第35.5話『第452期 一年目第一期報告書』


人物紹介を兼ねていますが、下の方に師範視点のエピソードが続いています。


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 [灰土]

 土精族の男性個体。

 精霊種の典型に漏れない矮躯により『戦闘訓練』では劣るが、指先は柔らかく設罠においては種族平均以上の適性が見られる。

 気術能力は精霊種の平均程度、全体での平均よりも僅か上を維持しており、総合では平均程度の成績を示している。

 精神的に〈獣虎〉に依存しており、脆弱性が見られる。



 ・・・



 [緑風]

 風精族の女性個体。

 精霊種の典型通り身体能力では平均より劣る。

 また精霊種の長所である気術の制御能力においても平均以下であるために『戦闘訓練』の成績は極めて劣る。

 また精神的に脆い部分が見られ、来期までの残存は難しいと推測している。



 ・・・



 [賢木]

 森人族の男性個体。

 精霊種だが、適性の無い身体能力においても平均以上の成績を示している。

 気術能力においては例年の最大値を上回る成長を見せており、注目すべき個体だと進言する。

 今期は例年よりも上位の力量が高いために、『戦闘訓練』においては3番手の成績を示しているもののこちらも例年の最大値と同等の力量であることを留意すべきだろう。

『生存訓練』においても機転を効かせた行動と、精神的な柔軟性が見られるため、どの隠密任務や護衛任務等の状況判断を要する任務への着任を推薦する。



 ・・・



 [紫蛇]

 蛇人族の女性個体。

 純正の獣人種であるため、身体能力では上位の成績を示している。

 しかし、気術能力においては全体の平均程度に収まっているため、『戦闘訓練』においては『良』の成績に留まる。

 今期は自我の強い個体が多いが、その中でも当個体は強い自我で周囲に影響を与えていることが確認された。

 処分の必要性は感じないものの、今後に注目する必要がある。


 *『生存訓練』にて師範エイセキから受け取った毒を用いて別個体を攻撃、その際に反撃を受けて死亡。この件による犠牲は一体の負傷のみで、後に回復が確認された。



 ・・・



 [獣虎]

 虎人族と〈獣〉を交配した男性個体。

 外性において虎人族の性質が多く出たが、身体能力において虎人族の種族平均以上の成績を示したため、筋肉量において〈獣〉の性質が強く現れたと推察する。

 また気量においても獣人種としては明らかに抜きんでた量が確認され、当個体が両種族の良性の性質を獲得していることが判明した。

 身体能力、特に敏捷性において例年以上の成績を示しており、『戦闘訓練』においては後に記述する〈狼龍〉以外には常勝する程度に抜きんでている。

 性格には傲慢な部分が見られるが、意思疎通に問題はなく『生存訓練』においては指揮を行なっているのが確認できた。

 今後に注目すべき個体である。



 ・・・



 [黒蛇]

 蛇人族と花精族を交配した男性個体。

 外性においては蛇人族の性質が見られる。

 気術能力においても初期段階では【放気】を苦手としていたため内性においても蛇人族の性質が遺伝しているように思われたが、後に花精族の『感応』の発現が確認された。

 気術能力は【放気】を習得してから、制御においては上位の成績を見せている。

 特筆すべき点として、当個体は戦闘技術によって身体能力の不足を補う戦い方を好み、それによって『戦闘訓練』においては上位の成績を維持している。

 種族性質から隠形を得意とし、隠密任務への着任を推薦する。



 ・・・



 [白花]

 花精族の女性個体。

 純正の花精族であり、その性質から周囲より劣る身体能力を気術能力で補うことで、平均程度の戦闘能力を示す。

 また性格は脆弱であり、無意識的に『感応』能力を使用することで、他個体に取り入る行動が多く見られた。

 当個体に影響されて精神の脆弱性が伝播されるのが確認されたため、今後の処分を検討したい。


 *『生存訓練』において〈黒蛇〉を襲撃し、その数日後に報復を受けて死亡。



 ・・・



 [透黒]

