第20話『試練』
この日、遂に早朝の『断罪』が行われる事が無くなった。
竜人娘は変わらず、子供達とは関わろうとはしない。
子供達も廊下で彼女に遭遇した時には、壁と一つになってやり過ごそうとするようになった。もはや彼女を笑える者は居なくなった。
逆に、戦いの能力が尊ばれるこの環境において、彼女の存在は子供達の羨望を集めるようになった。
彼女と敵対していたものは極端に避けるようになったが、元々敵対まではしていなかったものは、遠巻きながらも興味の視線を向けてくる姿をちらほら見た。
彼女が発生させた濃密な気の空間の中で、俺はモゴモゴと口を動かしていた。
俺が口に入れているのは森で拾った適当な草だった。
以前、俺はシスターに薬を盛られた。
それによってシスターは俺から情報を引き出した。
その時は俺にとって致命的な問題にはならなかったが、もし運が悪ければ殺されることすらあった。
俺は同じ事があった時のために、対策を練る事にした。
いくつかの植物を森に入った時に採取して、それを少しずつ体に摂取する。その時の体の変化を覚えておき、シスターの薬の効用に近い植物を重点的に摂取して体を慣らしていた。
現在は鎮静効果のある植物の葉を食んでいる。
果たして効果があるのか確信は出来ないが、可能性があるなら足掻かずにはいられない。
今日俺がしようと思っている事も、その一つだ。
俺は未だに口の中で固さを主張している毒の葉を飲み込むと、布団からのそりと起き上がり、扉に手をかけた。
「……」
◆◆◆◆
祈祷室はあまり好きでは無い。
子供達の居室として割り当てられた区画との差を否が応でも実感するし、何より箱が目に入るのが気に入らない。
あれが視界に入る度に怖気が止まらなくなる。
普段であれば頼まれても寄り付かないのだが、必要があれば別だった。
祈祷室の中には、俺と同じくらいの年頃から14、5程度までの子供達が多くを占めていた。
ここから推測するに、子供たちがここにいられるのはその年頃まで、という事か。
同期の子供たちの姿を目に収めながら、怪しまれない程度に祈祷室の中を回る。
祈祷室の中には少ないが大人の姿もあった。
運が良い事に、目的の人物の姿も見つける事ができた。
俺はその近くに座ると、形だけで祈りの姿勢を取る。
足の下を通る、奇妙な気の流れをぼんやりと認識して時間を過ごした。
俺の横にいた大人の一人が両手を解いた。
「何の用だ」
『戦闘訓練』の師範であるコンジが低い声で問いを発する。
「竜人の子を連れて来たのは、貴方なんですよね?」
「お前……」
祈りの姿勢を保ったままの俺へと、コンジは視線を向けた。
これは一種の賭けだ。
竜人娘に対して彼は『断罪』を執り行った。
普通に考えればそれは単に彼女の反抗を辞めさせるためだと思う。
しかし、この環境は普通では無い。
彼は子供が死んでも構わないというような振る舞いが多かった。
にも関わらず、竜人娘が殺される事は無かった。
単純に師範やシスターたちが竜人娘の力に期待していたというのも理由の一つだ。
でもシスターは竜人娘を排除したがっている。
ならば逆に、竜人娘をどうしてもここに置いておきたい大人がいるのだと思った。それが目の前の師範であるというのは、俺の勘に過ぎない。
ただ関心の強さと相手にかける労力が比例するなら、彼女に対する関心が最も大きいのはコンジしかいないとも思っていた。
この里には多種多様の種族がいるが、実はその年代には偏りがある。
師範や子供達でも上の年代では人族の割合が多い。これは祈祷室に来る人の種族を観察した結果だ。
そして彼女と同じ竜人の特徴を持つものは一人も居ない。
コンジが生まれたばかりの彼女を連れ去ったのか、実は彼の子供だったりするのかは知らないが、冷徹に見える彼の執着からは、何らかの繋がりが察せられた。
「あれが獣から人になったのは、お前の仕業か」
「少し喧嘩をしただけです」
実際、あの時は彼女を変えようという意識は無く、ほとんど俺の苛立ちをぶつけただけだった。
