第69話『伝家の宝刀』

「まず、聖剣流には決まった構えは無い」


 次の日、初伝Aクラスで、俺達は稽古を受けていた。

 Aクラスの先生は少し無愛想な雰囲気の犬人族の男だった。


「他の剣術には存在するようだが、聖剣流では前に構えても後ろに構えても上に構えても、はたまた構えないことも自由だ」


 構えが存在する方が、技の継承は簡単なように見えるが、おそらく種族ごとの差が大きいために、統一しすぎると逆に窮屈になり過ぎて普及しなかったのかも知れない。


「代わりに、剣技、それだけを継承するのが聖剣流だ」


 子供達はこの辺りの講釈は何度も聞いているようで、欠伸をする子供も居た。

 先生は欠伸をした少年にチラリと目を向けると、苦笑して講義を切り上げた。


「……聞くよりも、見る方が簡単だな」


 先生は木剣ではなく本物の鉄の剣を持ち出した。


 そうして、手の感覚を慣らすように体の周囲で剣を躍らせる。

 その滑らかな動きだけで、彼が優れた剣士であることが伝わってくる。


 俺は彼の動きを焼き付けるように集中を高める。


 彼は慣らし運転を終えると、ゆっくりと剣先で8を横に倒した軌道を描いて見せる。


「まだ、これだと普通の連撃だ。これを少し早くする」


 ヒュン、という風切り音が僅かに重なって聞こえる。

 剣の描く軌道も、大きく描いた8の字だったものが少し潰れて横一直線を往復しているように見える。


 段々と、連撃の間の時間が消えていく。


「さらに、早くすれば」


 最終的に慣性を無視したような加速で、剣が往復した。


「これが剣技【灯牙】となる」


 おそらく、この急制動にある程度の筋力が要求されるという事だろう。


「そして、君たちが習得を目指す剣技だ」


 周囲を見ると、やはり剣士を目指す者だけあって、少年も少女も彼の剣技に目を輝かせていた。




 ◆◆◆◆




 習得、難しくは無い。

 それが【灯牙】の剣技について教わった感想だ。

 そう思えたのは先生の指導が親切だったのが理由だ。


 里ではコンジが一回か二回目の前で見せた後、一言、


『やれ』


 で指導は終わりだ。

 お陰で技術を盗む能力は鍛えられたし、親切に指導しないのも骨子の部分を見取る訓練なのだろう。

 コンジの性格を掴みきれていないが、効率主義的な面があるので、この推測は間違っていないと思う。


「そういえば、前に来てた金髪の子。名前は分かった?」


 俺とエンと竜人娘は、修練場へ降りる広い階段のような場所で話していた。修練場はすり鉢状のようになっていて、周囲が階段となっている。もしかすると、ここではなんらかの催しが開かれることもあるかも知れない。……例えば剣闘大会とか。


