第34話『回収』

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 次の日の朝。

 朝日が瞼から透けて目に届き、意識が目覚め始める。

 ぐぐ、と横になったまま伸びをすると、血流が頭に回って覚醒していく。


 眠気に抗って片目を開くと、新たに増えてしまった住人、ウェンの姿があった。


 彼女から放つ感情の色は強い嫉妬。


 プルプルと震えながら唇を噛んでいる。


「……あ"さから、物騒な顔をしないでくれ」


 起き抜け特有の喉の枯れを抑えながら、彼女に苦情を述べると、彼女は黙ったまま指を差す。


 ああ、これ。


「爬虫類の混ざった亜人は、体温を保つのが苦手なんだよ」


 そう言って竜人娘と固く絡め合っていた尻尾を解く。

 尻尾に外の空気が触れて一気に体が冷える。


 俺のような蛇人族は、人間としての哺乳類の特性と蛇としての爬虫類の特性を同時に併せ持っている代わりに、こう言った弊害がある。

 どうやら尻尾の部分は自分で発熱するのが苦手なようで、外気が冷えると直ぐに動きが鈍くなる。

 胴体の部分は人間であるため、尻尾と胴体とを繋ぐ血管から尻尾へ熱を送ることができるのだが、人族と比べて余計な部位を温める必要があるので寒さに弱い。


 だから動いていない間は熱を逃さないようにしていただけだ。


 竜人娘も寒さを苦手とするらしく、俺と彼女の利害が一致した結果だ。


「ずるいずるいずるいずるい」


 さらにウェンの嫉妬が濃くなり、憂鬱な気分に襲われる。


「あたしだけ、一人で、したで!ねたのに!」

「この小さなベッドに三人は入らないよ」


「あたしの方がお姉さまをあたためられる」

「……俺の方がまだ信用できるんだよ」


「あたしのどこがしんよーできないのよ!」


 ウェンは目が怖いのだ。竜人娘に話しかけている時は大抵目が血走っている。そして瞬きの回数が極端に少なくなる。まるで宗教にハマった親戚を見るような気持ちにさせられるのだ。


