第22話『徒労』


 翌日の朝、俺たちの姿は森の中にあった。

 起きたら森の中にいたのだ。


 おそらく夜に俺たちが寝ている間に運んだのだろうが、全く分からなかった。おそらく、自省部屋と同じようにガスか何かを流し込まれたのだろう。


 俺の周囲でも次々と子供たちが眠りから覚める。


 俺はナイフを探して自分の体をまさぐる。

 すると、俺の眠っていた地面に鞘のついたナイフがあるのを見つけてそれを拾い上げる。念のため鞘から抜いて自分のものであることを確認してから、懐にそれを仕舞い込む。


 周囲は深い森だが、俺たちのいる空間だけ不自然に木が切り倒されている。



「なあ……どうする…」

「まだ………から……」

「……でて………じゃん」


 それぞれのグループの子供達がこれからの行動指針に迷っているようだった。


 おそらく、もう『生存訓練』は始まっている。

 いつまで訓練が続くのか、もしくは他の条件があるのかも、俺たちは分かっていない。

 加えてこの森だ。俺たちはこの森がどのようなものか知っている。

 暗く、そして〈獣〉が徘徊する危険な森だ。彼らの脳裏には施術台の上で解体される犬人族の少女の姿が焼きついている。



 そんな状況で幼い子供が冷静を保てるはずが無い。


「ぃや!!わたしっ、こんな。やだぁ!!」


 一人の少女が、一刻も早く宿舎に戻ろうと、どこかへ走り出す。

 彼女は犬人族の少女と同じ部屋だったので、森でのトラウマが深く刻み込まれているのだろう。相当錯乱しているのか、方向を確かめる様子も無い。



 そして、子供達がいる空間を抜けて森に踏み込んだ瞬間、トラバサミが彼女の足を噛み潰した。


「あああ”あ”あ”ヤア”ア”ア”!!」


 そのまま前に倒れる彼女の首にワイヤーが触れる。

 彼女が地面に手を着くと同時に、重たいものが体からずり落ちた。


「う”っ」


 ゴロリと転がったそれを見て、子供達は悲鳴を押し殺す。


 これで、同期から二人目の脱落者が出たことになる。


 良く見れば、木の切り倒された空間、広場から外に出た森の中には所々ワイヤーが見え隠れしている。


 ご丁寧にもそれらは仙器化されており、設置した者の殺意の高さが伺える。


 子供たちは未だ動揺を抑えられない様子だ。

 このままでは数時間はここで座り込んだままになりそうだ。

 俺は立ち上がり、子供達の視線を集める。


「師範は『生存訓練』と言っていた。なら、俺たちで食料を集め、生き残る必要がある筈だ。そのために森に出なければいけない。手の器用な者は周囲にある罠を解除してくれ」


 この森の中にどの程度罠が仕掛けられているかは分からないが、森全体にこの密度で仕掛けられているなんてことは無いだろう。あまりにも労力がかかり過ぎる。

 俺が言っていることは正しい筈だ。


 しかし、正しいことが必ずしも受け入れられる訳では無い。


「ネチネチ、何でお前が仕切ってるんだよ」


 子供達の中で一際体格がいい者が立ち上がる。

 同時に俺の言葉に従って森へ向かおうとしていた子供の足が止まる。


 動揺していた子供たちも、思い出したように彼の周りへと群がりだす。


「……」

「お前だ、お前がやれよ。……もしかしてお前、自分がケガしないように他の奴らに押しつけようとしたんじゃないよな」


 そんなの当たり前だ、リスクのある作業は押し付けられるなら他人に押し付けるに決まってる。お前もそうだから俺に押しつけようとしているんだろう?

