第38話『格付ける』
筋肉の仙器化、いや『躰篭化』により俺の順位は四位から三位の間をさまようようになった。トラには及ばないものの、モンクともいい勝負をするようになり、五位より下に落ちることが無くなった。
直近の壁である、トラとモンクの二人はそれぞれ違う種類の強さを持っている。
トラの身体能力には以前から脅威を感じていたが、彼の優れた点はその身体能力を殺さない気術の能力にあるように思える。
獣人族は大抵気の扱いが苦手だ。
俺がそうでないのはおそらく半分混ざった花精族の血の影響だろう。
もしかするとトラも俺と同じように気の扱いを得意とする種族とのハーフなのかもしれない。
その上に俺が肉体を仙器化しても及ばない速度だ。
彼だけ俺とは違う時間を生きているようにさえ思える。
一方モンクの強さは巧い、と表現したくなる類のものだった。
身体能力は元の俺と同等のものだったが、気の制御が唸る程に速く、上手い。
俺も戦闘の際には気を集中させる【集気】によって強化する部分を狭めることがあるのだが、これをするには少し意識を割く必要がある。
意識をして気が集束するまでにはタイムラグが存在するのだが、彼はそれが異様に短いのだ。
そのため彼は近接戦闘において【集気】を使用することで彼の持ちうる力以上の能力を発揮する。
そして、アクロバティックな動きを好んでするため、間近だとよく姿を見逃すことがある。
幸い、俺には視覚以外の探知手段が豊富にあるので完全に不意を突かれる事はそうそう無いが、他の子供達がモンクに勝てないでいるのは、こういった理由だろう。
彼の欠点を上げるならば、このような狂った環境にいて人が良いという事だろう。悪く言えば、彼は甘い。
彼が何らかの頼み事を引き受けているのをよく見る。
ただ、利用される事はあっても彼が舐められる事は無い。彼が強いからだ。
トラもモンクも、そして竜人娘も、この環境においては一定の尊敬か畏怖を集めている。
特に竜人娘については密かに妹を自称する子供が増えている事を知っている。その発信源であるだろう羽虫女を、俺は頭に浮かべた。
トラは以前から派閥を形成していたが、モンクに関しては彼の気性のせいかトラがよく彼へと絡んでいるせいで、モンクは半分彼の派閥の扱いを受けている。
トラと竜人娘。この二人の派閥が子供達の中には存在しているが、実はもう一つ派閥があることを最近知った。
それが人族派閥だ。
これは他の二つと違って特定の誰かが祭り上げられている訳ではなく、人族の血が濃い者が何となく属している派閥だ。
種族的な特徴の少ない者達が妙に集まっているな、と思っていたらそういう派閥ができていたらしい。
ただ、これは勘だが、人族派閥はシスターの存在が影響しているように思える。
なぜならば、『生存訓練』の際に俺達を襲った者の多くが、この派閥に所属していたためだ。
とりあえず、彼らへの警戒は怠らない事にした。
ちなみに順位は一応4位の俺はというと、実力がついてからは時折視線を感じていたが、途中から意図的に避けられるようになった。
代わりというように、熱烈な嫉妬と嫌悪の感情を感じ取るようになった。
これには俺も妹派閥の陰謀を疑わざるを得ない。
また、虎の派閥の男には隠れキリシタンのように竜人娘のファンの集まりが存在している。集まり、という呼び方は派閥というには小規模であるためにそう評した。
彼らの行動は、彼女を遠くから見つめるだけだ。実に気持ちが悪い。
トラは相変わらず竜人娘に向けて敵意を向けており、派閥の者には彼女との接触を禁じている。
代わりというように、俺に絡んで来るようになったが、その度に彼らの結束を引き裂くような情報を流し込むようにしている。
『〇〇はお前を嫌っている』とかそんな感じのたわいもない言葉だ。
ちなみにそこで投下する言葉は七割がたが真実である。
これが面白いくらいに効く。
感情を見る能力は悪用するとこれ程までの威力を持つのかと驚いた。
草葉の陰から俺を見守ってくれているであろう花精族の少女はこれを悪用していたに違いない。
俺は理性的な生き物なので、自己防衛という建前が無いと対心爆弾を投下することができない。
そんなことばかりしていたので、俺はトラの子分たちには蛇蝎の如く嫌われていた。
