第66話『学習する者』
やっと『初伝Aクラス』にまで昇級することができた。
「新しい仲間を紹介しよう。ルフレッドとオリヴィアだ」
少年少女から品定めをするような視線を向けられる。
一部の子供達から受ける印象は、ほんの少しだけだが、里の子供達から感じるものと似ている。
「ルフレッドです。みんなと仲良くできたら嬉しいな」
歓迎するような反応はCやBと同じ。
やはりAクラスでも馴れ合いの気質は広まっているのだろう。
俺は視線を滑らせて目的の二人を探す。
エンの方は簡単に見つける事ができた。
目が合った時に、落ち着きなく手をあちこちへと動かしている。
何事だろうかと思いながらオグを探すがどうにも見つからない。
ここは初伝の獲得を目的とするクラス。
そこに彼の姿が無い理由と言えば、一つしか思い浮かばなかった。
残念ながらエンを問い詰めなければならないだろう。
◆◆◆◆
「オ、アスラは剣技を習得して、上のクラスに行ってしまったのよ……そっちの方が情報は手に入るから、って。……はぁ、ごめんなさいね」
「ふぅん、そっか。じゃあしばらくはティナ経由で話を聞こうか。……今のところはそれで良いよ」
俺は休憩時間に人通りの少ない場所へと連れて行かれ、彼女からオグについての弁明を受けた。
二人へ与えた指示は『情報を集めろ』だけだ。
この時は聖剣機関のシステムを理解していなかったのでそういう指示しか出せなかったが、彼らが集めった情報を回収するには俺が接触する必要があるため『俺が接触できるように待て』という旨の指示を出しておかねばならなかった。
それに、上にいる方が支部長との接触には都合が良いだろう。オグの判断もまた誤りでは無い。
「それよりも、ティナはクラスで随分浮いているようだね?」
「……えぇ。そうみたい」
こちらは任務には直接関係は無いことだ。
エンは眉を歪めて考え込むと、やがて口を開いた。
「寮に来た初めの日に、呼び出されたのよ」
「誰に?」
「同じクラスの……強い?子よ。その時は分からなかったけれど、新しく入った子はその子に挨拶しないといけない決まりがあったらしいわ」
なるほど。そういった不文律は外れた社会で生きてきた彼女には理解し難いものだろう。
結末は予想がつく。
「五人くらいで囲まれて……怒っているようだったから、謝ったのだけれど、許してくれなくて……それで、木剣で攻撃してきたから、怪我したら任務ができないと思って……」
「うん」
「反撃したら、誰も……話しかけてこなくなったの」
「そっか」
単なる喧嘩だ。
もしかすると、相手が余程力のある者だったのだろうか。
「相手はどの子?」
廊下を行き交う子供達の方を見ながら問いかける。
「……その日から、来ていないのよ」
「全員?」
エンはコクリと頷いた。
彼女に問題は無い、という前提を覆して考える。
「どの程度の反撃をしたの」
「そうね、確か……」
「……木剣を奪ってから、足の甲を砕いて……」
人差し指を立てる。
「……囲んできたから、殴って鼻を折って……」
中指を立てる。
「……もう一人の膝を逆向きに曲げて……」
薬指を立てる。
「……木剣を使って両方の腕の骨を折って……」
小指を立てる。
「……最後の一人は何回か殴って気絶させたわ」
親指を立てると、彼女は開いた掌をこちらに見せてきた。
「ね?」
ね?ではない。
「……やり過ぎ、だね。外の人が皆、気術が使える訳では無い事を忘れてるよね?」
多分、里の外の治療技術はそれほど高くは無い。
エンに負傷させられた子供たちは今頃、療養中だろう。
「でも、あなたならそうするでしょう?」
「……しないよ」
少なくとも、里の外では、しない。
彼女の失敗から、里が子供達の逃亡を警戒しない理由の一つが分かったかも知れない。俺とは違って純粋に里の中で育った子供の頭にはズレた価値基準が根を張っているのだ。
周囲とのズレは疎外感を産み出し、その疎外感が里への精神的な依存をより強くする。『自分を受け入れてくれるのはここだけだ』という認識を持ってしまえば、そこから離れることはもう出来ない。
「まあ、とにかく原因が分かってよかったよ。次に喧嘩を売られたら骨と流血はさせないようにしてね」
「……関節を外すだけだと、直ぐに戻して襲ってくるでしょう?」
当然のように関節を戻す技術を持っていることを前提に話す彼女。
その可能性を考えていた俺自身もきっと里に毒されている。
「絞めて気絶させれば良いんだよ」
「でも、ナイフを隠し持ってたりして刺されたりしないかしら」
「その時は骨を折っても良いよ」
「……じゃあ、木剣を折って尖らせたのを持っている時は?」
少し面倒になってきた。
「そんなことする人、居るかな?」
「あなたはしていたって聞いたけど?対抗戦の時に」
フィールドが館だった時にホウキを折って武器にしていたのを思い出す。あれのことだろう。
「……とにかく、刺したり切ったりできる武器を持っている時は気絶までさせても良い。そうで無い時は降参するまで攻撃、分かった?」
「ええ、分かったわ」
彼女が省かれている原因が予想外のものでなくて良かった。
情報を集めるには支障があるかもしれないが、任務にかかる時間が伸びただけと考えれば良い。
◆◆◆◆
特別待遇の子供に用意される寮は聖剣機関の本部に近い場所に併設されている。
