第74話『未来は未定』
街の中を浮かれた雰囲気が漂う。
迫る降臨祭に向けて飾りつけをしているらしい。
降臨祭の時には、女神を演じる者が乗る馬車が街の中をグルリと回るパレードが行われるらしい。
女神役には貴族の血筋にある歳若い女性が選ばれるそうだ。
祭自体はパレードの日も含めた三日に渡って行われるそうで、その時には出店の為に一部の道は封鎖される。もちろん祭りの間は聖剣機関での稽古も行われない。
寮に住んでいるオグやエンも街に出ることができる。
計画に参加させるか迷う。
俺たちが動く予定なのは祭りの初日、パレードの前日だ。
といっても実際に動くのはその夜だ。
浮かれた街人たちが騒ぎを起こすせいで、この日は警吏たちも忙しいはずだ。
もちろんそれを見越して普段よりも増員されているだろうが、夜に悲鳴が聞こえても様子を見にくる人の数はこの日が最も少ない。
◆◆◆◆
俺とエンが情報共有をしていると、見覚えのある気配が近付く。これは単純に通りかかったというよりも、何かを探しているような動きだった。
俺がエンに合図を送ると、彼女は背を向けて去っていく。
「……ルフレッドくん。ぁ、話してた……?」
「あー、ルフレッドくん。もしかして浮気?」
「ローラ!やめてってば!」
「ごめんごめん」
ローラの口から、二つに分かれた舌がチロと出てくる。
「同じAクラスの子に偶々会ったから話してみたんだよ。『灯牙』の動きが難しくてね……」
「そっか……そっか」
俺の言葉を確かめるように呟くノーラ。
ローラが、俺への用事を切り出す。
「……ルフレッドくんはさ、祭りの時時間ある?」
「昼なら大丈夫だよ」
「だってよ、ノーラ」
その返答にローラは肘でノーラの脇腹を突く。
「じゃ、じゃあ、一緒にパレード!……行きたい、です」
ノーラは緊張から思わず大きな声が出るが、その後は尻すぼみになっていく。
俺は、任務の決行が1日目であることを思い出した。
「……良いよ。行っても」
「あ、りがとう」
「よかったね!ノーラ!」
「……うん」
感極まったような表情を見せるノーラ。そこまで喜んでもらえると、こちらも嬉しい。
「ローラは来ないんだ?」
「わたしはお邪魔だからね〜」
こちらを見て揶揄うように笑ったローラ。
しかし彼女の感情からはそうとは思えなかった。
「本当は一緒にパレードが見たいんだよね?」
「ちが、違うよ。なに言ってるの!」
極めて心外だというような態度を見せるが、その声は端からわかるくらいに上ずって
「俺は目が良いから分かるんだよ。初めての祭りなんだから、いっぱい楽しみたいんだよ。ノーラはどう?」
俺はノーラへと水を向けた。
彼女がローラに対して罪悪感を感じていたからだ。
「……うん、ごめん、ローラ。わたしもローラと一緒が、良いよ」
「ノーラ……。良いの?」
ローラは期待するような、それでいて不安に満ちた声色で彼女に尋ねる。
「……そっちの方が、いいよ」
「……ッ、分かった!それじゃあ一緒にいっぱいかわいい服着てルフレッドくんを驚かせようね!」
「……一着で、良いよぉ」
ぎゅう、とキツく抱きしめたローラが笑顔でそう言った。
どうせその約束が果たされることは無いのだ。二人が円満に終わる方が記憶には残らないだろう。
◆◆◆◆
「アンタが知りたがってた奴のこと、調べ終わったわよ」
「……随分早いね」
「ここを使ったのよ!」
ウェンは自身の耳を指差す。
彼女は数日前に頼んだ仕事を既に終わらせていた。
身辺調査にしてはかなり早かった。
俺としては、降臨祭の直前に不完全でも情報を得られれば十分だった。
彼女が言っているのは風精族としての性質だろう。
その耳には空気の動きを感じ取る能力がある。
そして、もちろんその対象には音も入る。
単純に耳が良いのとは異なるようで、通常ならば遮蔽物で遮られる音も近距離ならば拾えるらしい。
人のプライベートを盗み聞きするのにこれほど適した能力は無い。
その餌食となっていた竜人娘は幸いなことに今はこの場にいない。
彼女は一枚の地図を渡してくる。
地図の中に、赤い印がなされていた。
「そこが、アレックスの家よ。聞いたところだと貴族でも無いし有名な商人の子供でも無い、この街で生まれた普通の子供よ。ここ最近だと、朝早くに家を出て、夕方に帰ってくる生活を続けているみたいよ」
ウェンに頼んだのはアレックスについての情報を集めさせることだった。もしかすると貴族かもしれないと思っていたが、貴族が一々通って稽古をする訳が無かった。
「気付かれて無いよね?」
「配達のついでに聞き耳を立てたぐらいだから、気付かれるはずないわよ!」
