第19話『反罪』

 俺は掌の中で、木片を転がす。

 大きさは指先程度の小さなもの。


 そうして、ゆっくりと手の中にあるそれに気を与えていく。


 より硬く、固く、堅くなれと、意思を込める。

 頭の中をただそれだけで埋め尽くす。


「……」


 気の量が器の限界を超えたことを手応えで確かめた後、人差し指と親指の間で強く摘む。

 やがて、木片に日々が入ったと思ったら、割れて地面に転がった。


 気を込める速度をゆっくりにすれば、精度を上げることができるようになった。俺の場合、気を込める速度を上げようとすれば、そちらに意識を持って行かれて、成功率が下がるようだ。


 少なくとも、このサイズの木片を器にすれば、確実に成功させることができるようになってきた。ちなみに、この木片は壁を毟ったり、森の中で拾ったものを使っている。


 そして付与できる効果の強さは器によって変わるようだ。この木片では針よりも少ない量の気で弱い効果の仙器となるようだ。

 出来上がった仙器も指先で破壊できる程度の硬さにしかならない。



 一度壊れた仙器は緩やかに効果を失っていく。

 ただ、効果を失った後の木片は通常の木片と変わりは無い。

 同様に仙器化の途中で気を込めるのを止めた場合も、脆くなることは無い。

 やはり、失敗した場合を除いて器が壊れることは無いようだ。


 大体5分かけて木片一つが仙器になる。成功率は今日は9個やって全て成功できる位。

 もうそろそろ速度を上げる事に注力しても良いかもしれない。


 次は、隠している竜人娘の鱗を使って仙器を作ろうかと思ったが、どのような効果を付与すれば良いだろうか。

 針であれば貫通力の強化、木片であれば硬くしたり、重くしたり、軽くしたりと色々なものを試したが、鱗だと何ができるか。


 仙器化の経験を積む過程で知ることができたが、器には大抵の効果が付与できる。

 木片には貫通力の強化を付与できる。とは言っても気の感覚で木片の仙器化が確認できるだけで、実際に木片の貫通力が上がっていることを確認したわけでは無い。


 それに器によってどの程度の付与が可能なのかも変わる。


 例えば木片に『触れると疲労する』効果を付与してみたが、どれほど触っていても効果を実感することはできなかった。


 一度付与を始めれば引き返すことはできない。


 なので出来るだけ良い効果を鱗に付与したいが、逆に鱗の格よりも高い効果を選ぶとその効果は殆ど発揮されない事になる。

 手持ちの鱗は一枚のみなので、慎重に効果を選ぶ必要がある。



「……じかんだ」

「あぁ、もうか」


 竜人娘が、俺の訓練の終了を宣言する。

 ここは彼女と共有する部屋の中だが、俺はどうしてもこの中で仙器化の訓練がしたかった。

 しかし、彼女が訓練している部屋の中で気を放出しようとすると、反発により部屋の外に叩き出される事になる。仙器化という繊細な作業など出来るはずも無い。


 そこで俺は彼女に自由時間の半分の時間、彼女に気を放出する類の訓練を控えてもらう交渉をした。もちろん放出以外は一切控えなくても構わないとも伝えて。


 結果、彼女はその提案を了承した。


 彼女は俺が仙器化を行っている様子を見たり、時折部屋を出てどこかをほっつき歩いているようだった。

 子供達に許されている自由時間の過ごし方は自室に篭るか、祈祷室で祈るかの二択のはずなので、普通に考えれば彼女が部屋にいないなら、祈祷室にいるという選択しかあり得ないのだが、彼女は敬虔な信者にはとても見えない。