そのため、支部に務める剣士とすれ違うことも多い。
現在、聖剣機関に潜入しているエンは、廊下をウロウロとして、支部長が来るのを探していた。
「あんた、アグレスを治療院送りにした女だね」
「……えぇ」
支部長ではなく別の存在が引っ掛かったことに鬱々とする。
アグレスとはエンが初日に怪我をさせた少女の名前だろう。
となると目的は敵討ちだろうか。
相手に怪我をさせないようにしろ、という命令を思い出して、その手間を考えて気分がさらに重くなる。
その時、丁度誰かが廊下を通りすぎる。支部長かと思って目を向けるが、その人物はAクラスを担当している先生だった。
「よそ見なんて余裕だねぇ!どうせアグレスを倒したのもタネがあるんだろ!?」
「……ごめんなさい」
エンが謝ったのを見て少女は嬉しそうに笑った。
エンは相手が嬉しそうにしているが、なぜそのような感情を抱いているのか理解することが出来ない。
謝罪を受け取ったとしても彼女が強くなる訳でも無いし、生存に有利な技術を身に付く訳でも無い。
勝つか、負けるか。
その二点から伸びる基準しか持たないエンにとっては、目の前の相手は〈獣〉よりも理解し難かった。
「ほら!やっぱり!ワタシに教えたら許してやるから、こっちに来いよ!」
「あ、ちょっと」
そのまま外廊下から寮の裏でへと連れて行かれる。
「うぐ」
そのままレンガの壁に叩きつけられて肺から空気が押し出されて声が出た。
少女が隠すように茂みの中にあった木剣を拾い上げる。
エンはそこでやっと彼女の狙いに気づいた。
彼女にとって『アグレス』はライバルであり、その彼女を怪我させる手段を持つエンからその手段の中身を聞き出して自分の力にしようとしているのだ。
「イッパツ、当てとこうかッ!」
大きく木剣を振り被った。
——掌で受け流してから
——腕を折って
——そのまま下がった顎を蹴り砕く
積み重ねた経験がそこまでの軌跡を鮮明に描き、体がそれにしたがって動き出そうとするが、蛇人族の少年から注意されたのだと思い出す。
彼が言ったことを鵜呑みにするのは不味いと、彼女は知っていた。彼のせいでトラは堕落させられたし、モンクは妙な女が付き纏うようになった。
竜人族の少女に関しては表には出さないが、毎日一緒にいれば、何かしら影響を受けている筈だ。
油断ならない毒を持っている少年。
それがエンの彼に対する印象だった。
だから考えなければならない。
なぜ怪我をさせてはいけないのか。
エンが問題を起こしたと思われると、任務に支障があるからだ。
ならば怪我をさせたと外から分からないようにすれば良いのか。
高速で結論を出したエンは少女の剣をひらりと避けて、距離を詰めた。
「お」
そのまま、彼女の腹部に両手を押し込むように触れる。
素早く気を操って、掌から波打つように振動を放つ。
「ゴッ!?」
バシン、と弾けるような音がして彼女の体が弾き飛ばされた。
それらの工程を一瞬で行なったので、相手から見れば両手で強く押し飛ばされただけに見えるだろう。
「あ”……かハ……ぁ」
しかしその攻撃を受けた彼女は意識が朦朧とする程の激痛を感じていた。
里で教えられる【発斥】という気術だ。
威力は気で強化した方が早いと思える程度だが、慣れれば内臓だけを押し出すことができる。
吹き飛ぶ程の衝撃が内臓だけに加わればどうなるか。
「ゲホッ……」
ビチャリ、と少女が吐いた血が地面に撒き散らされる。
「あら、大丈夫かしら。……病気かも知れないわね」
エンは倒れ込んだ彼女の直ぐ隣に座り込むと、介抱でもするかのように彼女の腰に手を回した。いつでも【発斥】を放てる状態だ。
彼女にはそれがナイフの鋒を首元に添えられているように感じられた。
そのまま、細い指先で腹部を鷲掴みにされて、傷ついた内臓から鈍痛が走る。
「イギィ、ご、ごめ、なさ」
「もうしないかしら?」
「しない!しませんぅ!」
その言葉を聞いたエンは彼女からパッと離れる。
そうして心配そうな顔を作った。
「それ、早く治療院に行った方が良いわよ。多分大丈夫だとは思うけれど……。でもごめんなさいね。痛かったわよね」
「わ、分かったからっ。……ワタシも、悪かったよぅ」
シュンと俯くその姿は完全にエンに対する敵対心を失っていた。
エンは人との対話には肉とナイフが大事だと学習している。
肉は仲間に与える褒美で、ナイフは敵に与える罰だ。
敵対している者には鋭いナイフを突きつけて危機を煽り、仲間になった者には従順になった褒美として肉を与える。
俗に言う飴と鞭だが、彼女はそれを同期の少年が同期を支配したやり方を自分なりにそう解釈していた。
彼が仲間になった物には優等のコインを譲渡していたことから彼女は飴の代わりに肉を当てはめた。
怪我が外から分からず、心を支配すれば発覚する心配は二重で無くなる。
エンは座り込んだ少女をじっと見下ろしていると、あることを思いついた。
「……ねぇ、ここの支部長ってすごい人なのよね?私、ここに来たばかりであまり詳しく無いのだけれど……。教えてくれないかしら?」
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第66話『学習する者』
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