第75話『降臨祭』

 太陽が空の中央を通過したあたりから、続々と露天や出店が開かれる。

 この時間帯から交通規制のようなものが敷かれているらしい。なるほど、馬車で店を轢かれるかもしれないから、ルールを守っているのかと納得した。


 店では既に酒が遠慮なく提供され、人々のボルテージは際限なく上がっていく。加えて出店の中にはギャンブルのようなものを行なっているところもあった。サイコロを振る簡単なものならば、子供でも直ぐに参加できる。

 違法なのではと思ったが、賭けられる金額は固定で子供の菓子代とほぼ変わらない健全なものだった。


 ただ、そこに参加している子供の中には、祭りのための小遣いを全て失い、項垂れている者もいる。


 大抵の出店は飴や串に刺した肉を売っているところが多い。

 あとは、果実水ぐらいだ。



 露天商の中でも高級なものを扱っている商人などは、私兵を伴っていることもあった。


 そんな中を俺と竜人娘は練り歩いていた。

 その目的は、暇潰しだ。


 作戦の決行は夕方だ。

 そして、夕刻までは時間が余っている。

 俺たちに出来ることは待つだけだった。


 寮にいる二人には敢えて指示は出さなかった。この日は寮を出られるので、二人は怪しまれない程度に祭りを回ると言っていた。

 任務が完了した後の合流地点は知らせてあるので、合流出来ずに逸れるなんてことは起きないだろう。


 第一、こうも人が押し合い圧し合いしている状況では支部長を探すなんてことは不可能だった。

 屋根の上に登るのは流石に目立つだろうし、それに漠然とだが嫌な予感がする。

 当初の計画通り動く方がいいだろう。


 俺はスリの少年から受け継いだ硬貨を使って串肉を数本買う。祭りというイベントのせいで割高な料金を店主から要求された。

 子供相手でも容赦無く足元を見てくる。


 その内の一本を竜人娘が奪っていく。

 やはり、里の出身である俺達にとっては、綺麗な飾り付けよりも美味しい食べ物が一番の興味の対象だ。


「美味しい?」

「……もう一本寄越せ」


 真剣な表情のまま、その味を確かめるように肉を噛み締める彼女は、食べ終わっていないのにおかわりを要求してきた。


「はい」


 串を手渡して、俺も一本を食べる。

 これは……確かに一本で満足できる美味しさでは無い。

 足元を見られて値上げされたのだと思っていたが、どうやら祭りのためにさらに質を上げてきたようだ。

 薄利多売が主となる出店において、質を上げる方向にシフトする、かなりリスキーな策を採った店主に少し感心する。


 彼が店を出しているのは祭りの時だけでは無い。

 ならば一時の特需に任せて悪どく金を稼ぐよりは、特別感を演出して客の記憶に残り、評判を稼ぐ方が総合的な利益は増すと考えたのかもしれない。


 祭りが行われている区画はグルリと街の中を一周している。

 俺は、もう一周してきた時に先ほどの店をリピートすることを決めた。



 少し進むと、食事を提供する店が多かった区画から、装飾品や骨董品を多く提供する区画へと、変わって行く。

 そこでは、ノミと金槌を手に目の前で木像を削り出している者もいた。そこの前を通る時だけ、歩く速度が少し遅くなる。


 段々と通りを歩く人が多くなった。

 こっちの区画は高い物が売られていることもあって、大人が多い。


 彼らは時折こちらに微笑ましげな視線を向けてくる。

 どうやら俺達の関係性を誤解しているようだった。


 木細工が減ってきて、宝石を嵌めた装飾品の店が増えてくる。


 宝石にあまり興味の無い俺は、足早に通り過ぎようとして、尻尾が強く引かれてつんのめる。


 その先には、地面に広げられた宝石の前に佇んでいる竜人娘の姿があった。


「オリヴィア。流石に宝石を買うお金は無いよ」


「坊や、ウチは子供でも買えるモノしか置いていないから安心しな」


 オリヴィアに話しかけると、浅い椅子に座った店主の老婆から話しかけられる。

 よく見れば、この店は他と違って、地面に敷いた布の上に無防備に石をおいているし、石の方も良く見たら宝石でないモノも混じっている。


「触ってみな」


 店主は大きめの一つを俺の掌の上に置く。


「もしかして、ガラス、ですか」

「シーグラス、って言うんね。ガラスが長い時間を掛けて削られてできるんだよ。海で拾えるのさ」


 前世でも、浜辺に流れ着いたガラスは角が取れていて観賞品になると聞いたことがある。


「海?」

「……そうだねぇ。大きな湖だよ。ここからずぅっと西に行ったところにあるんさ」


「西……」


 この世界では地図は特に貴重な情報だ。

 現状では人伝に聞いて知るしかない。


「……お嬢ちゃんの方は、なかなか渋い好みだねぇ」


「……」


 彼女の持つ黒い石は、その先にある太陽の光を透過している。

 俺も見覚えがある


「黒曜石だねぇ。光に透かすと綺麗なんさ」

「コクヨウ」


 彼女は確かめるように呟くと、片目を閉じて宝石を俺に向かって翳す。


「おまえの瞳と、同じくろだ」


 黒曜石越しに、金色の瞳と視線が合う。

 彼女に見透かされている心地になって、視線を逸らした。


 彼女はしばらく俺に翳したまま、何かを考えていたが、小さく息を吐くと、黒曜石を布の上に戻した。


「買わないのかい?」

「いらない。直ぐに無くなる」


 彼女は小さく首を振った。

 その言葉は酷く無愛想だったが、店主の老婆は気にしていないようで人の良さそうな笑みを浮かべている。