 微睡みの中で子供特有の甲高い声を間近で聞かされたせいで、酷く不機嫌な様子の竜人娘が片目を開ける。


 のそりと起き上がると、右手で額を抑えながらこちらに鋭い視線を向ける。俺はなんとなく彼女の不機嫌を察して、その場から離れる事にした。


「お姉さまぁ。あたしも、お姉さまの尻尾温めても、良いですかぁ?」

「だま”れ”!」

「はいっ!!」


 竜人娘の命令を聞いて、その場に座って嬉しそうに彼女を見つめ続けるウェン。

 その様子はまるで飼い主からのご褒美を楽しみにする犬のようだった。


「ヘッヘッヘッヘェ」


 友達から妹に変わったかと思えば、今度は犬。

 彼女の欲望への探究心に関心していると、竜人娘が猫のように背中を丸めて伸びをする。


 そうして、森での朝が始まる。




 ◆◆◆◆




 どうやら俺達以外の子供達は、別の場所に拠点を作り、初めと同じく集団生活を始めたらしい。

 しかし前とは違って罠の防壁が存在しないために、拠点には頻繁に〈狼〉が襲いかかるようになった。


 子供達も負けておらず、拠点を護るためにそのほとんどが戦闘に参加するようになった。

 以前の影梟による襲撃によって、自分が戦える存在であると自覚することができたのだろう。


〈狼〉の群れに追われた時に、わざと彼らの拠点の近くを通って押し付けて見たのだが、中々手際良く対処していた。


 もちろん〈狼〉をけしかけたのは、トラやモンクなどの戦闘に優れた子供がいないタイミングを狙った。

 特にトラは勘が良く、かなり遠くから見ているだけでもこちらに気づくし、モンクは気の探知によって俺の位置をどうやら把握していたりする。

 気を完全にゼロにしなければ彼の感知から逃れる事は無理だろう。


 そして彼らの中に加わった人族の少女も油断ならない相手だった。

 全体の能力としては器用貧乏という評価が付く彼女だが、種族の特性ではなく確かな技術と知識を使って、俺の痕跡を探り当てていた。


 コンジ、『戦闘訓練』の師範の正統な下位互換といった印象を受けた。




 ◆◆◆◆




「お姉さま、となりにすわっても、良い?」

「だまれ」


 太めに作った竹の串に肉を刺して焼く。

 相変わらずウェンの目は血走っているし、竜人娘の態度はつれない。


 俺は彼女達に隠れて、鱗の仙器化を進めながらも、見える場所ではモンクの仙器化技術を真似ようと四苦八苦していた。


 例の『発火』のナイフは三重の仙器化によって成り立っていると考えている。『保温』『発熱』そして『条件変化』。

 わざわざ『条件変化』が間に挟まる理由を考えていたが、いくつかの仮説が浮かんだ。


 一つ目は付与したモンクの力量により、『保温』『発熱』の二つを同時に付与することができず、『条件変化』を使うことで擬似的に二つの効果を付与した、という説。


 これが正しいならば、彼はまず『条件変化』を付与し、その後に『保温』『発熱』を一つずつ追加で付与したことになる。


 二つ目は同時の付与はできるが、違う効果を同時に発揮する仙器化は性能が落ちるために、一つずつしか効果が現れないようにわざと『条件変化』を挟んだ、という説。


 これが正しいなら、彼は初めに『保温』『条件変化』を付与し、あとで『発熱』を付与した、というパターンも有りうることになる。



 これらの仮説を確かめるには、まずは『条件変化』を付与できるようにならないといけないが、中々これが上手く行かない。


 しかし『条件変化』単体では何の効果も無い仙器から何の効果も無い仙器へと変わるだけなので成功したかどうかが感覚から分からないのだ。そのために追加で効果を付与する必要があるのだが、仙器をさらに仙器化する、というのに苦戦していた。


 複数付与のために『条件変化』を身につける必要があり、『条件変化』の成功を確かめるのに複数付与を身につける必要がある、というデッドロック状態に陥った。

 そのためまずは別の技術から手を付けることにした。


 それが仙器化の偏りだ。


 彼のナイフの『発熱』は刃先にだけ効果が現れた。

 探知の情報からしても、刃先だけが仙器になっていることが分かった。

『部分付与』と心の中で呼称しているこの技術は、ある意味複数付与の抜け道となり得ると思っている。


 刃の表面だけに『切断強化』を付与した場合、他の部分は仙器となっているか、というとそうではなく、ただの鉄の器のままだ。


 という事はその部分に『頑強』を部分付与するのは、刃先への部分付与と同じ難易度でできることになる。


 実際は『頑強』の付与部分と『切断強化』の付与部分の間に何の付与もされていない隙間が出てくることになると思うが、身につけるのはこちらの方が簡単だろう。


 尻尾への付与を一度中断するか考えたが、現時点で『硬化』以外に付与できる能力は浮かばないため、そのまま続けることにした。


 もし、もっと上等な付与ができるようになれば、その時は鱗を剥がせば良い、どうせ脱皮によって鱗は生え変わるのだから。


 俺は竹の串を一息で仙器化する。

 付与したのは『貫通強化』ではなく『切断強化』だ。


 仙器となった串の側面で指を滑らせるが、傷は付かない。

 これはおそらく、串の側面がナイフのように鋭くないため、元々ゼロの切断力をどれだけ強化してもゼロのまま、という解釈がしっくり来るように思える。


 しかし、それはよくよく考えるとおかしいのだ。

 この串の側面でも、力尽くでやれば紙一枚は切れるだろうし、切断とは無縁に見える水だって圧力をかければ鉄板を破れる。


 切断力をゼロと規定しているのは、おそらく俺自身なのだ。


 今、手に持っている串を俺は勝手に『刺すためのもの』と認識している。だからこそ切断力が向上した状態をイメージできずに、結果俺がゼロと判断した切断力をそのままにする仙器化をしている。


 つまり『何も強化しない』を串に付与した。


 ナイフには本来発熱する作用は無いにも関わらず、『発熱』が付与できたのはそのイメージの違いなのだろう。


 これもまた、柔軟な子供だからの発想だ。



「……」


 そこで、串を背後に放り投げて空気が変わっているのに気づいた。


 目の前の二人はまだ気づいていない。


 俺の中の温度感情花精も反応していないが、気の探知も同じように何も捉えていない。俺は鞘から抜いたナイフを点検するように見せかける。


 しかし、三つを合わせれば不自然に穴となった空間が存在することに気づいた。背後に三歩の距離……二歩……今!


「シィッ!」

「……」


 振り返りながらの切り払いは、腕を抑えて止められる。

 黒ずくめの男、おそらく里の人間だ。


「ぁ」


 瞬時に顎に往復で二撃。

 頭が揺らされて体が言うことを聞かなくなる。

 勝手に力が抜けて膝がストンと地面に落ちる。




『ガアアアアアアアああアアアああアア』


 暗くなる視界の隅で、聞き覚えのある咆哮が響いた。



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 第34話『回収』




 ◆ Tip:【デッドロックの分かりやすい解説】 ◆

 サウナで

 A「こいつが出たら、俺も出よう」

 B「こいつが出たら、俺も出よう」


 ↑こんな状態。

 文中での使い方だと、デッドロックよりも循環参照の方が近いですね。

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