「おっす」
「……オグ」
俺が夕飯を摂っていると初めに同室だった鬼人族の少年が現れた。
今、彼はオグと子供達の中では呼ばれているらしく、俺もそれに習った。俺から彼の名を呼んだのは初めてなので、彼は少し驚いたように目を見開くが、直ぐに表情を取り繕って俺の正面に座る。
オグの正面の皿には、俺の皿には無い肉が盛り付けられていた。
確か彼は今日の『戦闘訓練』で優等を取っていた。
今日のは模擬戦では無く、ひたすら重い物を持ち上げさせられる内容だった。
確かに彼は、肉体の出力では周囲から抜きん出ている。
「おまえは、食わなかいのか、肉?」
「昨日摂ったばかりだからな」
俺も彼と同様に優等を取っていた。
最近の訓練はハードになった代わりに、食事を豪華にするチャンスが最上位以外にも渡って来るようになった。
成長のためには、毎日肉が欲しいところだが、それが無理ならなるべく日によって偏りが出ないように、俺は今日のようにコインを保存することがあった。
「それで、話は?あるんだろ?」
「もしかして聞いてたのか」
「いや」
彼がこうやって俺に話をして来る時は大抵、何らかのお願いをして来る時が多い。
それに彼の表情からは罪悪感が見て取れる。面倒なものなら断ろう。
「……部屋割りを変えたいんだよ」
「そういうのか……」
彼はトラの派閥の人間だったので、俺に対して自重を求めて来るものと思っていたが、別口からの交渉のようだ。
近くの席からこちらを伺う自称妹たちの嫌悪が強くなる。
どうやら、オグは俺との橋渡しのような役割を背負っているらしい。
そこまでして俺と話をしたくないのか、とウンザリしながら考えこむ。
「う、ん……」
断った場合と、断らなかった場合の行く先を予測する。
了承した場合は、俺は一人部屋を手に入れ、平穏に過ごす。
拒否した場合は、部屋はそのままで、敵が増え、俺は毎日何らかの嫌がらせを受けたり、リンチのような行為に遭うだろう。
目的は死なないこと、死なないくらいに強くなること。
俺は指針を確認し直したことで、答えを定めた。
「無理、だよ」
笑顔で告げれば、妹達の背中が殺気立つ。
「どうしてだよ?前は嫌がってただろ?」
「今も凄く嫌だけど、俺より弱い奴のために移動するのはもっと面倒だからね。もしも……」
「おい、おい。もうやめろって」
彼女達の視線を気にするようにオグが俺の口を抑えようとするが、俺は彼を手で制して、悪戯っぽく口角を上げる。
彼は怪訝そうにしながら、椅子に座り直す。
「……もしも、個人でも集団でも、正面からでも不意打ちでも、俺に勝てるっていうなら代わってあげてもいいけど」
俺がそう挑発すると同時にガタン、と周囲の子供達が立ち上がる。
あ、意外と多い。
その中でも戦闘を得意とする、獣人の少女が拳をこちらに見せて来る。
「運動場でぶちのめしてやる。まさか逃げるなんてしないよね
。ネチネチ?」
「ルールは?君が決めて良いよ」
「……ッ」
その言葉を『どんなルールでも俺の方が強い』という自信と受け取った少女は歯を食いしばる。
「武器はなし、素手だけ。それでどう?」
「いいよ。それで」
俺達が勝負するとなれば、結局それしか無い。
丁度俺も相手が欲しいと思っていたのだ。
躰篭の効果によって、頻繁に身体能力が変動するので、技を磨く前に肉体を慣らす必要がある。
そのためには、ひたすら一人でナイフを振るだけでは不十分だ。
そもそも、彼女をサンドバッグ扱いしていた者が今更掌を返すなど、白々しい。
どうせ彼女からの報復を受けたことで禊は済んだなどと勘違いしているのだろう。
彼女はどうでもいいと言うだろう。
俺もはっきり言ってどうでもいい。
しかし、サンドバッグにするなら、無実の者よりも罪がある方が『断罪』するにも心は痛まないからな。
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第38話『格付ける』
精神攻撃が『たたかう』と『どうぐ』の間の基本コマンドにある主人公。
ちなみに、思春期になると
『〇〇がお前のこと好きだって』
を虚実織り交ぜて吹き込むようになります。
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