「坊やはどうする?」

「……そのガラスの玉を幾つか下さい」


 これだけ冷やかして何も買わないというのは決まりが悪い。

 浮き玉のような球状のガラスを買い取った。

 卓球のボールと同じサイズのガラス玉は思ったよりも重かった。


「毎度ありがとうねぇ」


 老婆は嬉しそうに笑った。



 俺達は人の流れの中に戻った


「いる?」

「いらない」


 再び小さく首を振る。

 どうせ、里に戻る時に失われると思っているのだろう。


 俺はとりあえずポケットの中に仕舞って、彼女の隣に並んだ。


「……」


 彼女の視線が一瞬だけ俺に向いたが、直ぐに前を向く。


「コクヨウ」

「うん?」


「どうだ」

「うん?……あぁ、綺麗だったね」


 いつにも増して言葉が少なかったので、脳内で補完して答えた。

 竜人娘は整った眉を難しそうに歪めて、前を向いた。


「ちがう。……おまえの名だ。……わたしが呼ぶ、おまえの名だ」

「あぁ……そう……」


 なんと答えたら良いか分からず、覇気のない返事をしてしまった。


「コクヨウ」

「うん」


 鈴のように澄んだ声が確かめるように俺の名を読んだので、頷いておく。


「おまえもわたしを呼べ」

「……オリヴィア?」

「……ちがう」


 もしかするとと思っていたが、彼女に対して名前を付けろという意味らしい。

 どうやら、彼女は師範が考えた名前が気に入ってはいないようだ。


「うん……そうだね」


 俺は考え込むフリをしながら、アイデアを探すように露店の商品を眺める。

 その中にあった花の彫刻から前世のある花を思い出す。



「……蓮華レンゲ……とか、どうかな?」


「それで良い」


 特に逡巡は見られなかった。


 響きは気に入ってもらえたようだ。

 意味を聞かれたら泥の中で育つ植物の花だと答えなければならないところだったから、深く聞かれないで良かった。


「……」


 気付かれないように、隣を歩く彼女の横顔を盗み見る。

 当たり前だが、彼女は初めて見た時よりも成長している。


 以前のように、所構わず当たり散らすことは無いし、誰かを救うことを考えるようになった。

 身長も伸びて、顔立ちもまだ幼さは残っているが、横からこうして見ると大人びた印象を受ける。


 夕暮れの光に照らされると、彼女の姿はより幻想的な印象を与えるものに変わる。

 向けられる視線も、彼女個人に対して向けられる割合が多くなった。


「なんだ?コクヨウ」


 彼女は愛想の無い、憮然とした表情で問い掛けてくる。


 蓮は泥の中で育つが、その花は汚れが無く、それでいて美しいらしい。

 彼女に与えた名は、不思議としっくり来た。




◆◆◆◆




 夕方になり、露店が閉まり始める。

 俺達は、目的の場所へと歩いていく。


 露店が開かれた通りの外側。

 同じような形で並んでいる家の中の一つ。その前で俺達はそれが来るのを待っていた。


 空の半分が藍色に染まった頃、その人物は現れた。


「……何で、お前らがいるんだ?」

「……」


 アレックスは一人の人物を伴って帰って来た。

 その人物は苦虫を噛み潰したような表情を見せている。俺を騙し切れるとでも思っていたのだろうか。



「もう、帰って良いよ。

「な、んで、嘘を吐いたのか」


 鬼人族の少年、オグは呆然としたように呟いた。


「いや、嘘は吐いていない。ただ、言わなかっただけだよ……お前と同じように」


 オグが手に入れた情報の一つは『一週間に一回程度の頻度で支部長は自分の家で過ごす』というもの。

 なぜそんな情報を手に入れられたのか、俺は疑問に思った。

 先生ですら支部長の予定を把握していないようだった。


 ならば、どんな人物なら、そんな情報を得られるか。

 そして隠密がそれほど得意では無いオグが、話を聞くことのできる人物を考えれば、割と限られてくる。


 竜人娘レンゲから授業の様子を聞けばその人物は絞られる。

 極め付けはウェンからの情報。


「さあ、アレックス・を引き渡せ」


 聖剣機関の支部長、ミグレイ・ブレイドの息子を要求する。


「それは……できない」


 鬼人族の少年、オグは絞り出すようにそう言い放つと、一歩前に出て来た。

 その腰には一本の剣が差してあった。絆されたのか。


「裏切るのか?オグ」

「オレは怖かった、お前がっ、お前らが!……里の外を知らなければ、それでも耐えられた。……でももう無理だ、知ってしまったんだよ」


 オグは剣の柄を握りしめる。


「この気持ち……お前らには分からないだろ?どうせ、強いお前らには理解できない」


「ここの奴らは弱いだろ?オレもそう思った。でも、だからこそ優しいんだっ!守ろうとするんだっ!……そっちが良いって、そうなりたいってオレは思っちまったんだぁ!!!」


 全てを断ち切るように、そう言い放つと、腰の剣を抜き放った。




「だから、お前達とはここでさよならだ」




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第75話『降臨祭』




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コクヨウ、きっとあだ名はコーくんですね。

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