第67話『悪事千里を走る』

「——という感じみたい」

「そっか。思ったよりも情報が集まったね?一人で集めた?」


 再び人のいない場所でエンから情報を受け取る。

 竜人娘には周囲を警戒して貰っている。もちろん情報は後で彼女とも共有するつもりだ。


「人に聞いたのよ」

「ふぅん」


 完全に距離を置かれているあの状況から、会話ができる味方を見つけたのか。かなり強引な方法を使ったに違いない。


 エンから得られた情報はその多くが支部長の人物像に関するものがほとんどだ。

 

 まず、支部長は女性であるということ。

 そして、その年齢は三十を過ぎたあたりである、ということ。この世界でも長の付く役職を名乗るにはかなり若いものらしい。

 

 最後に支部長は凄腕の剣士である、ということ。


 この一点が、彼女が支部長ということに文句が出てこない理由だ。


 その就任が数年前であることから彼女が支部長となったのは二十代後半の頃だろう。

 剣士としては丁度全盛の頃であることを考えると、彼女は重大な傷を負って現役を退いたのかもしれない。


「アスラからは?」

「どうやら、支部長の行動パターンを探っているみたいね。大体七日に一度は聖剣機関の外にある家で休んでいるそうよ」


「大体、ということはタイミングは不規則?」

「そのようね」


 エンの回答は曖昧なものだった。

 肝心のオグが居らず、伝言ゲームのような状態にヤキモキしてしまう。


 柱の影から、竜人娘がひょこりと顔を出す。

 彼女は現在、索敵のために纏う気を最小限に抑えていた。外に漏れている量は、町の市民と変わらない程度だ。

 同時に気の感知範囲に誰かが入り込んだ。


 話題を変えるべきだろう。


「ティナは寮の方で友達はいるの?」


 小学校入りたての子供に聞くような質問だ。


「?……一人だけど、居るわ。あなたは友達できたの」

「話をするだけなら何人かいるけど、一番話してるのは君かな」


「そう、じゃあ一人もいないことになるわね」

「……」


 一瞬怪訝な表情を向けたが、直ぐに気を察知してこちらの話題に乗ってくれた。相変わらず攻撃的な言葉を無意識に飛ばしてくる。


「……そう言えば、寮って外に出られるの?」

「どうだったかしら。……寮母さんに言ったら出られる、と思う。……ごめんなさい。よく分かっていないの」


 察知した気配の人物が、廊下を通った。


 綺麗な色の金髪の少年だ。年齢は俺達と同じか少し上くらい。

 腰に木剣を持ち、その首元は汗が玉となっている。

 どうやら訓練終わりらしい。


 彼は冷たい瞳でこちらを見ると、鼻で笑った。


「馴れ合いかよ。バカバカしい」


 そう吐き捨てると、中庭の噴水に近づいて掬い取った水で顔を洗う。


「友達、だって?ここは剣術を鍛える場所だ。やる気が無いなら帰れ」


 手拭いで水を拭き取りながら溢した。

 それが言葉だけのものなら、彼のことを調子に乗った少年の戯言だと流しただろう。


「……」


 少し視線を下ろす。

 彼の佩びる木剣の柄、そこに滑り止めに巻かれた布が血で染まっていた。掌のマメは何度も出来上がっては潰れてを繰り返し、元がどのような状態だったか分からない位に硬い。


 俺達の掌も硬くはあるが、気の使用を前提とした闘いが多いため、マメができる事自体が少ない。

 つまりマメができるという事は気を纏わずに訓練をしたのだろう。


 しかし彼の肉体が纏っている気を見るに、気を操る技術は有るようだ。


 少なくとも、初伝Aクラスの中には居なかった。


「そっか、邪魔してごめんね」


 そして素直に謝れば、少年は緑色の瞳をジロリとこちらに向けてくる。

 そうして、少年が俺の目の前まで歩いてくる。


「仲良しこよしでやる気も無い。自分より強い奴には、ヘラヘラしてすぐに謝る。お前みたいな芯の無い奴らが、俺は一番嫌いなんだよ」


 背後の竜人娘が纏う気配が不自然に静まったのが分かった。


「……なら、黙って剣を振っていろ」

「何だと?」


「オリヴィア」


 止められない、と分かりながら祈るような気持ちで彼女を制止する。しかし、声を掛ける程度で彼女が止まる筈も無い。


「おまえ程度に、他人を気にしている余裕があるのか?」


 彼女は少年よりも遥かに高い位置から語る。


 もちろんその言葉は少年の神経を逆撫した。


「お前、もしかして俺より強いつもりかよ……ッ」


 少年が抜き放とうとした木剣の柄を、竜人娘が上からそっと抑える。

 一瞬だけ気を纏ってから【瞬歩】で距離を詰めたのだ。


 少年は気を纏いながら、力任せに木剣を抜こうとする。

 しかし、竜人娘の掌もあの見た目でかなりの力が篭っているようで木剣はびくともしない。


 竜人娘はその身に秘める気の一部を纏って見せた。


「わたしが、おまえより強いか……か?」

「……ッ」


 竜人娘は抑えた柄の一部を握り潰した。

 少年が目を見開いた。


「強い、おまえより」


 そのまま掌を開いて木屑となった柄を見せつけると、少年の隣を通り過ぎて行った。


「は……ぁ」


 数秒の間、硬直したように半分になった柄を強く握りしめていた少年だが、息を吐いて、臨戦態勢を解いた。

 その後に安堵の表情を浮かべるが、安心してしまった自分自身を悔いるように口元を歪めて、こちらを向いた。