「アスラに聞いたわ。アレックス、というらしいわ」

「アレックス、ね」

「……」


 既に情報共有は終えているので、話す事は無い。

 竜人娘も何やら考えているようだったが、ここで話すつもりは無いようだ。

 やがて、修練状が騒がしくなって来た。


「……来たね、アレックスくん」


 俺とエンは、体をスライドさせて、竜人娘の体を隠す。

 アレックスは修練場の俺達から対角の入り口から入ってくると、子供達に何かを捲し立てている。


 俺達は揃って耳を済ませた。


「——ノーラを出せ!!」


 すると、Aクラスの子供達は途端に壁を作り、ノーラの姿を隠した。

 その行動を見て、アレックスはそちらに竜人娘がいると思ったのだろう。


「退け。用があるのはノーラだけだ!」


 人だかりを押し退けようとして、彼は逆に突き飛ばされた。

 人数にして10倍以上の差がある。


「このっ、どけ、退けよ!」


 グイ、と彼女を覆い隠す一人を引きずり倒した。

 しかし、その少年はアレックスの足を掴んで離さない。

 大した根性だと感嘆する。


「怪我しても知らないからな!」


 そう言ってアレックス少年は新しい木剣を掴んで、少年の頭を軽く叩いた。もちろん、軽くとも硬い木剣で頭を叩かれるのはかなり痛い。

 少年は頭を抑えて、アレックスを拘束していた手を離してしまった。


 しかし、Aクラスの子供たちも木製とは言え武器を取り出したアレックスに対して、義憤を募らせた。

 そうして、全員が木剣を握る。


 そこからは乱闘が始まった。

 アレックス少年は必死に鍛えているだけあって、大した立ち回りだった。気術も使っているようで、数人を吹き飛ばして見せる。

 しかし、相手を怪我させないように叩く時には加減をしているようで、時折動きが鈍い。


 そして、騒ぎを察したAクラスの子供が加勢して、アレックス少年を背後から叩いた。


 よろめいた彼から木剣が奪われて、その後は蹲る彼がひたすら殴られていた。

 先生が騒ぎに気付いて止めに来る頃には、彼は気絶してしまっていた。



「……どうしたの?」


 立ち上がった俺にエンが尋ねて来る。


「多分、俺も事情を聞かれそうだから、行っておこうと思って」


 アレックス少年が気絶したので、竜人娘を隠す必要も無くなった。




 ◆◆◆◆




「それで、ルフレッドがノーラを守るように言ったんだな?」


 暴力を生業にしている者達は、暴力沙汰に寛容だと思っていたのは、誤算だったらしい。

 先生たちは乱闘騒ぎを収めるだけでは満足せず、その原因を追求した。


「おかしいな、アレックスは竜人族のノーラを探していた、と言っているが、ノーラは蛇人族だ。アレックスはノーラという名前をお前から聞いたと言っている……お前、嘘を吐いているな?」


 結果、俺がノーラ達にアレックスが危険人物である、という嘘を俺が吹き込んで扇動したのではないかと疑われた。


 明らかに理不尽だった。

 咎められるべきは、暴力沙汰を起こしたアレックスとAクラスの子供達だろう。


「俺じゃなくて、金髪の子が……」

「ルフレッド君、本当の事を言ってください」


 Cクラスの先生が諭すように言った。

 彼女は味方のフリをした敵だ。寛容なフリをして俺以外の原因を考えようともしない。

 なんだかんだで、俺が罪を認めれば全てが丸く収まると思っている。


 彼女は哀れむように言った。


「気持ちは分かるよ。お母さんがいなくて寂しかったんだよね?」

「……」


 残りの二人の先生も、そうだったのか、という表情を浮かべている。

 この状況で家族構成の情報を持ち出してきたことに気持ち悪さを覚える。前世では殺人鬼に対して、その動機に幼少の家庭環境が荒れていたことなどをツラツラと分析するドラマがあったが、される側としてはあまりいい気はしないと理解した。


 なぜ今回の件で俺が最後に呼び出されたのか、想像が付いた。

 こういった偏見は前世でもよく見られた。


 問題なのはその偏見から導き出された結論が、全くもって正解だったことだろう。


「ご」


 こちらとしても、使用を躊躇っていた伝家の宝刀を切り出すしか無い。



「ごべん”なざい”〜〜!!!」


 我ながら情けなさ過ぎるが、泣き落としで有耶無耶にする。


「金”髪”の子が〜”〜”〜!!オ”リ”ヴィア”のごどおぞう”っでいっでだがら”〜〜〜!!!だずげない”どとおぼっでえ”え”!!ぞう”ずるじがな”がっだんでず!ア”レ”ック”ス”に〜〜!おどされでえええ!まもりだがっだんでずうう!!!」


