第65話『初伝Bクラス』
「よし!!!じゃあ、Cクラスから昇級した生徒を紹介すんぞ!!」
Bクラスの先生ははちきれんばかりの筋肉を見せつけながら、俺達を呼ぶ。頭に響くレベルの大声に、子供達は両耳を抑える。
「こっちがルフレッド!!!んで!!こっちがオリヴィアだ!!!よろしくな!!!!」
ダン、と強く肩を叩かれる。
一瞬攻撃を受けたのかと思った。
声が大きいほど誠意が伝わるとでも思っているのかもしれない。
「チッ」
同じく肩を叩かれた竜人娘から久しぶりに舌打ちが漏れる。
その手を跳ね除けないだけ、我慢しているのだろう。
◆◆◆◆
太陽が真上に登った頃、休憩をとるように言われた俺は水飲み場へとやって来ていた。
実力に関してはやはりCクラスよりも上だった。
内容も、素振りや人形への打ち込みだけでなく、組み手を積極的に取り入れていた。
上のクラスになるほど、より実践的な内容へシフトしていくのだろう。Aクラスでは剣技の習得に重きが置かれそうだ。
ただ、Bクラスの子供達はCクラスの者よりも全体的に暗い感情を纏っている者が多く見えるのが気になった。
汲み上げた水で顔を洗う。
タオルが無かったので袖で拭いながらBクラスの修練場へと戻っていく。
「ん?あれは……オグか」
一つ先の廊下を行く子供達の群れの中に、鬼人族の少年が歩いていた。彼の周囲には数人の子供達が共に並んで歩いていた。笑いながら何かを話している。
彼らの感情を見るに、楽しそうな表情は嘘では無いようだ。
たった数日でかなり馴染んでいる。
「そして……エン」
その集団の最後尾に一人離れて、エンが歩いていた。
彼女は前を歩いている子供達へチラチラと視線を向けているが、前から視線が帰ってくることは無かった。
オグとは反対に彼女に興味を持つ子供は極端に少なかった。
何もしないだけではたった数日でここまで露骨に距離を取られる事はない。恐らく致命的な失敗をしたのだろう。
任務への支障があるか確認したいが、ここで彼らに話しかけるのは不自然だ。
とにかく今は自然な形で彼らと接触できるようにAクラスへ上がることを考える。
「あの女、Cクラスから上がって来たばかりのクセに、調子に乗ってるよね?」
「ホントに……絶対自分に自信があるタイプだよねぇ」
竜人娘のことだろう。
きっと彼女がどれだけ謙虚な態度を取ろうと、彼女達は気に入らないに違いない。
彼女達の根底にあるのは竜人娘への嫌悪ではなく、粘着質な劣等感だ。本質は自分に向いている。
彼らはAクラスのなり損ないだ。上を見ることが億劫になり、その攻撃性をひたすら下へ発散している。
そういう者は、自分より下だと思っていた相手が上がってくる事を酷く嫌う。
「ねえ、ちょっと」
「……」
どうしようか思案していると、その横を竜人娘が通りかかる。
少女達は顔を見合わせるが、肝心の彼女は陰口を叩いていた少女達に目を向けることもなく過ぎ去ると、曲がり角に隠れていた俺の方へと歩み寄って来た。
「後で、わたしと組み手をしろ」
もしかすると、彼女は任務の事を忘れているのかもしれない。
彼女の表情からは、新しく学んだ剣術を試したいという好奇心が感じられた。相手に俺を選んだのは、他の子供が相手だと加減が分からないからだろう。
「良いの?」
視線で、竜人娘への陰口を叩いていた少女達のことを示す。
「……何が?」
歯牙にかけない竜人娘の態度に少女達の視線が強くなった。
だが俺は、少女達へ返された激しい皮肉に、笑ってしまわないように口に力を入れるのに精一杯だった。
「……あまり本気でやると、怪我するかもよ」
「手加減はしてやる」
彼女の傲慢は止まることを知らない。
当然のように俺が彼女を傷つける可能性を切り捨てている。
……まあ少なくとも気術無しでは、それは正しい認識だろう。
「……」
再び少女達の前を通り、彼女達の視線を涼しく受け流して修練場へと戻っていく竜人娘。
陰口を叩いている現場を見られる前よりも少女達の感情は暗い。
愛する相手には愛されたいと思うのと同じように、憎む相手には憎まれていたいのだろう。
予想外に無関心を返されれば、今の彼女らのような呆然とした顔になるらしい。
◆◆◆◆
「……違うな!!!握る時に力を入れすぎだぞ!!振る時はこう!!こう!!だ!!ブンッ!と振ってパクゥ!!って感じだ!分かるな!?」
「……え、こうですか」
「違うっ!!!お前のはペイっとやってポン、だ!!ブンッ、からギュッ、だ!!すると、パクゥ!!となる。分かるな!!?」
「わ、わかんないです」
言いたいことは分からないでもない。
きっと彼は振り下ろす瞬間にだけ力を込めろと言いたいのだ。
