第21話『モシャ』

 訓練が終わると、子供たちは鞘に収めたナイフを見せ合い、興奮を高めていた。


 そんな中で、俺が注目しているエルフの少年が、ナイフに仙器化を施していた。

 あれから何度かシスターによる『特殊訓練』で仙器化の訓練は行われはしたが、初めて見る物への仙器化は慣れたものよりも難しい事は変わらない。

 彼にとっては出来そうだからやった、以外の理由は無いだろうが、俺は彼の強心臓に感心した。


 俺以外の子供たちも同じ感想のようで、彼の近くの子供たちは会話の声が自然と小さくなる。


「……できた」


 彼はそこで初めて周りの子供たちに注目されていた事に気づき、ビクついて肩を竦める。


「な、どうしたの?みんな」

「凄いね、流石モンク」


 一人の少女が彼をそう呼んだ。

 おそらく『操気訓練』で優等を取り続ける彼のことを揶揄したものだろうが、彼は褒められて満更でもなさそうだった。


「わたしぃ、明日の訓練が怖くてぇ。モンクに仙器化して欲しいなあ」

「え、えー。ぼ、僕で良いの?」

「そーだよ」


 瞳をギラつかせながら、甘えた声でモンクへと寄りかかる少女。


「いいなー。わたしもして欲しい」

「わたしも」「わたしが……」

「……実はおれも」


 それに便乗して自身の操気能力に自信のない物が、次々にモンクへと支給されたナイフを渡してくる。


「し、失敗するかもしれないよ」


「ダイジョーブだって」「そうそう」「信じてるから」


 口々にそう告げる彼らだったが、最もリスクの高い自分のナイフで仙器化を行ったことから、モンクは仙器化にかなり自信がある事は分かっていた。

 それに『特殊訓練』での彼は、初めに失敗する事はあっても一度成功させた器ではそれ以降一度の失敗も起こしていない。


 そんな彼の姿を知っていた子供たちは完全に安心して彼に託していた。

 それを知らない子供たちも、もし失敗すれば気弱な彼からならばお詫びとして仙器化されたナイフを巻き上げられるだろうと言う打算があるのだろう。


 子供達が付与して欲しい効果についてあれこれと彼に注文を付けているのを見ながら俺は少し迷う。

 彼に頼むか、自分で仙器化するか。


 付与する効果は、単純な切れ味強化にする予定だ。

 の仙器化は後々返却を要求される可能性も考えて、癖の無いものにする。


 俺も初めて見る器で成功させる程の自信は無いが、態々彼に頼むのは借りになりそうにも思える。

 万一彼が意図的に失敗しナイフを紛失したとしても俺はそれを問い詰める事はできない。


 突き詰めれば彼の人柄と俺の仙器化の技術、どちらを信頼するかという問題だ。


 そう考えると答えは一択だ。

 俺は俺の腕を信じる事に決めた。他人は信用できない。


 俺はこの場所では集中出来ないと考えて、ナイフを鞘に納めてその場を去った。




 ****




 その日の夜、蛇人族の少女の姿が祈祷室にあった。祈祷室には彼女の近くには誰も居ない。


 少女は祭壇に向けて一心不乱に祈りながら、ぶつぶつと何事かを呟いている。


「………ね、……アイツ……あく…」


 彼女は『戦闘訓練』の度に竜人の少女からの報復によって、毎日気絶するか血反吐を吐くまで痛めつけられている。

 それもこれも彼女の自業自得なのだが、彼女がそれを自覚する事はない。


「しねしねしねクソトカゲ死ね。早く死ねすぐしねなにがなんでもしね」


 鬼気迫る様子で呪いを吐き続ける。


 それでも、自分が他人に聞かれると不味い言葉を発しているのは自覚しているのか、人が横を通る時には呪詛の声は小さくなる。


 人が減って来て彼女も日課を終えようとした時、隣に人が座った。


 そして立ち去ろうとした彼女を制する。


「……?」


 疑問を浮かべた彼女の前に、その人物は懐から一つの木筒を取り出して見せた。




 ◆◆◆◆




 自身のナイフの仙器化を終えた俺は、ムシャムシャと葉っぱを食みながら、竜人娘が仙器化する様子を眺めていた。



 ……モシャモシャ

「……」



 毒となる植物同士でも、二つ合わせれば効果を相殺する物が存在する。前世で言うならフグとトリカブトの毒はそれぞれ真逆の効能があり、二つ同時に摂取すると相殺して単体の時よりも致死までの時間が延びると言う話があった。

