第57話『当たる』

 二日後、二度目の模擬戦が行われた。

 相手は450期、俺たちの二つ上の期の子供達だ。彼らは452期の俺たちよりも半年長く訓練を受けている事になる。


 今回俺たちを連れているのはコンジではなく、蛇人族の師範だ。


 背後から師範達の様子を見れば、相手は蛇人族の師範よりも頭一つ分は大きな巨漢だ。

 初めは獣人種かと疑ったがフードの腰の部分からは尻尾による盛り上がりが見えないので、彼はただ大きいだけの人族ということだろう。


 俺は続けて、巨漢の師範が率いる子供達に目を向ける。

 451期とは異なり、ギラギラとした視線をこちらに向けている。

 彼らの体内の気を観察した所、平均値は俺の気の量と同じくらいだろうか。しかし気の量のばらつきが小さく、一番多い者でも俺より少しだけ多いくらいだ。

 俺の気も訓練によって増えていたつもりだが、半年の差は結構大きいようだ。


 ちなみに、躰篭とのパスの繋ぎ具合を調整することで竜人娘の体内の気を見ても目が潰れることは無くなった。


 そのときに竜人娘の体の内側を観察して見たが、彼女が身の内に秘める気の形は一言で言えば恒星である。

 彼女の真ん中に太陽のように光を放つ大きな球体が居座り、その周囲を小さな粒子が巡っている。

 なるほど、目も潰れる訳だ。



「今から何をするの?」


 クイクイと裾が引っ張られる。


 耳元でボソリと小さく囁いて来たのは、前日の模擬戦でオグに勝利して交代で五位となったエンだ。


「戦うんだよ。5対5で」

「私達は味方ということ?」


 俺はコクリと頷いた。

 しかし、彼女にそれ以上を説明できるほど俺も詳しくは無い。

 前回は屋敷のような建物の中での戦闘だったが今回は森の真ん中まで連れて来られたた。このことからして、対抗戦は屋内と限定されている訳でも無いという事は分かった。


 俺達はそのまま、鉄製のナイフを持たされた。

 どうやら屋敷の時とは違って、森の中に武器に出来るものは少ないので、武器を与えられるようだ。


 森の一か所へ俺達を連れてきた蛇人族の師範は、森を大きく囲っているロープを指差した。


「そこから出たら、直ぐに失格だからね」


 前回はおそらく屋敷から出たら失格だったのだろう。

 今回は森なので、実際に囲ってフィールドを設定したということか。


 俺達が小さく頷いたのを見て、師範は全員に視線を巡らせると、一瞬何かを思案してから口を開いた。


「……いい結果だったら、次の『里外任務』で選ばれるかもしれない。頑張った方が良いかもしれないね」


 曖昧な言い回しだ。

 こういう時は『頑張れ』と直球で言うものでは無いのか。


 彼は気配を森の中に溶け込ませて、俺達の前から姿を消した。


 彼の言葉には違和感を覚えたが、直ぐに太鼓の音によって余計な思考は叩き出されてしまった。




 ◆◆◆◆




 勝負の終わりを告げる太鼓が鳴った。

 勝敗は短時間で決まった。俺達の勝ちだ。


 仕留めた人数はトラが二人、モンクも二人、そして俺が一人だった。


 どうやら森の中では隠密に徹する俺の姿を捉えることはできなかったようで、安心して隠れたまま彼らを監視していると二人グループを作って森の中を歩いていた。


 そのため俺は余った一人に不意打ちを仕掛けて気絶させた。

 明らかに彼が脱落したことは確かだが、俺は彼の体をロープの外に投げておいた。

 彼の実力は前に戦った451期よりは上だったものの、躰篭により強化された身体能力は俺の方が上回っていた上に、モンク式の訓練によって気術においても余裕があった。


 そして残った二つの二人組の一つをトラが一人で仕留め、残りの二人組をモンクが相手した。

 実はモンクが二人組と遭遇する前に、同じ二人組にエンが遭遇してしまって2対1で戦うことになり脱落していた。それでもかなり善戦していたので個人の実力では負けていないだろう。


