第25話『星回る』

『生存訓練』2日目

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「痛ッ」


 次の日、俺は地面の石をひっくり返していた。直径が膝から地面までの長さ程はある円盤状の岩と石の中間サイズのものをコロコロと転がしながら、新拠点まで運ぶ。


 体を捻るような動作をすると激痛が走るので、老人のようにゆっくりと転がしていく。


 この石は鉄板のように間接的に熱して肉を焼くためのものだ。

 今日は狩りには行けそうに無いので、代わりに生活の質を向上させるアイテムを用意する事にしたのだ。


 俺は今朝の光景を思い出す。




『……なんで、わたしのまえに出た』

『すまない』


 ダンッ、と俺の顔の横を殴り付ける。


『あやまれなんて、わたしは言ってない』


 内に秘めた激情を感じさせる金の瞳が、視線を逸らす事すら許さない。

 拳を当てなかったのは怪我人への慈悲だったのだろう。


『俺にとって必要なことだったからだ。情けを掛けたつもりは無い』

『……』


 彼女の纏う怒りの色が少し薄くなる。


『俺は俺の目的の為にお前を利用しただけだ。貸しも、借りも無い』


 強いて言うならば彼女がそれを許すか、それだけだ。

 睨むような、それでいて俺の言葉の真偽を確かめるような眼光が鼻先まで迫る。



『なまいき』


 竜人娘は牙を剥いて攻撃的に嗤った。




 ——と、まあそう言う一幕があったのだ。

 彼女にとっては、他者の慈悲を受けることは敵対と同等に許しがたいこと。

 だからこそあれだけの剣幕を俺に見せたのだ。


 それに対して俺が言ったことも真実だ。

 彼女には毒が通じない。あの毒を喰らったところで戦闘には影響は無かったのだろう。

 それに師範にあれだけ叩きのめされてきた彼女ならば腹に穴が空いたとしても彼らに勝利出来たに違いない。


 だがそうだとしても、俺が庇わなければならない理由があった。



「んく、んく……ぷはぁ」


 そこの塞がった筒から水を飲む。

 サバイバルにおいて重要な要素である水。

 実は子供達は早い時点でこれを克服している。


 というのも、この森には竹のような植物があるのだが、それの節の中には直接飲むことのできる水が溜まっているのだ。


 子供達はこれを使って水分を補っていた。



 俺は水を溜め込む性質よりも、竹のような形をしていることに興味を持った。


 まず、長めに切った竹を半分に割る。

 そしてさらに半分に、そのまた半分に割って最終的に8等分に割る。

 すると、緩やかに曲がった板が8枚できる。

 ついでにこの8枚の竹の板の節をナイフで削り落としておく。


 竹の外側の部分を上に向けて横に並べる。

 この時、隣り合う竹は上下を逆にすることで全体として綺麗な長方形の形にできる。


 そして、この板を竹を細く割いて作った紐で固定すると、遠目から見れば幅の広いすだれのような形になる。


 これをさらに多くの竹を使って繰り返せば、簡易ベッドの完成だ。


 直接地面に寝るのは虫に刺される可能性があって気になっていたのだ。これだけだと硬くて寝れないと思うので適度に枯れ草を敷いてクッションにした。

 遠目から見れば鳥の巣のようだ。


 もっと凝るとしたら、細く割いた竹を編む、なんてことも出来るだろうが徒労になりそう、それは時間がある時に回そう。



 少し近くを探索して気づいたが、初めに拠点にしていた場所の周囲以外にも師範達が仕掛けたらしき罠が点在していた。

 流石にあれほどの密度では無いが、油断していたら思わず引っかかってしまいそうな、嫌らしい配置のものがいくつかあった。


 俺はそれを解除してワイヤーと、矢を手に入れた。


 初期地点に夥しい量の罠が配置されていたのは、師範達による嫌がらせかと思っていたが、今覚えばあれは師範による手助けだったのだと分かる。


 あれは中のものを閉じ込めるものではなく、外敵への防護だったのだろう。

 そもそも罠というのは不意に存在することに意味がある。

 あれほどの密度で存在していては、相手は油断などするわけもなく、罠の特性を活かす事ができない。

 ましてや設置された罠は子供達の既知のものだ。


 つまり、あの時の最適解は罠を出入りの最小限だけ解除しておくことだろう。残りはそのままにしておくべきだった。



 あの罠のバリケードの有り難さはそれを失った今だからこそ分かる。あれ程の密度では無理だろうが、せめて襲撃者の方向を制限できるくらいには欲しい。


 ……いや、罠である必要は無いか。ワイヤーに鳴子を繋げて触れば音が鳴るようにしてもいいな。竹を使えば鳴子も作れる。


「うぅむ……」


 全ては生存のためにしていることなのだが、次々とアイデアが浮かんできて楽しくもある。もしかすると俺は物づくりが好きだったのかもしれない。