 人族の女性個体。

 純正の人族個体であるため、特に今期では抜きんでる部分も劣る部分も特筆すべきものは無い。

 身体能力、気術能力、戦闘技術、巧緻性、全てにおいて『良』以上の成績を示しており、『戦闘訓練』においては上位の成績を維持している。

 人族としては理想的な成績を見せているが、当個体の特筆すべき点はその慎重な性格にあり、『生存訓練』においては他個体の補助を行う様子が多く見られた。

 目端の効く性質から任務遂行において副官への着任を薦める。



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 [橙鬼]

 鬼人族の男性個体。

 魔人種の中でも身体能力に秀でた種であり、その性質から優れた身体能力を見せる。

 気術能力においても『良』の成績を示し、『戦闘訓練』においては上位を維持している。

 しかし、性格に臆病な部分が多く見られ、鬼人族に多く見られる激昂が確認されない代わりに、死への恐れが何度も『生存訓練』において見られた。

 訓練課程の変更を検討されたし。



 ・・・



 [狼龍]

 『龍』と狼人族の間で生まれた女性個体。

 身体能力、気術能力、戦闘技術、全てにおいて例年の最大値を遥かに上回る成績を見せ、『戦闘訓練』においては例年の『最優』を超える〈獣虎〉と〈賢木〉を圧倒している。

 特に気量に優れており例年の『最優』の数倍の結果を見せている。

 しかし、初期においては半龍の性質である暴性が強く現れ、他個体への攻撃が多く見られたが、現在は気性が落ち着き、訓練に従う様子が確認されている。代わりに当個体の指導を行う師範には彼女以上の力量が要求されることを留意願う。

 性格には前述通り、暴性と極まった傲慢が見られる。

 その性格から隠蔽能力において、致命的な欠陥が見られるため護衛任務等の正面戦闘が要求される任務への着任を強く薦める。




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「ふむ」


 コンジはパタリと報告書を閉じると、その表紙を指でなぞる。

 どれほど注目すべき個体がいようとも、一年目の、それも一期の報告書など誰も確認する筈も無い。


 上から見れば収穫前の野菜になど興味は無い。

 訓練の過程において不慮の事故で命を落とす個体は数限りなく、最終期に生き残る個体も、どの期かによって大きく上下する。



 最近は、量を維持する訓練過程へと変化しつつあったが、それもラカの存在によって里の在り方は揺らいでいる。


 理想は量と質、両方高いことだ。

 しかし、どちらかを取るとなればコンジが選ぶのは質の方だ。


 だからこそ、最高の素質を持つ個体を選んだし、当たり前だが最高の訓練を施しているつもりだ。


 しかし、それはコンジから見た『最高の訓練』であり、外から見れば違うのでは無いか。

 候補を取り揃えるにあたって、彼が着目したのは種族的な多様性を維持することだ。

 そうすることで、ある能力では劣っているがある能力では優っている、という状態を作りやすく、個体の自尊心を維持しながら欠点を補う向上心を促進しやすいと考えたからだ。


 同じように、教育においても多様性が必要なのでは無いだろうか。

 そう考えついた彼は、里の上層部へととある申請を送ることにした。


 そこには訓練の一部を他の師範と交代して担当する、と言った旨が刻まれていた。

 彼が訓練の交換を希望した師範は、羅苛ラカ

 羅刹にして苛烈と呼ばれる男だった。



 彼がこの決断をしたのは別の理由もある。

 子供達の教育の一部を担当していた三人目の師範、エイセキの不祥事だ。事件は未遂に終わったものの純人族主義の派閥は、いなくなった枠に再び別の師範を据えて来るだろう。

 

 組織全体は純人族主義から他種族主義へと意識が移り変わる最中にある。意識の変革パラダイムシフトには多くの血が流れると、彼は予期していた。

 それまでにある程度はものにしたい、それが彼が教育を急ぐ理由だった。

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