第56話『避ける』
451期との模擬戦にどんな意味があったのかを考える。
第一は、単純な能力の比較。
ある程度年齢差はあるものの、訓練の差は三ヶ月ほどなので比較は可能だろう。
この場合、模擬戦が行われているのは俺達だけでは無く、他の期同士でも同時進行で行われていると予想がつく。
第二は種族構成による能力の比較。
俺達より上の期は人族の割合が極端に大きい。
対して俺達はその逆だ。その違いによって、戦闘力にどの程度の変化が出るのか確認したかったのかもしれない。
最後はカリキュラムの比較だ。
451期の気術の実力は種族差を鑑みても拙かった。
つまり、施された訓練自体に違いがあるのだ。
彼らが厳密に訓練内容を決めているのだとすれば、訓練の効果を確かめたいと思うのも必然だろう。
百年もの間、淡々と技術を与えるだけだったとは思えない。今回のは一種の検査に近いものだろう。
同時に俺たちにとって期対抗の模擬戦……対抗戦は他の期の戦い方を見るチャンスだと言えるだろう。
「ねぇ、聞いてる!?」
「うん、『お姉さま』の事だよね?」
鬱々とした感情を作り上げた満面の笑みで包み隠す。
そんな俺にしつこく話しかけてくるのは、妹派閥の精神的主柱であるウェンだ。
「ネチネチ。アンタ、お姉さまに何したの?」
「……何もしてないよ」
俺は適当に答えると、目の前の肉を呑み込んだ。彼女は何やら確信しているように見えるが、竜人娘が俺に突き飛ばされた程度で揺らぐ訳が無いので、俺とは無関係な事だろう。
あの時の彼女の驚きは手下に逆らわれた事への物だろう。
「じゃあ、なんで昨日は自分からアタシ達の部屋に来たのよ!いつもはしつこくさそってやっと来てくれるのに!」
「へぇ」
昨日はウェン達の部屋に居たのか。
それと、俺が見ていない所でしつこく誘っていたのか……。きっと竜人娘は彼女達のこういう所を嫌っているのだ。
「『へぇ』、じゃない!何かあったんでしょ?」
それでも尚、しつこく聞いてくる彼女に、俺は肉を皿の上に置いてから答えを返す。
「何かあったとして、無関係の君に伝える必要は無いよね?」
「……ッ、無関係じゃない。お姉さまはアタシの……」
「姉、じゃ無いよね?……他人だよ。君とアレは他人だよ。どこまでいっても無関係な他人。一度でも君は名前を呼ばれた事が有るか?無いだろう?」
「……ッこの!!」
敢えて彼女を煽り、この話をうやむやにする。
彼女が俺の胸倉を掴んできた事で、食堂の中が殺気立つ。彼女にとっては俺との喧嘩でも、人の目の届く場所で行えば、それは派閥の争いになる。
「気に入らない?なら、どうする?」
暴力に持ち込めば、彼女程度ならば10秒も有れば黙らせられる。
だが、ウェンも派閥が半壊したのを忘れていないようで、安易に乗ってくる事はなかった。
「〜〜〜!!アンタ、ホントに気持ち悪いっ」
右手を勢い良く離した彼女は、呆れを滲ませて罵倒を吐き捨てると、食堂から去って行った。
「ふぅ」
乱れた襟口を整えると、椅子に座り直した。
そもそも、竜人娘が他人の行動によって揺らぐはずが無い。ウェンは所詮、彼女の強さや容姿といった浅い部分でしか彼女を理解していないのだ。
鬱陶しいのに、結束だけは強いのが面倒な輩だ。
◆◆◆◆
運動場に向かった俺は、竜人娘が居ないのを確認してから眼球の躰篭とのパスを繋ぎ直した。
直ぐに視界には子供達が体内に宿す光が目に映る。
やはり体内の気の見え方には一貫性は無い。
同じ種族であっても光の粒だったり、霧状だったりと形は異なる。
勿論性別との関連性も薄そうだ。
肝心の気の量だが、俺が手合わせして予想した量とそれ程違わない。
気の量に関しては、気の見え方と違って種族差が見えた。
獣人種は少なく妖精種は多い。
人族はその中間で、魔人種は多い者も少ない者も居る。
魔人種が『その他』に分類される種族で有ることを考えれば、ここに関してはもっと細かい分類で考えるべきだろう。仮にも外れ値である竜人娘がここに分類されるのだから。
それよりも俺が驚いたのは、彼らが通常纏っている気の色がそれぞれで微妙に異なっている事だった。