 それはこの世界においても同じようで、気の出力を上げる毒と下げる毒、どちらも同時に飲めば気の出力が変化しない、という事が起きる。



 ……モシャモシャモシャ

「……っ」



 なぜそれを知っているかというと、一度摂取する植物の量を間違えた事で嘔吐を繰り返していたのだが、それと相反する効能の花を齧ったことで症状が治まった、ということがあった。


 もちろん、そのように効能が綺麗に相反していることの方が少ないので、それ以降は量には特に気をつけるようになった。



 ……モシャモシャモシャモシャ

「……ちっ」



 毒は薬にもなることを実感した出来事だった。


 体には体温、水分量、それぞれの栄養素などのパラメータがある。

 解熱剤であれば体温を下げ、水を飲めば水分量は増える。


 体温が平常状態よりも高い時には解熱剤は体のパラメータを平常に戻す薬となるが、体温が平常よりも低い時に解熱剤を与えるのは体に害、つまり毒となる。


 そう考えると毒と薬というのは紙一重で、使う状況によって名前が変わるのだろう。



 ……モシャモシャモシャモシャモシャ

「……それ、やめろ」


 ……モシャ

「——フモっ!!」


 竜人娘の手が俺の顎を鷲掴みする。


「もういちど、それをかんでみろ。あごをもぐ」



 顎を捥ぐ。


 それは、困る。



「わかったか?」


 俺はコクコクと頷く。


「んぐ」


 まだ十分に噛み切れていない葉を無理やり飲み込む。

 喉の内側が針で刺されたように痛い。

 それ以上に正面の金色の眼光が鋭いので耐えて飲み込んだ。



「……ふん」


 俺の口の中が空になったのを確認してから、竜人娘は顎から手を離した。

 そして彼女は定位置に戻ると、ナイフを手に取り作業を再開した。


 おやつと実益を兼ねた究極の暇つぶしを奪われた俺は、途端にすることが無くなる。


 既に就寝時間を過ぎている今は、シスターに見咎められるので部屋から出る事はできない。

 部屋の中でできる訓練というと瞑想くらいしか思い浮かばないが、仮にも仙器化という気を使用する作業の横で【充気】や【放気】をするのは邪魔になる。



「……うむ」


 代わりに俺は尻尾を動かす事にした。

 以前から思っていたが、俺は自身の尻尾を使い切れていない。

 特に咄嗟の瞬間に尻尾の存在を忘れてしまうことがある。


 これではただ荷物を背負っているだけだ。


 どうせなら三本目の腕となるレベルまで使いこなしたい。


 俺は尻尾の先を睨みながら、地面に散らばる木片を掴もうとする。

 左手で文字を書く時のようなもどかしさを感じながら、普通に手で拾い上げる時の十倍近い時間を掛けてやっとのことで尻尾で巻き取る。


 尻尾を自分の所まで引き寄せて、木片を掌の上に落とす。

 今度はその逆に、手のひらから木片を持ち上げて、少し遠くの地面に置き直す。童心に帰って積み木遊びをしているようだ。


 そうして本当に木片を積み上げて練習を始めようかとした頃に、彼女の仙器化が完了した。


 彼女にしては時間が掛かったと思ったが、どうやら今回は精度重視ということらしい。

 彼女がどんな効果を付与したのか、視覚から変化を読み取ることは出来ない。

 子供達の中には光らせたり燃やしたりといった効果を付与している者がいたが、流石に実用的では無いし真似はしなかったようだ。


 でも、実用性は兎も角として火のナイフの見た目は非常に格好が良いのがタチが悪い。謎の誘惑に屈しそうになり、慌てて思考から追い出す。


 明日からは『生存訓練』だ。恐らく一日で終わるような物では無い。俺は直ぐに布団に潜り込んで瞼を閉じた。



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