第28話『転』

 森の中に〈狼〉が増えてきた。

 以前に見たものと同じく風を纏うタイプの〈狼〉が一番多く、次いで雷をまとったり、筋肉ダルマな〈狼〉も見かけたが、影を操る影狼はあれ一匹だった。

 明らかに元からいたとは思えないほどの密度だ。


 にも関わらず俺が竜人娘に頼らずに対処できているのは、彼らが集団で行動していることが少ないからだ。

 おそらく、彼らは元いた群れから離されてこの場に強引に放たれている。

 師範達の仕業であることは想像に難く無い。


 そして、〈狼〉達の特殊能力はやはり個体によって幅が大きい。

 同じ風を操るタイプでも、加速の際に風で後押しするものや、トップスピードでの風の抵抗を打ち消すものなど、細かな扱い方が違った。


 それらよりも厄介だったのは、以外なことに俺よりも小さな魚に過ぎない〈鮭〉だった。

 以前に遭遇したのは水を噴射して加速を得る〈鮭〉だったが、その時は雷を纏っていた。いつものように水面で気配を消して立っていたら突然電撃を喰らってしまい、気を纏っていない無防備な肉体は簡単に麻痺して、そのまま溺れかけた。

 あの時は酷く焦った。



「ガウルルルルルゥ!!!」

「シィッ」


〈狼〉の癖に猪のように真っ直ぐに突っ込んでくるそれを、ヒラリとかわしながら刃先で表面をなぞる。

 相対するのは筋肉タイプの〈狼〉だ。

 これの厄介なところは躱す際に深く刃を入れようとすると、分厚い筋肉によってナイフを持っていかれてしまうところだ。対処方法は刃先を浅く入れることだ。


 必然的に、こいつらとの戦いは持久戦になる。

 だが、彼らの筋肉も持久戦には向かないので、最後はヘロヘロのところに脳天への一撃を加えて終わることが多い。


 目の前の〈狼〉からもが見える。

 無事に目覚めた花精族の特性は人間以外にも有効だった。

 使えるようになって気づいたが、俺は無意識にこの特性を使っているようだった。その最たるところが竜人娘に対してである。が彼女の心情を察するのが妙に上手かったのも、この特性のお陰だったようである。


 特性の獲得に貢献した花精族の少女には感謝しなければならない。

 五体満足とはいかなかったが、あと一体というところで目覚めることができたのは、彼女にとって不幸中の幸いだろう。


 俺は現実から目を背けながら、動きの鈍った〈狼〉の眼球に竹の針を突き刺す。


 同時にサンダルの裏で針を押し込むと、〈狼〉はビクンと身を跳ねさせて崩れ落ちた。


 あれから、子供達から襲撃や偵察が行われることは減っていた。

 おそらく警戒はしているだろうが、こちらからは何もアクションは無い上に〈狼〉の数が増えてきたせいでそれどころでは無いのだろう。


〈狼〉が増えてきた弊害の一つに、〈兎〉の数が減ってきたことが挙げられる。

 俺たちの食卓には〈兎〉が出てくる頻度が減って、代わりに〈狼〉の数が増えた。


 狼・兎間の交換レートは狼安に傾いたことで、〈兎〉よりも〈狼〉を仕留めるのが得意な竜人娘は少し不満そうだった。特性による向き不向きにより俺は兎を見つけるのが得意だったので、食卓パワーバランスは俺のほうに傾いた。

 

