第23話『犠牲』
極細の鉄線は引きちぎり、トラバサミは踏み抜き、飛んでくる矢は叩き落とす。スペックの暴力によって地雷原を突破していく彼女の姿に俺は乾いた笑いが止まらない。
彼女はそのまま森に出て行った。
とはいえ、罠の解除を終えたのは確かなので、本日の食事〈獣〉探しに参加しても問題ないだろう。
ついでに森の探索を行うことにする。
◆◆◆◆
やはり、師範が『追跡術』の訓練を施したのはこの訓練のためだろう。そうでなければ、子供達は瞬く間に餓死していた筈だ。
そして、『生存訓練』が食糧の自給自足も視野に入れたものならば、訓練はかなりの長丁場になることが予想される。
一人では〈鹿〉や〈猪〉を相手にするのは危険だ。角や牙が刺されば致命傷になるし、持っている性質がそこにプラスされるとなると、俺の身体能力では逃げられないだろう。
狙うは〈兎〉あたりだろうか。
体重という有利は武器の無い場所では酷く大きい要素だ。
すばしっこくはあるが、俺の目があれば逃してしまう事はほぼ無い。
「ふぅ」
息を整えると同時に、自身の気を限界まで抑える。
すると森の中にある気配が浮き彫りになっていく。
森の中をゆっくりと移動していく集団……これは狩りに出ている子供たちだろう。
そして、遠くから導かれるようにゆっくりと近寄って来る大きめの気配……〈狼〉だろうか。
周囲に点々と存在する〈兎〉のものらしき小さな気配。
最後の小さな気配に向かって、進むと
視界の中に映った熱の足跡を辿る。
そして、段々と痕跡は鮮明になり、足跡の持ち主の姿を見つけると、俺は静かに身を潜める。
〈兎〉が茂みから飛び出すと、耳を立て鼻をひくつかせて周りを警戒する。そして、周囲に敵がいないのを確認すると、目の前の草を食む。
意識が完全に食事へと向かった瞬間に〈兎〉の脳天にナイフが刺さった。
俺は木の枝に巻き付けた尻尾を外して、スルリと地面に降りる。
〈兎〉が食事する様子を逆さまの状態で監視し続けていたので、頭に血が上ってしまった。
ムニムニと両手で顔を揉んで血流が下がるのを待ってから、兎の耳を持ち上げて、拠点に戻る。
◆◆◆◆
俺が拠点に戻ると、数人の子供達が睨み合いをしていた。
どうやら、狩りの際に揉め事が起きたらしい。
片方の集団が追い詰めた〈兎〉をもう片方の集団が仕留めたらしい。
前者の言い分は追い詰めた自分たちのものとなるべきというもので、後者の言い分は取り逃した方が悪い、というものだった。
対岸の火事ほどどうでも良いものはないので、俺はそれらを無視して食事の準備を始め……ようとして、あることに気づいた。
火が、無い。
これまでに見た肉はきちんと火の通ったものばかりだった。
少なくとも俺たちに生食の経験は無い。高確率で腹を下すことになる。酷ければそのまま死ぬ、なんてこともある。
俺は前世の知識を思い出しながら、枯れた木の枝を拾い集める。
丁度良いサイズの枝を持ってきて節をナイフで落とすと同時に、取れた木屑を着火剤にする。
行うのは由緒正しき切り揉み式の火起こし。
そして、火を起こすための受け皿になる板を用意して、準備は完了だ。
棒の方には摩擦力強化の付与をしておいた。初めは直接燃焼の効果を付与しようとしたのだが、不思議な手応え共に失敗してしまった。
仙器化についてはまだ謎になっている要素が多いな。
【充気】による強化を全開にした状態で火起こしを開始する。
掌が小さいためか、中々速度が上がらず、温度が上がらない。
と、思ったら、少し煙が出てきた。
棒の表面がささくれて、掌に擦り傷ができるが、ここでやめたらこれまでの苦行が台無しになると気合を入れて、作業を続ける。
煙が大きくなってきたところで、火種を細かい枯れ葉の中に移して風邪に当てるように振り回すと、掌の中で枯れ葉が熱を帯びる。
そうして、ついに火が着いた。
「っ……」
喜びを噛みしめながら、その火を大きな枝へと移した。
これで、やっと肉が食える。
そう思って〈兎〉の解体をしようと思って振り返ると、竜人娘が何かの肉を生で齧っていた。