 竜人娘は開始地点から動くことは無かった。


 彼女に関しては俺達が負けた時の保険だと思っておけばいい。




 ◆◆◆◆




 次の対抗戦の時、俺は早々に脱落することとなった。

 いきなり相手の技量が格段に跳ね上がったのもあるが、その中に混じった土精族の少女が設置したワイヤートラップに引っかかってしまったのだ。

 ダメージは受けていないものの、フィールド外に弾き出されたことで失格となってしまったのだ。


 模擬戦でトラップを使うという発想が完全に抜け落ちていた。


 そのせいでトラが3対1を強いられ、次に彼が落とされた。

 彼はその際に意地で二人を道連れにしたが、残った一人が既にモンクとエンを足止めしていた二人と共に3対2で有利な戦いを始めたのだ。


 そして二人がほぼ同時に脱落した後、勇んで竜人娘へと向かった三人の子供達は一人一撃ずつで叩き潰された。



「作戦を練った方が良いね」

「そう思うわ」

「ご、ごめん。ぼ僕が負けちゃったから」

「……」


 俺の意見に賛同するエンと責任を感じている様子のモンク。

 彼が悪いのなら一番最初に落ちた俺は何なのだろうか。


 そして部屋の隅にはトラがいる。


 既に骨の躰篭化を施した後なので、疲労は溜まっているものの耳を傾けてはいるようだ。


「今回の相手は勝てない相手じゃ無かった」


 俺は自分の失敗を棚に上げて彼らにそう言った。


「モンクとエンは2対2で戦ったみたいだけど、一人一人はどうだった?」

「え、えっと。あ、ご、ご、ごめ」


 どうやらモンクは俺が責めていると受け取ってしまい、混乱して言葉が出て来なくなってしまった。

 俺は彼を手で制すと人族の少女へと視線を向ける。


「……エン」

「負けた私が言うのもおかしいけれど、私と同じくらいだったわ」


 ということは1対1ならばモンクは余裕を持って勝てた訳だ。

 勝敗を分けたのは連携の差だろう。


「そうか、連携が足りなくて負けたのか」


 小さく頷く。

 彼らと俺達の受けた訓練の差に思い至った。

 彼らは連携に関する訓練を俺達よりも多く受けているのだ。

 俺達もグループごとに対戦する事が無い訳では無いが、連携そのものの向上を対象とした訓練は無かった。


 大抵が自己の実力を上げるためのものばかりだ。

 逆に彼らは自己鍛錬の時間の一部を連携訓練に注いでいるのだ。


 そのため、単純に足した実力の方はこちらが高かったにもかかわらず、足を引っ張り合って敗北した。


 問題点は分かった。

 次に考えるのは解決方法だ。これに関しては直ぐに思い付いた。


「よし、連携をやめよう」

「連携が足りなくて負けたって、さっき言ったでしょう?ならもっと上手く連携しないと駄目じゃないかしら?」


 指摘してくるのはエン。

 確かに、と彼女の言葉に頷いた。


「でも、次に戦う相手は一年近く連携に差があるんだよ。一晩でそれを追い越せると思う?」

「いや、そうね……でも、連携があったら勝てるんでしょう?」


 俺は教師のような気分になりながら指を振って見せる。


「そうだね。連携があれば勝てる、けど一晩で連携を身につけるのは無理だ。だからこちらの戦い方に引き摺り込むんだよ」


 自分の実力を上げるのが無理なら、相手の実力を下げる方に働きかければ良い。


「例えば、相手が二人だったらこの二人を引き離すように戦う。挟み込んで連携を取らせないようにする。とかだよ」


 相手はそうならないように立ち回るだろうが、そこはモンクの頑張りどころだ。


「モンクは相手を遠くに飛ばすようにして欲しい」

「う、うん」


 これは仙器化を使って足元を滑らせるとかでも出来る。

 ……そういえばこれまでの戦いでは彼は地面の仙器化は行っていなかったな。


 チラリとエンに視線を向ける。


 なるほど、近くに味方がいるからか。