 できるだけ自分の手駒が減らないようにするために。


「ここでは俺がリーダーだ。従わないなら、外に出て行け」

「……分かった、やる」


 だが、この状況で全員を敵に回すのは不味いか。

 罠も見たところ訓練の中で見たものばかりだ。注意していれば初見の罠も嗅ぎ取るぐらいはできると思う。


 俺は大人しく木々の中へ踏み入ることにした。


 かなりの密度で仕掛けられた罠を一つずつ解除していくと、隣にエルフの少年、モンクが座り俺と同じく罠の解除に取り掛かった。


「……」


 一度チラリと彼の顔を見てから直ぐに手元に視線を戻す。


「き、君だけに押し付けられないからね」


 俺は何も聞いていないのに、律儀に疑問を解消してくれる。


 彼の『看破術』は俺と変わらない程度の実力だ。自信があると言えるほどのものでは無い。だから態々手伝いたいものでもない筈だ。


「おい、モンク。お前は俺と一緒に狩りだ。罠はそいつにやらせろ」


 見かねたトラがモンクを引き戻そうとする。

 優れた気の操作能力を持つ彼は『戦闘訓練』でも、優秀な成績を取っているから、トラは彼に戦力として期待しているのだろう。


「あ…う…うん。でも、早く罠をどうにかしないと、森には出れない、よ」


 そう言って彼は尚も作業を続けようとする。


「チッ、俺の言うことが聞けないのか?」

「か、狩りにもきちんといくから」


 脅し気味に問い詰めるトラだったが、モンクも譲ろうとはしない。


 彼はもう一度舌打ちをして、彼の取り巻きの土精族、チビを呼びつけた。


「モンクの代わりにお前が罠を解け」

「はいはい、分かったよ」


 チビはナイフを片手に、罠の解除に取り掛かる。


「あと、土人族ドワーフのお前とお前……あと、猫人族のお前もチビを手伝え」


 そう言われた数人はチビに付き従って、俺とは違う方向の解除を進め出す。

 おそらく俺の方の罠の解除よりも遥かに早くあちらの方が終わりそうだ。俺は少しずつ作業速度を落としてサボることにした。




 ◆◆◆◆




「トラ、これで森に出れる」


 数時間後、周囲を囲む罠の一角を解除し終えたチビはトラにその旨を報告し、トラは頷く。


「戦える奴は森に出ろ。そうで無い奴らは寝場所でも作ってろ。もし俺たちが戻るまでに何もできてなかったら、そいつらは飯抜きだ」


 流石に、ただで自分が狩ってきたものをみんなに分け与えるつもりでは無いらしい。


 俺も外に出ようかと思ったら、トラがこちらに視線を向ける。


「お前は、それ終わらせるまでそこから動いたら許さねーからな」


 トラはそう吐き捨てると、子供達を率いて森へと出て行った。

 俺がサボっていたことはお見通しだったらしい。


 どちらにせよ、この仕事は今日中に終わりそうも無い。


 まずは食料がいるだろうと思い、足元に生えていた草を摘む。

 これは『追跡術』の時に森で見たものと同じものだ。


 食べられはするが美味しくは無い。


 それに根以外はあまり食べた気にはならない。

 見た目で言うと痩せ細った大根のような感じだ。


 肉の代わりにそれを齧りながら作業を進める。



「あ」


 何かを踏んだ手応えと共に、張り詰めた弓が放たれる音。


 咄嗟に飛び退くと、背後の木に鋭い矢が刺さった。


「危なかった……」


 今頃になって、汗が滲み出してきた。


 やはり、この作業を長時間続けるのは集中力的にも、事故を引き起こす可能性がある。どうにか俺も手伝いが欲しいものだと思いながら広場の方を振り返るが、皆拠点の作製に忙しいらしく、俺に視線を返すことすら無い。


 いっそのこと、石か何かを投げてわざと作動させるかと半分やけになっていると……。


「……ん……ぅ」


 眠気を帯びた呻き声を漏らしながら、起き上がり、寝ぼけまなこで周囲を見回す竜人娘の姿が。

 なんでこんな森にいるかを思い出そうとしている表情だ。


 右見て拠点を作ろうとしている者達の姿を見る。

 彼らは視線から逃れるように背中を向ける。


 そして彼らを見回してから、若干視線を空にやる。

 多分、狩りに行った子供達の姿がここに無いのを疑問に思っている感じだ。


 意識の覚醒に合わせて、やっと瞼が完全に開く。


 そしてジロリと俺の方を睨むと、ズンズンと歩いてくる。


「こっちの…ほうか」

「ん?あぁ」


 起き抜けで少し枯れている声で何かを問い掛けてくるが、俺はよく分からずに頷いた。



 そして、莫大な量の気を放ちながら、俺の先へと進み出す。


「っ……罠が」

「しってる」


 瞬間、何かを踏んで飛んできた矢を彼女は身を翻して叩き落とした。


 うん





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 第22話『徒労』


 めちゃくちゃどうでもいいですけど、寝ぼけまなこって単語、すごく可愛くないですか?

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