第55話『比べる』

 眼球に施した躰篭、その効果を確かめるタイミングは唐突にやって来た。

 寮の中の俺達の区画、その入り口付近にコンジがやって来ていた。


 そうして、そこに貼り出された順位表の方を指差す。


「上から五人は、俺について来い」


 相変わらず最低限の言葉しか離さないコンジ。

 俺達は確かめるように順位表を見上げた。


 一位はもちろん竜人娘、二位は虎人族のトラ、そして三位が俺。

 四位が森人族のモンクで、五位が鬼人族のオグだった。


 モンクは模擬戦だと本気で戦う理由が無いので、肝心なところで食らいついて来ない。

 そのため順位上は俺の方が上だった。

 五位に関してはオグだったりエンだったり、はたまた別の誰かだったりする訳だが、今日この瞬間は彼だった。


 残りの彼らは『特殊訓練』へと連れて行かれた。


 今まで、子供達が別の訓練を受けさせられることなど無かったので、俺は少し戸惑っていた。

 俺たちはコンジの後ろに着いて歩いた。

 廊下は酷く入り組んでおり、方向感覚を狂わされて寮の位置を見失ってしまった。


 俺は一番後ろを歩く竜人娘へと、視線を向ける。


 彼女はギロリと温度の低い視線を返してくる。

 彼女が未だに怒っているか確かめたかったが、基本彼女は怒ってばかりなので現在の怒りが俺のせいなのか判断できず、前を向き直した。


 一番前を歩くのはトラだ。

 彼は以前の模擬戦で竜人娘に指一本だけ届いて以来、ますます訓練への意欲を燃やしていた。

 彼女に攻撃が届いたのはあの時だけだが、それでも彼は竜人娘に勝つことを諦めていないらしい。

 その調子で俺の躰篭化の練習に付き合って欲しい。


 曲がりくねった廊下を抜けた先には一つの建物が他の建物から孤立して建っていた。

 開いた空間にポツリと一つだけ屋敷が建っているその光景は、何故だかアクアリウムを思い浮かべた。


 コンジはそのまま屋敷へと入っていく。


「どうも。こちら予定通り、451期の使徒候補生達です」


 まず聞き覚えの無い男の声が耳に入った。


 俺たちを出迎えたのは、腰の低い師範と、彼の後ろに付き従う五人の人族。

 彼らは無機質な瞳でこちらを観察している。


 ……なるほど、ここで何を行うつもりなのか想像が着いた。


「……な、何するのかな?」


 モンクは屋敷のあちこちに視線を向けながら、不安げに溢した。


 コンジは相手の師範に小さく頷く。


「配置に着き次第始めさせる」

「ええ、わかりました」


 何を始めるかといえば、それは模擬戦だ。

 おそらく師範達は受け持った期の子供達の実力を比べ合うつもりなのだ。


「ね、ねぇ。な、何が始まるのかな?」

「……なんだろうね?」




 ◆◆◆◆




 結局、俺たちは何の説明も無く屋敷の端に連れられて来た。

 そのまま、直ぐに太鼓の音が鳴る。

 おそらく、これが開始の合図だろう。


「どうやら、さっきの子達と5対5での模擬戦をするようだね」


 俺は彼らが状況を把握していないだろうと思って、確認するように話した。


「そういうことか!」


 初めに反応したのはオグだ。

 トラはそっぽを向いて、屋敷の中を歩み出した。自信があるのは良いことだ。

 竜人娘は腕を組むと、その場に座り込んだ。彼女に関してはこちらの敵にならなければそれで最上だと割り切った。


 まず状況の把握だ。

 場所はそこそこ広い屋敷の廊下。

 武器は無し。その場にあるものを使えと言うことだろう。


 現在は眼球の躰篭とのパスは切断させたままだ。そうでないと昨日のように竜人娘の気の光で目を焼かれる。


 相手の気の量を直接見ることが出来なかったのが辛いな。


 俺はクローゼットの端から箒を取り出すと、その先をへし折って棒として使えるようにする。もちろん、『硬度強化』の付与は忘れない。


「いる?」

「あ、うん」


 ぼぅ、とこちらを見つめていたモンクにへし折った箒の先を渡す。

 手箒のようなそれを握ったあと、こちらを見返してくるモンク。


 これでどう戦えば良いのかという疑問の視線を向けてくる彼に笑顔で答える。


「え、えへ」


 人に視線を合わせることに慣れていない彼は苦笑いをしながら下を向いた。

 彼が手箒でどうやって戦うのか非常に見てみたい。


 俺は彼らから離れて屋敷の中を歩く。


 ダイニングルームには、五人分の食器が並んでいた。

 ナイフにフォーク、スプーンに空のグラス。