 出来るだけ大声でアレックスの責任である事を喧伝する。

 竜人娘に倣って、喉を躰篭化したお陰でかなり声が通る。


 彼らは酷く面倒なものを見る目を向けて来た。


 どうやら、俺を問い詰める先生たちの感情に焦りがあったのを見るに、早く解決したいという意図があるのだろう。

 そういう時は大抵、大事になるのを恐れているために、早く終わらせたいという理由だったりする。


 そして、俺の責任にしようとするなら、こちらは出来るだけこの件を大事にするつもりだった。


「あぁ、泣かないでね」


 Cクラスの先生が俺を宥めようと伸ばした手をドサクサに紛れて跳ね除けると、椅子から立ち上がり、扉の方へと歩いていく。


「う”わ”〜〜〜ん!!ア”レ”ック”ス”がお”どじだんだ〜”〜”!!!」


「……分かった!!怒らないから泣くな!!!」


 これまで黙っていたBクラスの先生が大きく宣言した。


「……ほんど、ですか?」


 俺は確かめるようにAクラスとCクラスの先生に目を向ける。

 二人は溜息を吐くと、小さく頷いた。


「でも、ルフレッドの親御さんには説明するからな」

「はい、分かりました」


 俺は涙を引っ込めて頷いた。

 先生たちは何とも言えない表情を見せる。




 その後、聖剣機関へと現れた師範が先生たちに平謝りする。


「息子はそんなことをしてしまったんですね。先生方にご迷惑をかけて申し訳ない……」

「いえ、この程度は指導者としての責務です。それよりも息子さんから目を離さないようにしてください……」


「……ええ、もちろんです。十分に言い聞かせておきます」

「お願いします。子供同士のことですから、今回は大事にしません」


「ご配慮ありがとうございます」


 今回は泣き落としで有耶無耶にしたが、気分的には痛み分けといったところだ。少し油断していたのかも知れない、と自省する。


 俺と師範は先生たちにペコリと頭を下げると、応接室から出て行った。


 俺と師範は手を繋いで家路を歩いて行った。


「……随分と、面白いことをしたようだね」

「ごめんなさい、父さん」


 失敗を責められていると思い、謝罪を返すが、師範は咎めるつもりは無いようで、口元だけで笑った。


「まだ、ルフレッドは街での生活に慣れていないようだからね。何度も失敗して良いんだ。だけど……」


 朗らかな声色は途中で淡白で低いトーンに変わった。


「……次はもっと上手にやるんだよ」

「はい……父さん」




 ◆◆◆◆




 夜、眠りに就こうとしていた時に、ドアを開く音がした。

 目を開くと、見覚えのある影があった。


「ヘビモドキ」


 俺が横になっているベッドに腰を下ろした竜人娘が、いつものような表情で俺のことを呼んだ。


「脱皮?」

「ちがう」


 脱皮には半年近く早い。まだその時期では無いが念のために尋ねた。やはり違ったか。


「おまえの泣き声、外から聞こえるくらいだった」


 表情は見えなかったが、俺を揶揄うような声色だった。


「まさか、追及されるとは思わなかったからな」


 エンが絡まれた相手を治療院送りにした事件があったから、そこまで深く調べることはないだろうとタカを括っていたのだ。


 言い訳をしている俺を見て、もう一度俺の無様な泣き声を思い出したのか、口元を手で隠した。


「オリヴィアだったら、どう対処する。あの金髪の、アレックスに」

「……なにもしない」


 そして、向かってきたら叩き潰すのだろう。

 それが一番手っ取り早いな。


「……それは強い奴のやり方じゃないか?」

「おまえのは、弱い奴のやり方だ。でも、あいつよりおまえは強い」


 自分が手を下さないで済む手段に拘りすぎていたということか。

 潜入なので、力を見せ過ぎるのは目立つだろうと思っていたが、子供が老獪な策を見せるのもそれはそれで目立つことを忘れていた。


「確かに、そこは反省するべきだな……」

「……」


 寝返りを打って、ベッドに腰掛ける竜人娘の方を向くと、彼女は俺に背を向けて、壁の方を真っ直ぐに見ていた。


「……」

「……」


 そのまま、二人は沈黙する。

 夜も更けている時間帯なので、俺は段々と瞼が重くなってきていた。

 話は途切れたのにもかかわらず、彼女は自室へ帰ろうとはしない。俺はなんとなく、彼女の本題が他にあることを察した。


「……昼間考え込んでいたのは、ウェンのことか?」

「……」


 この黙り方は肯定だな。

 

 彼女も聖剣機関で俺と別行動している時に、クラスの子供達によって色々な情報に触れたのだろう。

 そして、ウェンがどのような目に遭ったのか、察したのかもしれない。


「俺は、何もしない」

「……しっている」


 商会長単体であれば殺せないことは無いだろう。

 しかし、殺した後はどうする。


 潜入の手配をするとなれば、里にとっても重要な人材だろう。

 対してこちらは代えが効く駒だ。

 俺には命を賭してまで、ウェンを守り抜く気は無い。



 竜人娘の心根は、誇り高い在り方を望んでいる。

 以前にバンダナの訓練で妹派閥の者達と手を組んだことがあったが、一時的な利害関係であっても、彼女は一度関係を結んだ者を見捨てることはしたくないのかも知れない。


 竜人娘はベッドに手をつくと、こちらを振り返った。

 その瞳にはいつになく真剣な光が宿っている。


「わたしが、本気を出してやる。……だから、わかるな?」


 彼女が支部長を殺すから、俺は早く依頼を終わらせるように取り計らえ、と言いたいのだろう。


 早く終われば、その分だけウェンの苦しみは遠ざけられる。

 そういうことだ。




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第69話『伝家の宝刀』



ファンタジー史上最も情けない切り札を持つ主人公……。

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