第47話『劣る』

 その日の戦闘訓練では、様々な武器から武器でない道具までを使って戦う【器術】の訓練を行なった。

 ちなみに針を投げるのも【器術】の分野の一つだ。


 大抵、この訓練では様々な形状の道具をコンジが目の前で使って、戦い方を披露してから、それを使って子供同士で組み手を行う。

 日によって道具が変わるだけではなく、用意される道具の数や種類が増えたりする。ある時は鍋とお玉で戦わせられる事もあった。

 そうして、様々なシチュエーションに対応できるようにしているのだろう。


 ナイフが俺達の主武器ではあるが、それが用意されていない、あるいは持ち込めない状況を想定しているようだ。


 今日は1メートル程の棒を持たされた。

 これに加えて木のフォークが俺達に与えられた。

 木のフォーク、と言ってもその先端を大きく削ってあり、まともに当たっても怪我することは無い。


 そして、コンジがゆっくりと棒を振るって見せる。

 突いて、振って、持ち替えて、回転させる。

 彼の目の前に立つ誰かが、追い詰められて行く様子を幻視する。


 それらの動きは一つ一つに積み重ねられた鍛錬を感じ、まるで達人の演武を見ているような気持ちにさせられる。


 しかし、彼が手本を見せるのは一度だけ。見惚れている暇など無かった。

 俺は小さく体を動かして、彼の動きをトレースする。


 そうして、インプットを終えた俺達は組み手を始める。


 この日、俺の相手となったのは見覚えのある人族、エンだった。


 彼女は軽く手の中で棒を回すと、その先を俺の方へと向ける。

 視線は俺の瞳を向いているが、視界全体に俺の体を収めるように意識しているのが分かる。

 感情は凪いだように静かで、動きの起こりが読み取れない。


「……フッ」


 先制を取ったのはエン。

 彼女は一手目に突きを飛ばしてくる。


 視線上を走る棒の動きは、視覚では丸い何かが急激に迫ってくるように見える。


 俺が横に躱すと、彼女は突き出した棒を手元に戻して、もう一度突きを選択する。

 姿勢を崩さず、戻りが早い突きは棒を使った動きの中では最も隙が少ない。有利になるまでひたすら突きを放つのは合理的ではある。


 チクチクと陰湿に突きを放ってくる彼女に対して、俺は手元の動きだけで木のフォークを投げて対抗する。


「……っ、あ」


 フォークを避けようと首を傾けたことで、彼女の姿勢が崩れる。

 握りの甘くなった棒の先に、こちらの棒を絡ませて彼女の棒を奪い取った。飛んで行った棒が俺の背後に落ちる。

 フォークを抜き放とうとした彼女の掌を叩いて咎めてから、彼女の眼前に棒の先を向けると、彼女は降参する。


「……参りました」


 俺は投げたフォークを取り戻し、彼女は奪われた棒を取り戻してから、先ほどの組み手を反省するようにゆっくりと棒を動かす。いわゆる反省試合だ。


 間合いを調節しながらエンの顔色を伺う。


 彼女は人族派閥の中で最も強い子供だ。だからこそ、彼らは彼女を正面に押し出している。

 しかし、俺は彼女に問いかけたいことがあった。


「……エンは人族のリーダー、なのかな?」

「——……なにか言った?」


 伏せていた視線を上げた彼女は、こちらに聞き返してくる。

 余程集中していたらしい。


「君は人族のリーダーだよね?」

「違うわ」


 彼女はもったいぶることなく、端的に告げる。


「そうかな?人族の子たちは君がリーダーだと言っているのをよく聞くけど」


 これは事実だ。

 彼らは、他のグループと口論になったときにエンの力を背景にして圧力を掛けることがあった。そんな話をモンクから聞いたし、実際に俺が見たこともある。

 その時は、俺が見ているのに気付いた途端に、彼らは黙り込んでしまったが。


 彼らは彼女の事をリーダーとして仰いでいるが、よくよく思い返せば、彼らが威張り散らすのはいつもエンが居ない時ばかりだった。


 なんというか、彼女から受ける印象と派閥に感じる排他的な印象があまりにも乖離しているのだ。


 彼女が人族と一緒にいるのを見たことは何度もある。

 しかし、他の種族と関わる頻度も同じくらいはある。まるで人族派閥の存在など知らないかのようだ。


 もしかして、彼女に派閥という認識は無いのか?