「……助けが欲しいんです」
これが本題。
「私情は挟まない」
「それは良かったです。本当にそうなら、助けは要らないですね」
半分は皮肉だが、これで言いたい事は伝わるだろう。
私情を挟んだ大人によって、俺たちの危険が脅かされている、と。
教育の過程で壊れるなら、そこまで。
しかし、教育と関係無いところで壊れるのは、本意では無いのだろう。少なくともここは教育のための施設だろうから。
「お前は、何だ」
「それは俺よりも貴方の方が知っている筈ですよ」
彼は僅かに警戒を滲ませる。
「見透かしているつもりか?花精族の特性で読み取れるのは、あくまで表層までだ」
花精族?もしかして俺は純粋な蛇人族では無いのか。
コンジは俺が疑問を持った事に気づいたがそれ以上言及する事は無かった。
そして、俺と彼の間でしばらく沈黙の時間が流れた。
祈祷室内の人間は一人、また一人と部屋を去っていく。
やがて就寝の時間が近づいた時、コンジは口を開いた。
「……俺は職務を果たす。それ以上でもそれ以下でも無い」
「俺ならもっと彼女の力を引き出せる」
「お前如きにか」
コンジが俺の肩に手を置く。
側から見ればそれだけに見えるが、乗せた手にはナイフが握られていた。
「浅い底だ。師を測りとった気になるには、まだ早い」
「……」
彼はナイフを袖の内に隠した。
踏み込むのはまだ早すぎたか。結果も出さないうちから相手を否定するのは不味かったようだ。
でも、彼が怒っているようには見えない。彼にとっては単なる指摘のつもりか。
「もう就寝時間だ。……俺は五日に一度、ここに来るようにしている」
俺の背後をコンジが横切って通路へと出た。
「……浅い、か」
確かにコンジの言うとおり、俺は彼を測り切れていない。
だが、彼も俺の全てを知りはしない。
◆◆◆◆
彼の言った『花精族』という単語から、俺は頭から葉の生えた少女を思い浮かべた。
彼女は蛇人族の少女のグループにいた筈だ。
もちろん竜人娘の
彼女の種族を知らなかったので植物との混ざり物かと思っていたが、エルフなどと同じく妖精系の種族のようだ。
ただ、これまで注目していなかったこともあって、彼女に対しては目立たない子という印象しかない。とにかく誰かの後ろに隠れている印象しかない。
「明日から数日に渡って行う『生存訓練』のため、今日は本物のナイフを支給する。明日までの間に紛失しても追加の支給は無い」
ある日の朝に告げられた新たな訓練、『生存訓練』。字面から察するにサバイバル訓練ということじゃ無いだろうか。
これまで頻繁に森に出ていたのは、その環境に子供達を慣らすためか。
さらに〈獣〉に対する警戒も子供たちは身につけている。
問題は、その緊張状態がどれほど保つのか。
彼の言葉の後半にも気になる内容はあった。
紛失しても追加の支給をしないなら、何故今渡すのか。
おそらく、彼は暗にナイフに対して仙器化を施しても良いと言っているのだ。同時に仙器化に失敗したらナイフなしの状態で挑むリスクを背負わなければならない。
俺たちは全員が同じサイズのナイフを手渡される。
これまで木刀を使っていたので重さに戸惑うだろうと思っていたが、握ったナイフは驚くほどにしっくり来る。
重さに関しては殆ど違いは感じない。
ナイフが軽いのでは無く、木刀の方が重くされていたのだろう。
試しに素振りをしてみるが、ナイフの刃で自傷するのを恐れて動きがぎこちない。前日にナイフを受け取っていて良かった。予め知っていなければ本番でナイフを取り落とすことすらあっただろう。
その日の訓練の間、俺は金属のナイフを手に馴染ませるように何度も振るった。
そうして……俺が転生して最大の試練が訪れようとしていた。
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第20話『試練』
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