「ッ……そこのお前。さっきの女の名前を言え」

「ノーラだよ」


 俺はAクラスに居た蛇人族の少女の名前を挙げた。俺は勤勉な人間なので既に数人の名前を覚えているのだ。


 素知らぬ顔で嘘を吐いた俺を、エンがじっとこちらを見ている。

 そんな目を向けないでほしい。悪いのは俺にこんな手段を取らせる竜人娘と目の前の少年なのだから。少しは労って欲しい。


「ノーラ……そうか、ノーラ」


 他人に目を向けてこなかった少年はその名前がAクラスに以前からいる少女の物であると気付かずに、反芻して記憶に刻んでいた。


「ノーラか、覚えていろよ。いつか絶対に目にものを見せてやるよ」



 少年が去っていく後ろ姿を俺達は見送った。


「私は手伝わないわよ」


 エンが感情を隠さずに半目でこちらを睨んでいた。


「ティナはあの子供、見たことある?」

「無いわ」


「俺も、CクラスでもBクラスでも見たことが無いね。多分アスラと同じ所に居ると思う」

「……私もそう思う」


 それは彼の実力からの推定だ。彼女も同じ認識を共有しているようだった。


「アスラから彼の名前くらいは聞いておいて欲しい」

「そうね……念のためにも。分かったわ。……それで、あなたは?」


「あの子とオリヴィアは相性が悪過ぎるから、しばらく遭遇しないようにするよ。……一つ、アイデアがあるんだ」




◆◆◆◆




「付きまとい?ノーラに?」

「近くを通っただけだから勘違いかもしれないけど、うわ言みたいに『ノーラ』とか『殺す』とか言ってたんだ」


「えぇ!?本当に?……ノーラ、一人になっちゃダメだからね」

「う、うん。怖い、どうしよう」


 俺が忠告をしているのは、Aクラスにいる双子の蛇人族、ローラとノーラの二人だ。ノーラが姉でローラが妹であるが、二人の関係性を見ると、ローラの方が姉に見える。


 双子と言っても尻尾の鱗の並びが全く違うので見分けるのは簡単だ。


「見た目は金髪で緑色の目の人族だったよ。多分上のクラス」

「あ、わたし知ってるかも。昔、女の子が話しかけたら『馴れ合いなんて無駄だ』って言って無視したんだよ。つまんない男の子だなって思ったもんね」


 おそらくローラの言っている人物で合っているだろう。


「多分その人だよ。だから、ノーラと会わないようにした方が良いと思う」

「ありがと、ルフレッドくん!……あ、でも外で見つかったら怖いなぁ」


 二人の少女が示し合わせるように上目遣いをしてくる。


「そうだね、ちょっと待ってて」


 そう断って、先ほどから俺に向かって敵意の視線と、ローラへ好意的な感情を見せる少年を引っ張る。彼は猫とイタチの中間のような見た目の獣人種だ。


「な、なんだよ」

「二人が付き纏いに遭ってるみたいなんだけど、護衛をお願いしたいんだって。やる?」


 俺達は少女達に背を向けて、囁き声で会話する。


「まじ?」

「うん。助けが欲しいみたい」


「分かった」


 数秒で合意を得た俺は小さく笑みを作ると、少女達へと振り返った。

 確か彼の名前は、サンドルだった。


「俺一人では足りなそうだから、サンドルと一緒に護衛をするよ」

「あ、本当……良かった!ね?ノーラ」

「……うん。ありがとう、ルフレッドくん」


「お、おい」


 サンドルに呼ばれて再び姉妹に背を向ける。


「どうかした?」

「一緒に、ってお前も来るのかよ?」


 騙したのか、と問いたげな表情だ。


「いや、俺は別の用事があるから君に殆ど任せることになると思う。ごめんね」

「ふ、ふぅん。なら仕方ないな」


 サンドルは嬉しそうな表情が隠し切れていない。

 姉妹へと向き直る。


「ごめんね。そうだ、ローラは付き纏っている人を見たことがあるって言ってたけど、名前は知ってる」

「えっとね。アレ、アレ……アレナントカ、って名前だよ!」


 コメカミに手を当てるようにして考え込むローラだが、流石に名前は覚えていないようだった。


「そうなんだね、思い出してくれてありがとうね」

「……えっと……今日はこのまま一緒に帰る、感じ?」


 恥ずかしげに訪ねてくるローラに俺は冷たい印象を与えないようにゆっくりと言葉を紡ぐ。


「うーん、念のためにこのことを他の子にも教えておこうかな、と思うんだ。サンドルには細かい事情を知らないし、実際に見た俺が説明した方が早く終わるからね。どうかな?」


 あえて気弱なノーラに問いかける。

 実際、この後にウェンやエルフの少女と接触する予定があるので、彼女達と一緒に帰るのは無理だろう。


「……ぁ、うん。良いと思う」


 もちろん彼女は俺の言葉を肯定した。


「それじゃあ、行ってくるね」


 俺は小さく頷くと周囲にいる子供達へと近寄っていった。

 

 金髪の少年の表情を思い浮かべる。

 彼が馬鹿にした『馴れ合い』が案外侮れないものであることを、知らしめることになるだろう。




————————————————————

第67話『悪事千里を走る』




尻尾ソムリエ「この元気そうな並びの鱗はローラで、この控え目な艶はノーラの尻尾だな。…………っむむ!この偉そうな太さの尻尾と、我儘なサイズの鱗、間違いなくアイツのだな」

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