 その疑問が頭に浮かんだ。


「リーダー、かは分からないけれど。よく訓練の相手はしているわ。でも人族以外も同じよ」


 これは面倒かもしれない。

 彼女が中途半端に親切なのが、人族派閥をその気にさせてしまったようだ。

 彼女の突きをゆっくりと躱して見せる。


「でも、人族の子たちはそのつもりみたいだよ。よくエンの名前を使って他の子たちを脅しているみたいだし」

「……は?そんな事をしているの?」


 声のトーンが低くなる。

 同時に彼女から溢れる、怒りの色が見える。

 勝手に自分の名前を使われた上に、自分の望まぬ事をしているのだからその怒りも納得できる。もしかしたら、俺も似たような事をされているかもしれない。


 彼女の棒を絡めとった動きを再現してみせると、彼女は首を傾げる。


「それ、もう一回できる?……こうかしら?…………それで、あなたはどうして欲しいの」

「……どこまで出来る?」


 質問に質問で返す。


 二人の手元では、互いの棒の奪い合いが繰り広げられる。


「もし、怪我をさせるつもりなら、手伝うことはしないわ。……そうでないなら手伝うわ」


 彼女は先に譲れない一線を引いて来た。

 どうやら彼女は俺が好き好んで暴力を振るうような人間だと思っているようだ。

 心外だという思いを込めて見つめ返すと、首を傾げられる。


 言葉を交わしたことで、彼女は会話が通じると分かった。そしてかなり聡い子供であることも分かった。アドリブもできるだろう。


「君が俺の言う通りに動くなら、怪我はさせないし。今後は喧嘩もさせないように出来るよ。どうする?」

「どうやって?」


「君が俺の下にあると教えれば良いんだよ」


 全員が俺の下に居れば、全員が同じ派閥にいるものならば喧嘩など起きないだろう。

 もちろん、そう上手く行くとは思わないが、諍いの数が減ることは自信を持って言える。


「あなた、いつもそんなことばかり考えているの?」

「……いつもでは無いよ」


 エンは感嘆を通り越して呆れを含んだ声色で尋ねてくる。

 心底不思議といった様子の問い掛けは、こちらを傷付ける意図が無いのが余計に心を刺してくる。


「そう言う君も、戦い方に性格の悪さが出ているよ……っ!?」


 少し悔しかった俺は、彼女に人格攻撃で反論すると、手元の棒を奪い取られた。

 彼女の背後に棒が落ちる。


「そう?……あなたの戦い方を見習ったのだけれど」

「……参りました」


 俺は両手を上げた。




「グル”ルルルラ”ア”ア”ア”アア”ァ!!!」


 俺達の直ぐ隣から耳をつんざく声がする。


 訓練ということも忘れているのか、トラは雄叫びを上げて、棒を片手に殴りかかる。その扱い方は棒というより棍棒のものだ。


「ガア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア!!!!」


 対する竜人娘も咆哮を放つほどでは無いが、声を上げてトラを威圧する。

 棒を握る腕以外の三本の手足で地面を蹴ったトラは、自身の速度を生かして、すれ違いざまに棒を叩きつけようとする。


「グルあッ!?」


 しかし、それを遮るように正面に進み出た竜人娘が、トラの棒を先んじて押さえ付けると、肘を畳んでトラの首に向ける。


 慌てて左手で肘の先を受け止めたトラは次の瞬間、畳んでいた肘を開いて飛び出した彼女の掌に首元を掴まれる。

 蟷螂の鎌のような挙動で現れた掌を、トラはその反応速度によって外そうとするが、その時には彼の体は上下が反転していた。


 掴むと同時に足元を刈り取られたらしい。



 トラの戦い方は、自身の速さ、強さを相手に押し付ける戦い方だ。

 速度に劣る相手を翻弄し、力によって捻じ伏せる。


 トラと同じくらい速度に優れる者も子供達の中にはいる。

 それでも、反応速度でトラの先を行くものは居らず、それが絶対的に勝利を分ける。


 しかし、強さを押し付ける戦い方は自分よりも速く、強い相手には滅法弱い。速度と力、どちらかで勝っていれば可能性はあっただろうが、竜人娘はどちらもトラより上だ。


 今日も彼は触れることさえ出来ずに、竜人娘の前で倒れた。


「ぐ……くそ」


 喉元に棒を突きつけられたトラは悔しげに吐き捨てた。

 今の彼からは、強い渇望を感じた。それほどまでに、彼は勝利に飢えている。それも、自身より強い者が相手での勝利に飢えている。



 そういえば、トラに勝った報酬の『お願い』について彼には伝えていなかったな。




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第47話『劣る』



今朝、カクヨムのファンタジーランキングの13位にランクインしてました!!

この調子で、ランキング1桁まで突っ走ります!!


『面白い』『続きが読みたい』と思っていただけたら、レビュー・コメント等頂けると大変嬉しいです。✌︎('ω')✌︎

既に下さった方はありがとうございます!!

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