丁稚の仕事の合間に任務をこなしてくれた訳か。隙間時間でこなしているとは思っていなかった。
彼女の才能は戦闘よりも諜報に活かした方がいくらか建設的だ。
こういった分野においては、俺も彼女には敵わないだろう。
「……そういえば、フウロはいつもここに居るけれど、商会長は何処にいるのかな?」
「……屋敷よ」
答えづらそうな態度から商会長が屋敷で何をしているか、何となく想像がついた。
「でも商会の仕事だと、顔を出すものがありそうだけどね」
「……そういうのは、全部秘書の人に任せているから」
彼の側に控えて居た女のことだろう。
まあ、相手からしても脂ぎった男では無く、若い女が来る方が楽ではあるのか。まあ、大抵は最高責任者が顔を出さないなんて舐められている、と受け取ることが殆どだろうが……。
「ありがとう、これで、任務の成功確率が増えた。助かったよ」
「アンタに言われても嬉しく無い!……でも、成功させなさいよ」
「分かってる、成功させるよ。俺は失敗しないよ、絶対に」
暗殺なんていう任務だ。失敗すれば死ぬのだから、この程度のビッグマウスは許されるだろう。
「あっそ」
彼女は心底どうでも良さそうに言った。
◆◆◆◆
同じ時刻、452期の師範を務める蛇人族の男、
彼の目的は任務の不確定要素を探すことだった。
バックアップを任されている彼は、もし不測の自体が起こった時に直ぐに事態を収拾できるように子供たちの立てた策と、その周囲の環境を探るように努めていた。
どうやら子供達は、降臨祭の日に実行に移るようだった。
彼が任務に臨むとしてもおそらく人の増えるその時期を狙うだろう。
しかし、その中でも最も混んでいるパレードの日ではなく、その前日を選んだのは、外的な理由だろう。
商会長の顔を思い浮かべる。
あれは俗物だ。彼の導きを得ていないにも関わらず、上層部との血縁があるという理由で、使徒を利用して商売敵を潰し、自身の権益を拡大してきた。
その利益が組織に還元されるならば、なにも思うことは無かっただろう。しかし、それを自身の獣欲を解消するためだけに使っていることには、あまり良い感情は持てそうに無かった。
行き交う人々は彼に目を向けることは無い。
気の抑制によって、彼の存在感は地面に落ちている石と同等にまで下がっているからだ。
彼が出歩いている理由は『里外任務』のバックアップのための他にも、もう一つ理由がある。
トス
すれ違った通行人の一人に針を刺した。
「……」
通行人は神経の隙間を通った針の存在に気付かなかった。
そして数秒後には、刺さった針は砂のように崩れ落ちる。
これでは何の影響も与えないように思われるが、針の表面に塗られた猛毒は既に体内に流れ込んでいる。
十数分後には呼吸困難の後に死に至る。
こうして彼個人に任された任務を熟していた。
幸いにも対象は大して影響力のある人物では無いのか、殺すのに苦労はしていなかった。
子供たちに任せる任務はこちらの方が良かったに違い無い。
しかし、彼の見立てでは今回のチームならば、今回の難易度の任務でも十分達成できると判断した。
吹っかけられた無理難題をクリアすれば、良い加減上層部の人族至上主義者たちを黙らせる事もできる。
「よし」
帰り際に果物を一つ買った。
任務の成功を祝う、自分への褒美だった。
歯ごたえのある食感の後に、果肉の隙間から溢れる甘い果汁が喉を潤した。
「どうしようかな」
美味しかったので土産にもう2つ買うか悩んでいると、背後を一人の人族が通り過ぎた。
二本の剣を両方の腰に差した、赤い髪の男。
それだけならばただの剣士というだけだが、彼の纏う気は凄まじい密度だった。
そんな彼が有り余る気を隠そうともせず、周囲を刺し貫くような威圧を振り撒きながら歩いていた。
心なしか通行人も圧倒されて、彼のために道を開けている。
「……ッ」
反射的に励起しようとした気を押さえつける。
ライダが男の背中を横目で観察していると、男の足が止まる。
「……?」
男が振り返った先には、ライダの姿は無くなっていた。
男は少し首を傾けてから前を向き直した。
男の意識が自身から外れたのを確認して、ライダは建物の影で息を吐いた。
彼は今回の里外任務の失敗を悟った。
「こんな時期に、剣聖まで出てくるなんて。本当に運が悪いね」
ライダは心底楽しそうに言った。
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第74話『未来は未定』
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