る事を申し出た。

 もしも、俺達がブルートと違う組織である事を知っても彼はより良い取引が出来る俺達を選ぶだろうことは確信していた。


 彼らの敗因は怠惰であったことだ。

 ならず者の世界でも怠惰な者が勤勉な者に駆逐されるのは世の常のようだ。


「だから……彼らは取り除く」


 仲間が居なくなった事を悟られるより先に、俺は仕掛ける事を決めた。




◆◆◆◆




 彼らの居場所は既に知っている。

 表向きはただの廃屋だが、中身はある程度整備された眼下の建物が彼らの拠点だ。


 気配を探れば、10人が拠点の中に居るのが分かった。

 彼らの結束は薄く、大抵は外で寝泊りしているため、普段はもっと少ない。


 入り口からすぐの部屋には、見張りを兼ねて賭け事に夢中になっている男達が4人たむろしている。

 そして、地下には5人。

 これは地下から蟲が上がってきた時に対応するために居るようだ。

 しかし、どうやらこちらもテーブルらしきものを囲んで酒でも飲んでいるようだった。


 上の階には一人、これはブルートだろう。


 入り口はまるで警戒していないかのように、扉が存在しなかった。

 あまりにも無用心である。


 俺はゆっくりとその場に踏み入った。


「誰だ……?もしかして蛭か。面倒臭ぇからまた明日に来いや」


 俺から向かい側の椅子に座っていた男が俺を見咎めて、追い払うように手を振る。


「すみません、どうしてもお腹が空いて」


 鬱陶しそうに俺を見た男達が顔を見合わせる。

 そうして、俺に近い側の椅子に座っていた男が立ち上がり、体格の差を見せ付けるように大きく体を振って俺の前まで歩み寄る。


 男からは濃い酒の匂いがした。


「帰れって言ってんのがぁ、ワカンねぇかよぉ!!」


 蹴飛ばそうと足を振り上げる。

 その瞬間、俺は彼の膝裏に回したワイヤーを引っぱり、彼を背後に転がす。

 