 俺はナイフを一本懐に入れて、箒の棒を捨てるか思案していると、対面の入り口から人影が見えた。


 俺はテーブルにあったフォークを投げつける。


「……ッ」


 キンッ、と金属同士がぶつかり合う甲高い音が響いた。

 フォークを防いだ人族の身長は高く、体型は痩せ型。


 手に持っているのは立派な剣だ。


 おそらく装飾用の剣だろう。


 こちらは木の棒と食事用のナイフなので、威力とリーチで不利に見えるが実はそうでは無い。


 装飾用の剣は戦闘に使われることを想定しておらず、重心が戦闘用のものとはずれていて使いづらいと聞いたことがある。


 そして、単純に重い。

 ものによっては刃引きされていることもあるらしいが、それを過信して素手で受け止める勇気は流石に無い。


「……」


 それにしても、目の前の少年は無表情であるものの、立ち上る感情は酷く分かりやすい。

 油断、そして安堵。


 端的に言って、俺のことを舐めている。

 おそらく自分よりも経験が少ないから勝てるだろうと踏んでいるのだろう。


 細身の少年は剣を大きく構えると、その身に【素気】を纏う。

 そして纏った気を【迅気】へと変換する。


「……?」


 瞳の躰篭を使わなくとも、彼の気の扱いが同じ人族のエンよりも拙いものであると分かった。


 そのまま、姿勢を低くしながらこちらに踏み込んで来るが、剣の重みのせいで折角の【迅気】の速度が死んでしまっている。


「シィッ」

「ぁぐッ……〜〜〜!!」


 【迅気】を纏いながら前に飛び出した彼の額を膝でカチ上げた。

 同時にナイフを肩に突き込んで、捻る。


 初撃は声を我慢したものの、体内に刺さったナイフを捻られるのはかなりの痛みがあったようでその鉄仮面が苦痛に歪んだ。


 この距離では剣は意味を為さないにも関わらず、手放す判断も遅い。


 俺は彼の喉に軽く拳を入れた後、その手首を捻り上げてから、ガラスの窓に向けてその体を投げ捨てた。


 ゴロゴロと外の地面を転がった彼は、起き上がることもできずに喉を抑えていた。


 これぐらいで十分だろう。


 そう判断してから歩きだすと、開始の合図に鳴った太鼓の音が再び聴こえて顔を上げる。


「終わった。すぐに戻れ」

「ッ!?」


 背後からコンジの声がして振り返るが、その姿は既に消えていた。僅かに肌に感じる風だけが、何かがそこに居たことを教えてくれる。

 コンジは走破訓練を担当することは殆ど無いので、隠密は苦手としていると勝手に思っていたが、そんな事は無いらしい。少しも気が抜けない。




 屋敷の外に出た俺達は腰の低い師範にコンジが対応しているのを眺めていた。

 トラの両手が血に濡れている。

 どうやら、彼は自前の爪を武器に戦ったらしい。


 一方のモンクは俺の手渡した手箒をまだ握っていた。

 その先が何故か血に濡れている。先と言っても棒の方ではなく、ゴミを掃く毛先の方だ。あの柔らかそうな毛先で殴ったりしたのだろうか……意味が分からない。


 オグに目を向けると、彼は肩を竦めて首を振った。

 彼は相手と遭遇していなかったらしい。

 トラあたりが複数人を仕留めたのだろう。



 薄々自覚していたが、俺達の期はかなり抜きん出ているらしい。


 竜人娘が異常なだけだと思っていたが、全体の平均のレベルが高いようだ。明らかに彼らの気術は拙かった。彼らも俺達と同じく上位の子供である、という仮定が正しいなら、この差はコンジの指導によるものだろう。


「『走破訓練』に参加して来い」


 それだけ伝えたコンジはその場から去っていった。

 先ほど起こったことについての説明も無く、また俺たちの戦いについて何の感想も無かった。



「……」


 ふと思い立って、眼球の躰篭とのパスを繋ぎ直した。


「……ッッ!!」


 その瞬間、俺の視界は真っ白に塗りつぶされてから途切れた。

 数秒の暗闇の後、躰篭の影響の無い普通の視界が戻って来た。

 ……竜人娘が居る間は無理だろうな。


 彼女の背中にひっそりと恨みがましい視線を向けた。



「ど、ど、どうかしたの?」


 先を歩く四人の中でモンクがこちらを振り返っていた。


「……少し、眩暈がしただけだよ。気にしないでくれ」

「そ、そっか」



 他の期と戦うのは、今回だけでは無いだろう。

 口を引き結んで、廊下の先を見通した。




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