 筋肉狼を引きずって持って帰ろうとしたところで、遠巻きに風狼がこちらを見ているのが分かる。

 数日前から風狼が俺を監視しているのに気づいた。


 風狼は俺に襲いかかるわけでもなく、隙を見せても攻撃してくることは無い。

 しかし、こちらが追いかけるような素振りを見せれば、能力を活かして瞬時に撤退する。

 そして、俺を監視する風狼は一匹では無く、日替わりで監視を行っている。


 つまり、彼らは組織だって動いているのだ。

 この辺りで〈狼〉を率いる個体など俺は一匹を除いて知らない。

 間違いなく影狼が彼らを動かしている。それも、大人が新たに追加した〈狼〉を群れに吸収して。


 今夜は新月、月の昇らない夜だ。以前のように月明かりによって逃れるなんて幸運は巡って来ない。

 影狼が襲撃してくるとしたら、今日だろう。




 ◆◆◆◆




 恵まれた巨躯と、それに反した敏捷性、そして人間の器用さ。

 物理的なアドバンテージをこれでもかと注ぎ込んだような虎人族の少年、トラは仲間を率いて森の中を歩いていた。


 実際に先頭を歩いているのは土精族のチビだ。

 森の中には拠点周囲程では無いが罠が散りばめられている。それらを一切のミスなく発見できると、トラが信用しているのは彼だけだった。


 そして、『操気訓練』において優等を取り続ける、森人族エルフのモンク。

 トラほどでは無いが、体格に似合わず力に優れる、鬼人族のオグ。


 最後の一人は、特徴を持たない人族の少女、エンだった。

 彼女は身体能力も、技術においても平均程度だが、代わりに目端が効く。


 特化していないが、不得意なことも無い。

 そんな彼女は戦いにおいては遊撃を担当し、それ以外においては雑用を担当している。中庸な性質を持つ人族らしい立ち位置を担当していた。


 虎人族のトラ。

 土精族のチビ。

 森人族エルフのモンク。

 鬼人族のオグ。

 人族のエン。


 この五人がトラが選んだ精鋭パーティだった。

 RPGゲームであれば、全員盗賊シーフというアンバランスという言葉では収まらない程に偏ったパーティだが、能力値だけで考えればバランスは取れていると言える。


「……トラ、くるぞ」

「かまえろ」


「グルゥ」


 茂みの中からヌッと現れたのは、筋肉狼。ここ数日で何度も見かけたタイプだ。

 肥大化した体躯は酷く威圧的であるにも関わらず、彼らはそれを見た瞬間に警戒を一段階下げる。


 なぜならば、筋肉狼相手にはトラが相性が良いからだ。

 トラが彼らよりも一歩前に出ながら、ナイフを鞘に戻す。


「ハハ、カモが来たな。オレが止める!」

「ガアアアア!!」


 筋肉狼が加速を加えた突進をトラは肩からぶつかり受け止める。

 一人と一匹は肩で肩を押し合いながらその場で留まる。


 不思議な事に筋肉狼はこの状態で噛み付いてくる事は無い。

 そして、彼らは自分の力に自信があるのかタックルでの組み合いを止めることも無い。脳まで筋肉に侵された〈狼〉は退くことを知らないのだろうと彼らは勝手に思っている。


 そして、組み合っているところに森人族エルフのモンクが延髄へと、刃先を突き込んだ。僅かに発光する彼のナイフは筋肉の防壁を簡単に突破して首の神経を絶った。


「ガウッ!……ゥ」


 筋肉狼は、話が違うとばかりに一度吠えた後に小さく呻いて倒れた。


「フン、デカ狼はチョロいな。チビ、エン、それの肉を取れ」

「わかった」

「了解」


「オグ。お前は仕事してねぇから、運ぶぐらいはしろよ?」

「あぁ、わかってる」


 トラは彼らの返事を聞いて頷くと、モンクの持つナイフへと一瞬目を向けた。

 彼の仙器化の技量は、他の子供達を圧倒している。


 子供達が一時間近くかけて成功率が五分の付与を、彼は一息に行うことができる。そんな彼が本気で行った付与が一体どんなものであるか、問いかけられたモンクは曖昧にはぐらかしている。


 もちろん、それが発光するだけでは無いと想像は付く。


 仲間であるなら問い詰める必要はないと思うが、トラの下位互換であるオグや、直接的な戦闘を得意としないチビと違い、モンクは気術においてトラよりも明確に上だ。『戦闘訓練』においても勝ちはするが負けることもある。


 それはモンクがトラを殺しうる可能性があるということ。

 トラは密かにモンクを警戒していた。



 肉を背負ったトラ達が子供達の元へと凱旋する。

 現在の状況では、〈狼〉を相手にできる子供だけが外に出ることができる。

 彼らに見つからないように木の実を摘んで帰ってくるくらいなら出来るものもいるが、〈狼〉を相手に不意打ちならともかく正面戦闘の危険を冒すのは難しく、拠点から出る子供の数は減っていた。


「帰ったぞ」


「さすがトラだ。今日も大物だ!」

「すげー」


 拠点にいる全ての子供がトラへ向かって好意的な視線を向ける。

 それが彼の自尊心を満たす。


 ハグレ者が出て行ったことで、実力、カリスマ共に彼はこの場で頂点となった。


 今はトラを持ち上げる彼らも、トラが一つでもしくじればきっと彼らは見向きもしなくなる。


 それでも良い。この瞬間、自身が王である事に代わりは無いから。

 トラ達精鋭チームは、他の子供達よりも一段高い場所で〈狼〉の中でも柔らかい肉を食べた。


「おい、そこの」

「わ、わたし?」


 トラが顎で指名したのは容姿に優れた風精族の少女。

 儚げな見た目は庇護欲をそそる。


「なんか踊れよ」

「……わ、わかった」


 トラの無茶振りにも彼らは逆らう事はしない。

 彼は彼女が見せる拙い踊りを、手を叩いて笑った。



 そして、その日の夜。彼らの拠点は炎に包まれた。



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第28話『転』

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