幸いなことに彼女が齧っているのは俺の〈兎〉ではなく、自分で獲って来たもののようだが、彼女の胃は無事で済むのだろうかという心配が残った。
◆◆◆◆
皮肉なことに〈兎〉の解体には以前の『特殊訓練』の成果が出た。
頭の中でシスターの講義を反芻しながら、皮を剥いで、内臓を削ぎ落とし、〈兎〉を肉の塊へと変えていく。
肉に枝を差し込んでから、焚き火に近い位置の地面に突き刺す。
夕方に差し掛かり、暗くなった森の中で煌々と火が燃えている。
先ほどまで口論に夢中になっていたもの達も、肉の匂いを嗅いでこちらを物欲しそうに見つめている。
しかし、俺がトラに嫌われているのは知っているのか、火を借りようとするものは居ない。
どうやってやり過ごすのだろうと思っていたら、一人の子供が赤熱したナイフを取り出す。
燃焼の付与をしたナイフだ。
あれを携帯していて火傷しないのだろうか。
そんな疑問を置き去りに彼がそれを枯れ草の中に突っ込むと、直ぐに燃焼を始める。
今度は俺が、燃焼のナイフを物欲しそうに見つめることになった。
そういえば、と俺は森の中に転がった死体に目をやる。
死体に近づくと、濃い鉄の臭いが漂ってくる。
「ん?……っっ!」
それに顔を近づけようとして、展開したままの【充気】に初めての反応を感じた。足元の肌を覆う気が溶けるような、削られるような感覚がしたのだ。
熱いものへの反射のように、直ぐにその場を飛び退いて脛のところを確認すると、肌の表面が薄黒く変化していた。
どうなっているのかと観察をしようとすると、直ぐに肌の色は元の色に戻っていった。
死体周辺の植物へと目をやると、先ほどの俺の脛よりも黒く染まり、腐り落ちていた。
シスターが言っていた通り、死体からは瘴気が出ていた。
それらは気に干渉して、溶かす……いや、削る……消す。
奇妙な手応えを反芻しながら、今度は強めに【放気】を展開して、死体に近づくと、瘴気と【放気】の削り合いが起こるのが分かった。
なるほど、瘴気と気には触れると対消滅する性質があるようだ。
その削られる速度よりも多く気を放出することで、瘴気の干渉を押し留めることができるようだ。
今は1メートル程度の範囲に留まっているが、これが広がれば不味いだろう。俺は死体をできるだけ遠くに移動してから、焚き火の場所へと戻ってきた。
◆◆◆◆
食事を終えると子供達にできるのは寝ることだけ。
彼らは木を集めて作った屋根の下で、身を寄せ合って眠りに就き始めた。
俺はもちろん地面で寝た。
外敵の心配をしないで良いのだと割り切るしかない。
俺は焚き火の側に寝転がり、竜人娘は少し離れたところで木の幹に寄り掛かりながら眠っていた。
すると、彼女に黒い影が迫る。
影がナイフを振り上げた途端に、彼女の瞼が開かれ、尻尾がナイフを払う。
さらにもう一人の影が、横から彼女に飛びかかるが、意識の覚醒しきっていない彼女はそれを避け損なう。
突き出されたナイフは直線に彼女へ向かい、彼女を押し飛ばした俺の腹へと刺さった。
「なっ!」
ナイフを突き出した下手人、蛇人族の少女が俺の目前で驚きの声を上げている。まさか、俺が庇うとは思っていなかったのだろう。
彼女がナイフを突き出した手の首を左手で捕まえながら、右手のナイフで彼女の首を裂く。夥しい量の血が喉と口から溢れ出す。
「カ……フッ……」
力を失った彼女に引っ張られるように俺は膝を地面に落とす。
肩越しに振り返った先には、数人を相手に暴れ回る彼女の姿がある。
そして再び自分の身体へと視線を下す。
「しくじった」
腹部から、血が滲み出した。
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第23話『犠牲』
で◯じろう先生が火起こしをする動画とかを見ました。
自分がやるならファイアーロールとかが面白そう。
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