「っおご」


 後頭部を綺麗に打ち付けた男はそのまま気絶した。


「ギャハハハハハ!!」

「めちゃくちゃ綺麗に転んでるじゃねぇかよぉ!」

「ダッセェ!」


 俺がワイヤーを引く動きは男の背中が影になって見えなかったようで、彼らからは自分でバランスを崩して転けたと思ったようだ。

 そして、仲間が気絶している様子を指差して下品に笑う。


 一通り笑った男は、酒のつまみにしていた木の実を一粒弾いて、俺の前の地面に飛ばした。


「ギャハハハ……はぁ、面白いモン見たから、それやるよ」

「……」


 転がった木の実を無視して、地面を蹴る。

 フワリと浮き上がった体が、彼らの座るテーブルの中央へと着地した。

 その時の揺れで、酒が倒れる。


 彼らは予想外の動きをした俺に対して、一瞬面食らったようにその場で目を見開いて停止する。

 そして、酒が一滴膝に落ちた瞬間、魔法が解けたように表情を怒りで染めて立ち上がろうとする。


「テ」


 同時に手品のように袖口から取り出した二本のナイフで彼らの喉を掻き切った。


「はヒュ」


 空気の擦れる音と血で泡の立つ音が喉から溢れ、そして力を失ってように椅子に倒れ込む。


「……っと」


 俺は背もたれを抑えて、椅子が倒れるのを止めると、椅子を深く押し込んで、その死体を机と椅子の間で固定する。


 出来るだけ音が出ないように仕留めたが、それでも耳が良い種族の者が居たようで、ここの様子を確かめるために、地下から誰かが上がってくる音が聞こえた。


 俺は音を殺して地下からの階段に続くドアの上に張り付く。


「なんか、変な音が聞こ……」


 半開きだったドアが開いた瞬間、尻尾だけを天井に張り付けたまま体を下ろすと、彼の口元を掌で覆い、首を切り裂いた。

 かなり深く刃が入ったお陰で、神経を傷つけたのか、大きく体を跳ねさせてから動きを止める。

 ゆっくりとその体を地面に下ろした。


 彼は獣人種の血が濃いようで、狐のような立った耳が生えていた。

 狐はかなり耳が良い動物だと聞いたことがある。これで違和感に気付いたようだ。


 地下に続く扉はかなり重厚に作られている。

 俺はその内側に入ると、半開きだったドアをしっかりと閉じる。

 そうすると、外界から隔離されたかのように音が遮断された。


 蟲が出たときに戦闘の音が外に漏れないようにするための扉だろうが、今の俺にとっても都合が良い。


 足音が鳴らないように、ゆっくりと階段を下り、もう一つの扉を見つける。


 中には一人減って四人の気配があるのを確認すると、躊躇いなく扉を開いた。


「スライ……糞にしては早かったな、小便……か」


 下品な笑いと共に振り返った男の言葉尻が小さくなる。

 俺は彼らに背を向けて、扉を押し込んで閉じる。


 そしてロックを掛け、外から開けないようにする。


「お前、不潔フィルスと一緒に来た奴だろ……どこから出てきた?」


 犬か狼か分からない獣人種の男がこちらを指差した。

 確かにその顔には見覚えがある。俺の腹を殴り、ありがたい教訓をくれた男だ。


 俺は扉を引いて、鍵が作動しているのを確かめた後に、彼らの方へ振り返った。


「……」


 俺はゆっくりと歩いて、部屋の角へ向かう。

 彼らは警戒しているのか、それとも逆に侮っているのか、俺を止めようとはしない。


 しかし、俺がそこにあった槍に触れると、彼らの顔色が変わった。


「そのガキ、縛り上げろ!!」


 彼らは頭の中身が少ないだけあって行動に移すまでは早く、命令が出た瞬間に立ち上がると俺に向かって襲いかかる。


 長めの槍を手に持って石突きで真正面の男を転がす。

 そうして斜め前から迫る男を無視して、槍の半ばを持って弓のように大きく背後に引く。


「!?」


 次の瞬間には槍は俺の手元から投げ放たれ、テーブルの中央にあったランタンを貫いて、指示を出した男の胸元に突き刺さっていた。

 そのまま椅子ごと背後に倒れる男。


 同時に、部屋の光が消えた。


 その1秒後には、部屋の中で息をするものは俺一人となった。




◆◆◆◆




 最後の一人が居る部屋の扉を押し開く。

 火のない暖炉の前で、寛ぐように大口を開けて眠るブルートの姿があった。一人掛けのソファに背中を預ける姿勢は警戒心のかけらも感じられない。


 俺はワイヤーの両端を握ると、両手を交差して出来た輪の中に俯いた彼の首をゆっくりと入れる。


 そして、力を入れて交差した手を引く。

 勢いよくワイヤーが彼の喉元に食い込んだ。


「……っあ……が」


 椅子で寝ていたせいで眠りが浅かったのか、彼は直ぐに目覚めて喉元を引っ掻くが、細いワイヤーは深くまで食い込んで掴むことが出来ない。


 充血した眼球がグルリと裏返り、涙を流しながら口から泡を吹く。


「なんで……ご……ろ」


 あと数秒で意識が落ちる、という所で、彼の感情が純粋な怒りに染まったのが見えた。


 そうして、ブルートの体が強い熱気を放ちながら、大きく膨張する。

 明らかに尋常では無い変化が起きる。


「なっ」


 ブルートが体を勢いよく折り曲げて、首に食い込んだワイヤーに構わず俺を投げ飛ばす。

 宙でクルリとバランスを整え、机の上に着地すると、変貌したブルートの全身が視界に入った。


 明らかに正気を失った瞳。

 体温で蒸気が見えるほど熱気を纏った体。

 はち切れそうになるまで膨れ上がった筋肉。


「フシュウウウゥ」


 食いしばった歯の隙間から息が溢れる。


 鬼人族は元々筋力が強く、訓練をしなくとも、筋力を強化する【剛気】を纏うことができるのが種族の性質だと思っていた。

 しかし、それが全てでは無かったらしい。


 同じく鬼人族であるオグがこのような状態になるところは見たことが無かったため、俺の心の中は驚きで満たされていた。


 俺は石畳の床に降り立つ。

 ブルートが纏う気は、一回り以上に膨らみ、これ以上無い程に赤く染まっている。


 身に纏う気の量を倍増させ、筋力を上げる代わりに、怒りで理性が飛ぶ性質、といったところだろう。


「ガあアアアっっ!!!」


 赤い弾丸のようになったブルートが俺に突っ込んでくる。

 自分の怪我など構わないほどに頭に血が上っている。


 壁を壊せば、そのまま落下することも理解していないだろう。


 最後に地面に手を着いて四つん這いのような姿勢でタックルしてくる。


「……シィッ」


 俺はブルートの首にワイヤーを引っ掛ける。

 今度は首のところで結んで外れないようにした。


 そのまま、クルリと彼の背中の上を転がり、その背面に着地する。


 彼が壁に当たる直前でワイヤーを引っ張り、彼の上体が浮き上がる。


「……っ重い」


 俺は尻尾を地面に刺してアンカーのように使って体を固定して、掌でワイヤーを巻き取ると、肉体に纏う気を【剛気】に染め上げる。


 例え大人でも、純血の鬼人族であっても、訓練を受けていない者に、俺達が負ける道理は無い。


 力を込めれば、仙器化されたワイヤーが軋む音がした。


「グウォッ!?」


 驚きの声を上げるブルートを背中から地面に勢い良く叩きつける。

 

 倒れると同時に、締め上げたワイヤーを彼の腕や足へと巻き付けて固定し、立ち上がろうとすれば首が締まるようにした。


「……ぉ、グォ……ッ!?」


 ブルートは戸惑ったような声を上げながら立ち上がろうとするが、ワイヤーが食い込んで、腕や足から血が滲み出す。


 それでも構わずに暴れようとしていたが、突然ブルートの眼球が裏返り、その体から力が抜ける。


 ブルートが気絶するのを見届けた俺は小さく息を吐いた。


 彼の体に近づくと、突然にその体が萎んでいく。

 気絶すると元に戻るようだ。


 気術を使わずにあれだけの力が出せるのはかなりの脅威だ。

 おそらく、理性が飛ぶ以外にも内臓にダメージが残るといったデメリットがあるだろう。



 俺は完全に固定されたブルートを前にナイフを取り出した。


「……全身は無理だな……取り敢えずは心臓か」


 『切断強化』が施されたナイフで胸の中央に十字に線を入れる。

 皮膚を開いて、胸骨を開けば、その中で心臓が動いていることだろう。

 

 そうして何をやるかと問われれば、答えは一つ。


 洞穴の翁の真似事だ。


 俺は感謝の気持ちを込めて、手を合わせた。




「いただきます」




————————————————————

第101話『結構硬い』




 本編とは一切関係ありませんが、人肉は羊と牛の間のような味がするらしいです。

 成分などから味を再現した記事を見ましたが、味とかの話よりも、自分の太腿の肉を試料に使っているガッツに驚きました。

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