 聞けば教えてくれるだろうか……怪しまれそうな気がする。



 彼女の気が部屋を満たし始めると同時に、俺は自身の気を限界まで抑える。既に俺の纏っている気の量は仙器と化した木片と変わらない程度の濃さだ。


 彼女は俺の居場所を確認するように一度視線をやると、すぐに目を閉じた。



 俺は頭の中でもう一度仙器化の感覚を反芻する。

 手の中に木片を想像しながら、さらにもう一度。


 俺の想定通りならば、仙器化は大きな手札となり得る。


 仙器化の核は気の操作と集中力。

 後者は少なくとも同年代の子供と比較すれば精神的に成熟している自分の方が一日の長がある。

 そのアドバンテージをもっと増やしていく。


 誰よりも早く、高い精度の仙器化を習得する。

 それが俺の一つ目の目標だ。




 ◆◆◆◆




「……かは、降参だ」

「まだいけるだろ、が!!」


『戦闘訓練』の中でも武器の扱いに関する『器術』の訓練の中で、組み手が行われた。

 運の悪い事に相手になったトラは不思議な事に機嫌が優れないようだ。


 彼の蹴りを腹部に受けて白旗を上げたが、トラはそれに気を良くするだけで、手を休める気配は無い。


 虎人族である彼は虎としての性質か、体格からは予想できない程に敏捷性に優れている。何より恐ろしいのはその敏捷性に引けを取らない野性的な反射速度。

 戦闘訓練では彼が優等を取ることがますます多くなっていた。

 肉食動物の類の獣人は膂力に優れていることが多いようだ。

 実は意外にも、蛇人族も膂力では優れる側に属する。


 例えば同期にいるもう一人の蛇人族の少女は瞬発力に長けているし、筋力も思いの外強い。

 ならば俺もそうであれば良かったのだが、残念ながら俺はこの里では平均的だ。


 代わりにどうやら彼女にはピット器官が無いらしい。

 蛇人族ならピット器官を持っているものだと思っていたのだが、『追跡術』での彼女が熱を感知できるにしては妙な行動や視線の動かし方をしていたことで気づいたのだ。


 ……というように同じに見える種族でも特性が異なることもあるらしいと知った。


 鋭い犬歯を剥き出しにして攻撃的な笑みを浮かべながら、ナイフ型の木刀で俺の肩を突いた。


「……っ」


 所詮は木刀なので、刺さることは無いのだが、痛いものは痛いし、力加減によっては怪我もする。

 それに戦闘訓練は既に全員が気を最大限まで活用して行われているので、その分リスクも大きい。


 そのまま組み手を続けたい様子のトラ。彼の瞳の奥を俺は覗き込む。



 ここら辺か…。



 彼がナイフを振るのに合わせて、俺は素早く右に立ち位置をずらす。


 一瞬、彼の視線が俺を見失うのが分かった。


 俺は隙だらけの彼の首元を狙ってナイフの先を近づける。


「っ……遅え!」


 直ぐにこちらを捕捉したトラの左手が俺の右手に噛みついて引き倒す。流れに逆らわず素直に地面を転がる。


「ネチネチ。お前、何しやがった、いま?」

「何のことだ?」


 トラが油断ない視線を俺に向けてくる。

 もちろん俺は態々手札を開示する気は無いので彼の質問をとぼけて受け流す。

 二人で睨み合いの状態が数秒続く。


「ちっ……もう一度だ」

「もちろん、受けて立とう」





「グエッ」


 俺たちの横で蛇人族の少女が車に轢かれたような速度で転がってくる。


「じゅうに」


 銀色の尻尾が宙をうねる。

 竜人娘が蛇人族の少女を虫でも見るように無機質な瞳で見下ろす。


「あ”あ”あああ!!」


 見下されることが許せないのか少女は地面に蹲りながら吠えた。


「……はやく、立て」


 竜人娘は静かに苛立ちを纏いながら、少女を催促する。


「師範に、敵わないっ、くせに」

「……」


 竜人娘は黙り込む。代わりに彼女の持つ木刀がミシリと音を立てた。


「あはっ!!図星じゃん。自分より弱いやつに威張ってるだけ!」

「……」


 チリになった木刀をその場に捨てながら、蛇少女に重々しく歩み寄る。なおも蛇少女は彼女を煽り続ける。


「卑きょう者!弱虫!トカゲもどき!なに、この手。離してよ!」

「……スウ」





「GAAAAAAAA"A"A"A"A"!!!!!」


 竜人娘が彼女の胸ぐらを掴み、至近距離で咆哮を浴びせる。

 もちろん間近で聴かせられた蛇少女は耳から血を流しながら気絶し、力を失った彼女の体を地面に投げ捨てる。


「……じゅうさん」


 二桁後半に及ぶ回数『断罪』に参加し続けた蛇少女の人生が幸せに終わる事を願うと同時に、目の前で青くなっている虎人族の少年の先行きの不幸に同情しながら俺は彼に向かってナイフを振るった。



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