分類上はその全てが【素気】なのだが、その色は黄色が混じっていたり、青色が混じっていたりする。
俺が【硬気】へ変換するときに徐々に気の色を変えていった事を考えると、ただの【素気】でも【迅気】寄りだったり【硬気】寄りだったり、さらに別の気に寄ったものだったりするのだろう。
ゲーム的なパラメータで言えば、『攻撃』『防御』『素早さ』に50、50、50で割り振っている状態が【素気】だろう。人によっては60、50、40だったりと微妙に偏りが有るが、概ね等分だ。
対して0、0、150と『素早さ』に振り切った状態が【迅気】、『防御』に振り切れば【硬気】となるのだろう。
子供達を見渡せば、最も多くみられる青緑色の【迅気】寄りの【素気】だ。
恐らく【迅気】の訓練を受けた事で、気の性質を速度に傾けるのに慣れたせいだろう。
気の色、という視点で彼らを眺めてみると目立つ者がこの中に二人いた。
一人目は鬼人族のオグだ。
彼はかなり強い赤色の混じった【素気】を纏っている。恐らく彼の怪力はここから来ているのだと思う。鬼人族の性質だろうか。
もう一人はモンクだ。
彼は混じり気の無い純白の【素気】を纏っている。
彼が身の内に秘めるのは完全な中庸、自身の気を支配下に置いている証拠だった。
俺の気を見下ろすと、若干黄色が混じっている。意識して制御すれば白に寄せる事は出来るが、気を抜くと元の色に戻ってしまう。
無意識下の制御にはかなりの時間が必要そうだ。
ちなみに後々確認したところ、運動場に居なかったトラは青色、【迅気】寄り、竜人娘は目が潰れないように遠くから観察した所、赤色寄りだった。
観察を終えた俺がその場から去ろうとすると、背後に小さな気配が近寄って来た。
「今日は……飲まなくて……ぃいの?」
「人がいるところで話しかけるのは、やめて欲しいと言ってたよね?」
俺は擦り寄ってきた、鼠人族の少女を咎める。
数日モンクと組み手をしなかったので、彼女は毒を飲む事ができなかったのだ。
それは彼女にとってそれだけの期間、モンクと交流する理由が失せる事を意味する。
暗い瞳で問い掛けてくる彼女に、俺は彼女の執着を軽く見ていたかもしれないと反省する。
「もしかして……他のぉんなに……毒……ぁげてなぃ……よね?」
執着、というのは麻薬のようなものらしい。
一時的に満たされても、直ぐにより多くの量を欲するようになる。
人間関係だと、相手の周囲の関係に干渉するようになる。彼女はこの段階だろう。
どれだけ彼女が悪化しようと視線の先にあるのはモンクだけ、俺には対岸の火事なので安心して見ている事ができる。
当のモンクに視線を向けると、彼は仲間達に気術の指導をしていた。
「……!〜〜!」
こちらに気付いたモンクが、何かを言いながら手を振った。彼の纏う感情には喜びが見える。
彼は基本的に誰にでもそんな態度をとるのだが、今はタイミングが悪過ぎた。
「……ぁれ?」
鼠少女は俺の背中で隠れる位置に居たので彼女には気付かなかったようだ……墨汁で塗り潰したような瞳で俺を睨み上げる彼女の瞳に。
気付けば手首も掴まれている。
彼女の足元から、煙のように感情の色が噴き出す。もちろん、その色は暗い色だった。
「……」
俺は無言で横に避けて、鼠少女の姿がモンクから見えるようにした。
「!……っ!」
彼女に気付いたモンクは同じように何かを口にしながら手を振ってきた。
「はぅ……ぁ……ひぁ」
顔を赤くした鼠少女は毛先で顔を隠して俯いた。思った通り、攻撃性は強い癖に本人に働きかける勇気は無いらしい。
モンクは小さく首を傾げた後、気術の指導を再開した。
彼の博愛には尊敬さえ抱く。……勿論皮肉だ。
「今はしたい事があるから。すまないけど、それを飲んでもらうのは後になるよ」
あまりの恥ずかしさに、しゃがみ込んで膝に顔を埋めている彼女。
俺はその横を抜けて運動場を去った。
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第56話『避ける』
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