第24話『毒』
竜人娘を襲撃したのは、7人。
一人は蛇人族の娘、そして他も彼女と同室の少女や、仲の良かった少年達だった。
「ヒエダ!!」
首から血を長して倒れた少女の姿を見て、襲撃者の少年は彼女の名前らしきものを叫んだ。
そして、復讐の怒りを込めて、身に纏う気の量をさらに増やす。
しかし、完全に覚醒した彼女の前には及ばない、時間が経つ毎に一人、また一人と攻撃を受けて動きが鈍る。
彼女はナイフを持っていなかった。おそらく襲撃の前に誰かがこっそりと盗んでいたのだろう。そのため、彼女の反撃は致命傷とはならず、襲撃者は中々減らない。
腹に刺さったナイフの刃の側面に指を触れると、ヌルリとした感触が返ってくる。
明らかに自分の血液とは違う、薄緑の液体が刃から滴っている。それを自覚した途端に痛みが増してくる。
「あ、ぐ……ぅ」
「ネチネチは動けない。毒が効いてきたぞ」
「っ!!」
襲撃者の言葉に、竜人娘が反応した……反応、してしまった。
彼らは、彼女にとって俺が単なる肉壁ではないことを見抜いた。数人の視線がこちらに向かう。
俺も応戦しようと、ナイフを構えるが、気の力が暴れて制御出来なくなっている。
注入された毒は恐らく気に作用するものか。
ならばその副作用は臓器へのダメージが予想される。
確かに彼女に毒が効くならば、竜人の強みである気の力を削ぐ物が最も効果的だろう。
腹に刃物が刺さり、加えて気による補助も出来なくなり、再び地面に膝を付く。
襲撃者はこちらへと走ってくる。
彼らが振り上げたナイフの刃に、反射した俺の顔が映ったその瞬間、衝撃波が俺たちを襲った。
「■■ア"■ァ"———ッッ■ッ!!!!」
これまでも竜人娘の特技にして厄介な武器だった咆哮、それがさらに強化されて、物理的な衝撃を伴って襲撃者を攻撃する。
鼓膜が破れるのはもちろんのこと、その場で意識を失い、耳から血を垂れ流す者もいた。
それでもまだ無事な者が居た。
……というか、更に加勢して咆哮を放つ前と変わらない数に戻ってしまった。
それに他の子供達を叩き起こす結果となった。彼らが味方になると安直に思うことは出来なかった。
ほとんどの子供達にとって彼女は元サンドバッグであり、同時にいつ復讐されるか怯える存在であったからだ。襲撃するつもりは無かったがこの機に乗じて俺たちを攻撃してくる確率の方が高い。
それを予期した彼女は、今度こそ追い詰めようとする襲撃者らよりも先に、彼女は俺の首根っこを掴み上げると、俺と彼女で罠を解除した小道を通って森に出た。
彼らは追ってくる事ができない。
俺たちがここで作業している光景を見ていなかった彼らは、全ての罠が解除されている確信を持てなかったのだ。
「……」
竜人娘は木の上に飛び乗ったところで、襟を掴み上げる体勢から小脇に持ち替えられてから、更に隣の木へ飛び移る。
俺は、咆哮の影響で三半規管がおかしくなったままだが、森の中の景色に目を凝らす。
ここで昼間に周囲の地形を探索していたことが活きてくる。
「あっち…だ」
彼女に分かるように指差す。
彼女は舌打ちをして俺の示した方向へと走る。
直ぐに目的の場所に辿り着いた。
鬱蒼と茂る森の中に、一際大きな一本の木が生えていた。
根元には大きな、かまくら程の大きさの空洞があり、臨時の拠点としても使えそうだと目星をつけていた場所だった。
それに元の拠点からは十分な距離もある。
竜人娘は俺の体を抱えたまま、空洞へと身を隠す。
襲撃の心配は無くなったが、依然俺の腹には穴が開いたままだ。
「ふぅ……ふぅ……」
「ヘビもどき」
彼女は俺の傷を見て難しい表情を浮かべている。
その顔は見たことが無いな、などと呑気な感想を俺が思い浮かべる。
「ヘビもどき……」
彼女はペタペタと傷口を見たり、触ったりしながら視線を彷徨わせる。
なぜ、蛇人族の少女が毒を持っていたか、犯人は考えるまでも無く一人だと、俺は知っている。
塗られた毒がどのような性質のものかは知っている。