「片っ端から試していくか」




 ◆◆◆◆




 新拠点を覆い隠すために、木の空洞を隠すように刈り取って来た茂みを配置していると、カラカラと鳴子が作動した音が響く。


「む」

「ん……おふぁえり」


〈兎〉を持って戻って来た彼女を、ムシャムシャと草を喰みながら出迎える。鳴子を設置した理由は察したようで、ワイヤーを踏み千切ることなく素直に内側へ入って来た。


 拠点の様子を見て、彼女が少し戸惑っているのが分かる。


 それもそうだろう。

 既に焚き火は準備され、石で組んだかまどの上では竹のコップに入れた水が煮立っている。

 背後では拙いながらも雑魚寝よりは遥かにマシな竹の寝床。


 衣食住の内、食と住の膝を上げることができたのだ。


「〈それ〉も俺が解体しよう」

「む」


 彼女が情報を処理している間に〈兎〉を受け取ると、素早く処理していく。〈兎〉の解体は二度目なので前よりは手慣れている。

 皮をなめすためには特殊な液体が必要、という知識しか無いので活用することは出来ない。内臓と同じく捨てるしかない。



 薄く削ぎ落とした〈兎〉の肉を焚き火の上で熱した石の上で焼く。

 水分が蒸発して白い煙と共に美味しそうな匂いが漂ってくる。


 態々石の上で焼いているのは、焚き火の光が上に届かないようにするためだったが、こうしてみると焼肉を連想して余計に美味しそうに見える。


 焼き上がった〈兎〉の肉を、竹を半分にした器へと放り込んで彼女へ渡す。ついでに、フォークのように先を尖らせた食器も添える。


「む」


 彼女は飲み込むように次々と肉を放り込む。

 生でも肉を食べる彼女だが、やはり調理されている方が良いのだろう。


 彼女が獲った肉を俺が食べているのを見ても眉を歪めて今にも殺しそうな眼で睨むだけで黙認している。

 きっと俺の料理の腕に感心したのだろう。俺は〈兎〉の処理と食器や料理の対価としてきっちり半分の肉を平らげた。……文句は言わせない。


 俺は、処理の際に余った肉を煮立てた水の中に放り込んで出汁を取る。

 ついでに比較的食べれる味の葉っぱを入れてスープを作った。

 火から引き上げて、触れる程度の温度になったところで彼女に手渡した。


「はい」

「む」


 戸惑ったような顔でそれを受け取る。

 味、という点では大人からあたられる食事からは一段劣るが、森の中で作ったと考えれば上等だろう。


 栄養を考えれば、純粋なエネルギー源となる炭水化物が欲しいな。


「調理したものの方が良いだろ?」

「む」


 ……さっきから『む』しか言ってないな。

 まあ、彼女も調理に一定の価値を認めているようなので俺の目的は果たされただろう。

 これで、怪我した状態でも足手纏いにはならない。




 ◆◆◆◆




 パチパチと木の弾ける音だけが響く。

 彼女は少し離れた所で、瞑想をしている。

 しかし、いつもと違って莫大な気を撒き散らすことはしない。〈獣〉を引き寄せないようにするためだろう。


 俺は焚き火の灯りを頼りに、ナイフで手元の竹を薄く削っている。

 

 削りカスを息で弱く吹き飛ばす。

 時折火に翳して、形を確かめる。


 心地の良い沈黙がこの場を支配する。


 人間としての本能か、揺らめく火を見ていると、心が落ち着く。

 

 彼女も同じなのか、穏やかな表情で炎の弾ける音に身を任せている。



「……ほう」


 焚き火の熱で火照った顔を冷やすように、顔を上げると月が不在の空に満天の星空が視界に飛び込んできた。


 死の確定された残酷な世界と釣り合うように用意された、唯一の褒美と言われても納得ができる程に、綺麗だ。



 きっと前世でも感じたことのないような感動を覚える。


 頭の冷静な部分が、『あちらと違って街の光が無いからはっきりと星が見えているんだろう』と分析した。理由なんて、どうでも良い。

 今はただこれを目に焼き付けていたい。


 人の記憶は曖昧で脆弱だ。

 世界を跨ぐ程度で真っ白になってしまう程に儚い。


 それでも、もう一度死んでもこの瞬間のことを忘れることは出来ない。


 そう、確信した。


 気づけば、彼女も空を見上げていた。




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 第25話『星回る』




 久しくキャンプには行っていませんが、バーベキューや散策よりも焚き火を囲む時間が好きです。

 ゆったりとした時間が流れていて穏やかな気分になります。

 この感覚をどう表現するか調べたら『沖融ちゅうゆうたる気分』と表現するようです。

 海の波にプカプカと揺れる情景が浮かんで、的を射た表現だなと思いました。

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