「やっぱり、エンは俺と二人組で相手と戦う。そしてモンクはひたすら相手を引き付けて逃げて欲しい。さっきの指示は忘れてくれ」

「え、え!?」


「モンクは周りに人が居ない方が戦いやすいよね。だからだよ」

「……そ、そっか。わかったよ」


 突然方針を変更した俺にモンクは混乱したようだが、その意図を伝えれば納得したように頷いた。

 どうやら彼自身も戦いにくさの原因に気付いていなかったらしい。


 彼は無意識で手を抜く。

 本気のモンクに敵わない俺が、順位の上では三位なのもそのせいだ。対抗戦においてもモンクを本気で戦わせる事は一応できるが、俺自身に旨味が無い。『里外任務』の選考に関わると言っていたが、それならば、モンクが俺よりも優秀な評価を取るのは逆に都合が悪いのだ。


 理想としてはトラが二人足止め。

 モンクが最低一人を引き付けて、俺とエンが頑張って二人グループを分断する。モンクか俺が相手を倒してから他のグループに合流という流れだ。

 モンクに二人が引っ張られれば俺とエンで一人を仕留めれば良いことになるからより話は簡単だ。




 ◆◆◆◆




 次の日の448期を相手にした対抗戦は圧勝だった。

 誰一人損なうことなく勝ちを手にした。

 

 作戦通り、俺とエンで二人を仕留めた後、モンクとトラに加勢した。

 俺はモンクの方に加勢したのだが、予想通りモンクは仲間が側にいない方が余裕を持って戦うことが出来た。

 彼は仲間がいる方が力を発揮できないタイプなのだと分かった。



 今回の相手である448期は作戦を立てて戦った事を抜きにしても前回よりも簡単だったように思える。

 個々の実力においても昨日の449期より下に見えた。

 俺達の例があるのだから個人の才覚によって下の期の方が勝っているということも有るのか。




 ◆◆◆◆




 その次の対抗戦は訓練後の夜に行われた。通りでその日は体を動かす訓練が無かった訳だ。


 相手は447期。

 結果は辛勝と言ったところ。


 俺とエンで二人を相手にすることになり、連携をさせない連携は刺さったものの、俺が相手を一人仕留めるのとエンが仕留められるのが同時だった。

 そのまま俺はもう一人を相手に苦戦していたところ、引き付けた一人を仕留めたモンクがトラの足止めの一人を仕留めてからこちらに参加して、無事に勝つ事が出来た。


 結果から言えば脱落はエン一人だけだが、個人の実力を押し付けるという作戦が通用しなくなってきつつあった。




 ◆◆◆◆




 続く446期、445期との対抗戦。

 結果としては勝ちではあるが殆ど竜人娘の戦果だった。

 今度は俺達が仕掛けた作戦を仕返される結果となった。


 トラは開始から二人に足止めされる。

 この時点でトラの情報が広まっていることは疑う余地が無かった。


 そして、モンク、エン、そして俺に対して1対1を挑んで来たが、エン以外の二人に対しては徹底的な時間稼ぎを仕掛けてきた。

 完全にエン狙いで、彼らはこちらの弱い部分を突いてくる。

 人間らしい、いやらしい戦い方だ。


 狙いを察しはしたが目の前の子供を突破することはできずに、まずエンが落ちた。

 次に俺が落とされた。辛うじて一人を道連れにしたが、次に2対1を押しつけられたモンクが脱落して、トラが最後に落ちた。


 そして相手の四人を竜人娘がストレートに落とした。


 竜人娘が最後まで動かないことも知られているらしい。


 445期との戦いも最後に竜人娘に挑む人数は変わるが殆ど同じ流れだった。




 ◆◆◆◆




 次の相手は444期。


 ウルテク女、アンリとリオが所属する期だった。


 二人の順位を聞いたことは無いが、間違いなく対抗戦に出てくるだろうと確信していた。



「やあ」


 そして、事実、二人は師範センセイに連れられてやって来た。




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