ナイフを振る時にコンジから拳を交えて指導された俺達だからそのことに気付けるが、前知識の無い少年には禅問答のように聞こえるだろう。
「よし!!お前は座って見てろ!!!」
少年が木剣で尻を叩かれて修練場から追い出された後、俺達は各自で相手を選んで組み手を指示された。
「……」
「……」
俺と竜人娘は互いに視線を交わすと、静かに向かい合った。
「剣だけ、だからね」
「分かっている」
暗に気術を使うなと言った俺の言葉に、コクリと頷いた竜人娘。
それでも彼女から滲み出す気の量は少し多い。
この場で抑えれば、先生に彼女が気術を使えることに気付かれてしまう。
躰篭の質で若干差は縮まってはいるが、全体で見ると彼女の方が一段上か。
上段に構えた彼女の腕に、一瞬気が集まりそうになったのを彼女は霧散させた。
やはり、無意識に気が動いてしまうのは俺と同じらしい。
100と0よりも10ぐらいでキープするのが一番難しいからな。
「フッ!!」
視界を半分に断つように、長めの木剣が落ちてくる。無駄の抜けた、純粋な斬撃。
俺は爪先を起点にして、彼女の一撃を受け流した。
それこそ、俺自身が独楽になったように。
「……ッ」
ここで新しい技術を身につけたのは彼女だけでは無い。
Cクラスの先生の動きを真似たカウンター。
上からの攻撃を逆袈裟へと変換して彼女へ返す。
「シィッ」
竜人娘は振り下ろした動きの流れに逆らわず、その身を地面に沈ませる。
カウンターの木剣は彼女の頭の上を素通りする。
その間に彼女は大砲を装填するように、剣を上段に戻した。
「ハァッ!!」
再びの振り下ろし。
僅かに反応が遅れるが、回転して受け流す。
そして再びカウンターの一撃。
「同じ技が通用するとおもうな」
「……!」
こちらの攻撃に木剣を真正面から合わせる。僅かな拮抗の後に、彼女の腕力に押し返されて、俺は逆回転しながら後退した。
「ガァッ」
そこに首を刈り取る角度で木剣が迫り、再び回転にして受け流そうとするが、タイミングが合わず、カウンターにするまでには至らない。
里で習う技術は直線的な物が多い。
刺すのも切るのも、最短距離が最も早いからだ。
しかし剣術では相手は動くし、一撃で相手を殺せることも少ない。
だからこそ二撃目へ繋げる技術やカウンターを与えるための戦い方が存在するのだ。
思いの外、奥が深い。
今世では深く武術に浸かっているのもあって、昨日見た先生の太刀筋の骨子を掴む事ができた。
俺と竜人娘の関係は言うならば柔と剛。
剛剣と称するに相応しい彼女の攻撃が芯を捉えないように、クルクルと風車のように回りながら受け流す。
剣術の組み手でありながら、攻撃が当たらないその戦いは、周りから見れば動きの鋭い舞にも見えただろう。
彼女の細かく地面を刻むような足捌きは、以前よりも間合いの重要性を理解しているのが読み取れた。
いつもはどこかしら不機嫌そうに見える竜人娘の表情から、感情が抜け落ちたように無になる。
彼女の集中が高まっているのを肌から感じ取った。
段々と、彼女の木剣が降り注ぐテンポが早くなっていく。
同時に俺の動きを吸収するように、彼女の動きにも回転が混ざってくる。
気が付けば数多の視線を感じる。
誰かが固唾を飲む音が聞こえた。
「……ッく」
台風のような連打の中に時折、雷のような鋭い一撃が織り交ぜられる。突如変化する攻撃に対応が遅れた。
追撃に備えるように予測した箇所に剣を構えたが、俺の背後を取った彼女が、腕力にものを言わせて剣の軌道を曲げる。
「……参りました」
静かに首に添えられた木剣は、度重なる剣戟の摩擦によって熱を帯びていた。
「ふん」
集中を解いた彼女は不機嫌な表情を被り直す。
居心地の悪さに周囲を見回すと、戦闘中にも感じていた通り子供達の視線が俺達へと集まっているのが分かった。
先ほどまで竜人娘の陰口を叩いていた少女達は居心地が悪そうに下を向いている。そのまま一生下だけ見て生きていれば良い。
「ふむ……」
気づけば先生が横にいた。
俺の持つヒビの入った木剣へと目を向けてから、大きく肺に空気を吸い込んだ。
「よし!!!お前達は昇級な!!!」
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第65話『初伝Bクラス』
【偏見で語る剣術あるある】
先生は独自の擬音を使いがち。
先生同士は酒の席でどれだけ厳しい稽古を課したか自慢しあっている。
涙の数だけ強くなれると思ってる。
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