気の力を昂らせる代わりに、内臓に重大なダメージを与える。
過剰摂取すると、気の操作を誤り、そして内側から死ぬことになる。
口からの摂取であれば吸収を抑える性質のある薬物を同時に摂取することで異常を抑えることができる。
この毒と対になる効果を示す毒草は、元拠点の位置に置いたままになっている。これが一番不味かった。
死のカウントダウンが始まったのを感じる。
空転しそうになった思考を、傷口に伸ばされた小さな手を握って、押し留める。
「……ハァ……ハァ……っ」
冷や汗が溢れ出してきた。
全部を思い出せ。
これまでの、全てを、細部まで。
走馬灯のように記憶の波が押し寄せる。
祭壇の景色、初めて見た空、森、そして人。
彼らとの会話の隅々まで。
『前にお渡しした鱗で、どのような薬を作ったのですか?』
それはシスターとの会話だ。
竜人娘が脱皮によって落とした鱗について俺が問いかけた時のものだ。確か俺の問いに彼女はこう答えていた。
『あの後に調べたら、薬には鱗よりも血液の方が向いているようです』
『そうかなあ。いやあ、でも今も
これは、同室だった鬼人族との会話だ。
結局、彼女は本当に死ぬ直前まで大人達に反抗していた。
——部屋の中が少し変なにおいがする、気がする。
自省部屋ではおそらく子供に幻覚を見せるために薬物を含んだガスが流し込まれていた。
にも関わらず、なぜ彼女には通用しなかったのか。
「……血、だ」
「?」
「おま、えの、ちが…くすりに、なる」
確信は無い。
しかし、これまでの記憶は彼女の血液に解毒作用があると判断した。
「ッ……」
それを聞いた彼女は、ナイフで掌に一の字に傷を付けると、傷をつけた拳を腹の傷の上で握りしめて、血を滴らせる。
「うぅ……クッ」
生暖かい液体が、傷口に触れて激痛が走る。
血液型とか大丈夫だろうか。そもそもこの世界に血液型なんて概念はあるんだろうか。などと、益体も無いことを考えながら痛みに耐え続ける。
「ヘビもどき……口をあけろ」
「…ん、ぁ」
再び竜人娘の掌から絞り出された血液が、俺の口の中に落ちる。
果たして外傷に対して口から摂取して効果があるのか分からないが、今は藁にもすがる思いだ。
数滴の血を無理やり嚥下して体に取り込んだ。
◆◆◆◆
「……」
暑さに目が覚めた。
腹部の痛みは今も残っているが、妙な冷や汗と霞んでいた視界は元に戻っていた。
死の感覚も今は遠のいているのが分かると途端に安堵が込み上げてくる。
「……ふぅ」
死にたくは無い。
死にたくは無いが、ここにいる限りはきっと何度もこのような目に遭うだろう。そして、ここの外でも危険はある。
子供でも化け物のような力を持つ者がいるのだ。
ならば大人では災害と等しい力を持つ者も現れるだろう。
だから、まだ、俺はここに留まり続ける必要がある。
殺されないために、誰よりも人を殺す術を身につけてやる。
「ん……んん」
寝苦しさの原因が、耳元で唸り声を上げる。
俺の肩に顎を乗せてグリグリと刺激してくるのが地味に痛い。
銀色の髪は毛皮のように細く、柔らかい。
暖かさと相まって犬を連想してしまった。
痛みに耐えている間に握りあっていた掌は、ずっとそのままだったのか、しっとりと汗で湿っていた。
その上で彼女の尻尾はいつも彼女が寝る時のように俺たちを囲っている。
目も覚める訳だ。
俺は涼もうとして、彼女から少し体を引き離すと、二人の間に冷気が入り込む。
予想を超える寒さに、思わず体を震わせる。
再び暖を求めて、彼女との距離をゼロに戻した。その拍子に足先が触れ合う。
「……」
一瞬、俺のでは無い尻尾にピクリと力が入るが、直ぐに脱力した。
そう感じたのは、きっと、微睡の中で見た幻覚に違いない。
俺は再び、心地良い寝苦しさに身を委ねた。
————————————————————
第24話『毒』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます