第18話『付与』

 『走破訓練』では時々、『追跡術』の習得のために森の中へと入る事が増えて来た。

 死亡者はあれ以来ほぼいないものの、負傷者は頻繁に出た。

 原因はもちろん、森の中を徘徊するによるものだ。


 師範達はによる襲撃を受けた時、必ず初撃は子供達を守らず、見逃す。それは『解体術』の資料を作るためだと思っていたが、どうやら森の中での警戒を身につけさせるためのようだ。


 俺はその中で、森に隠れてこちらを監視しているであろう、師範以外の大人を探すよう苦心している。

 時折、気配というか残り香のようなものを感じるのだが、その影を掴むには至っていない。


 そしての種類も多様だった。

 初日に現れた〈狼〉。次の日に師範が捕まえた、角の生えた〈兎〉、雷のようなものを纏っている〈猪〉など、俺の知っている動物に似て非なる生物が多く現れた。


 同じ〈狼〉でも見かけ上は俺の知っている狼に近いが、異常に力の強いものや、木の上をムササビのように飛び回るものもいた。


 ただ、これは俺の予想なのだが、これらは種族差ではなく、個体差なのだろうと考えた。

 というのも、これまでに全く同じ特徴を持つ〈狼〉を見たことがないのだ。

 それにここまで多様な種族が狭い範囲に現れるというのも奇妙だ。


 これまで見て来た〈狼〉同士が同じ食性なのだとしたら、似た形質、性質を持った〈狼〉同士は競合することになる。



 予想が正しければ、〈狼〉はそれらの能力を学習して自分で身につけたのだろう。

 この世界と前世の大きな違いである『気』がきっとこれらの違いを生んでいるに違いない。

 つまり気の力を上手く使えばと同じことができるといことだ。




 ◆◆◆◆




「目の前にある針を持って下さい」


 その日、『特殊訓練』でシスターが登壇した。

 訓練が行われたのは瞑想室と似た間取りの部屋だった。

 教室のような部屋で俺たちは自分たちの席に着いた。そして、俺たちの目の前の机の上には複数の針が箱の中にあった。針は裁縫の針より少し大きい程度。


「あなた達には、これから仙器を作って貰います」


 前にシスターが見せた、切った相手を疲労させるナイフ型の『仙器』。


「仙器とは気によって特殊な力を付与された道具の事です。……一つ、見せてあげましょう」


 そう言ってシスターが取り出したのは、俺たちの前にあるのと同じ針を二本取り出した。


「これが普通の針」


 そして、シスターが投げた針は壁に弾かれる。


「……これが仙器となった針です」


 次に投げつけられた針は、半ばまで壁に刺さった。


「何の変哲も無い針ならこの程度の仙器ですが、この程度でも急所に当たれば脅威となります」



 その一言と同時に、子供達の興味が一気に集まった。


「方法は簡単です。その針が『貫くこと』だけを願いながら、気を込めるだけです」




 子供達は各々が針を睨みながら、自身の気を活性化させた。

 俺も素直にシスターの指示に従って針を手に取った。


 シスターの言葉で気になるものがあった。


『何の変哲も無い針ならこの程度の仙器ですが』


 この言葉が真実なら、何の変哲も無い針でも仙器にできる。

 つまり大抵のものなら仙器にできる、という訳だ。

 そして『何の変哲も無い針ならこの程度』なら『変哲のあるもの』を器にすれば『この程度』以上のものができる、と解釈できる。


 そう、例えば竜人の鱗とか……。



 俺が色々と思考しながら気を込めていると、突然針の先が折れて机の上に転がった。


「?」

「貴方、雑念が多すぎます。言ったでしょう?貫くこと『だけ』を考えなさい、と」

「……すみません」


 俺が転がった針を手に取り、少し力を込めると針はまた簡単に折れてしまった。

 中身がスカスカになってしまったかのように脆くなっている。


 思考がブレてしまうと、仙器化は失敗する。

 そして仙器化が失敗すると、器にしたものは脆くなって壊れる、と。



 まずは、一つ仙器化を成功させたい。




 ◆◆◆◆




 俺の机には三本の針が突き立っていた。

 これらは仙器化に成功したものだ。


 対して、仙器化に失敗して折れてしまった針は十本以上。


 成功率は1、2割程度。段々と集中力も切れて来た。

 仙器化は二つの意味で気力を酷使する。


 針の仙器化にはそれほどの気量は必要とはしないが、十数本も気を注ぎ込めば嫌でも消耗する。



 俺は周囲を見回す。


 仙器化に成功している子供は意外と少なかった。

 この年代で集中力を持つ方が少ないだろう。


 それでも、飛び抜けたものはいる。



 特に目立っていたのはエルフの少年だ。

 彼は『操気訓練』で飛び抜けて優秀な成績を取り続けている。


 その彼の目の前には、十数本の針が突き立っている。

 折れた針は僅か一本。

 初めに失敗して以来、彼はただの一本も残さず仙器化に成功させている。

 やはり、彼は気の操作に秀でているようだ。



 そして、件の竜人娘の前には、夥しい数の針の刺さった机と、それ以上の数の折れた針が転がっていた。

 彼女は気の量で他の追随を許さなかった。

 そして、操作においてもエルフの少年ほどでは無いが、それ以下とは大きく差を開いている。

 仙器化には気の操作以外にも、集中力の影響も大きいので正確な順番はわからないが、おそらくこの二人が飛び抜けているのは変わらないだろう。



 俺の三本という数は少ないと思っていたが、それでも子供達の中では上位だった。


 俺は残りの時間を、仙器化の性質を知るための研究に使うのに費やした。




 ◆◆◆◆




『走破訓練』には新たに『設罠術』と『看破術』の訓練が始まった。


「違う、ここは縄をこう、結んだ方がいいな」


 土精族ノームの少年はブツブツと呟きながら俺達を設置した罠を手直してしていく。

『設罠術』は文字通り罠の設置、『看破術』は罠の看破を目的とした技術だ。

 この二つの技術は対になっている。

 罠の設置について造詣が深ければ、その看破も比例して上手くなる。

 逆もまた然り、だ。


 そして、効率的に訓練するために蛇人族の師範は子供達を罠を設置する側と看破する側に分かれて競わせる事にした。



 罠の設置場所となっている区画で、俺たちは師範に教えられた罠を設置していた。

 もちろん設置する罠は殺傷性の低いように変えている。

 怪我はあっても死ぬことは無い。

 ただ、罠の種類によっては重傷も免れないものもあるので、段々と訓練は厳しいものになりそうだ。


 ここで以外な才能を発揮したのが、土精族ノームの少年、トラと連んでいた『チビ』だった。

 種族の特性のせいか、土精族ノーム土人族ドワーフの子供は飛び抜けて器用だった。

 トラとは別の班になった彼は以外な積極性を見せており、その事に俺は少し驚いた。


 ちなみに土精族ノーム土人族ドワーフの違いは、どちらも小さいが横にも大きくて力が強いのが土人族ドワーフだ。

 成長すれば違いはもっと顕著になってくるかもしれない。


 看破に関しては横並びに近い。


 残念ながら俺の第3の目ピット器官は非生物相手だと温度から異常を感知できず、通常の感覚や知識に頼るしかない。


 例えば蝙蝠の獣人族でもいれば触れずに扉の向こうを探り、看破することが可能だったかもしれないが、この場にいる子供達の中にはそういった種族は存在しなかった。

 ただ、これはこの世界に存在しないというよりも、脱走を防げないのでここには居ないだけの可能性もある。


 ここまで、様々な訓練を受けて来たが、種族の傾向としてプレーンな人族以外は一芸に特化している傾向が強い。

 しかし、特化の度合いが大きいほど、弱点は浮き彫りになる。


 土精族ノーム土人族ドワーフの場合指が小さい分器用さには優れるが、体格では劣る。

 俺などは、熱を感知する目や尻尾を持っているが……爬虫類の特徴を考えると寒さに弱い可能性がある。自身の種族の特性を理解する必要がありそうだ。




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 第18話『付与』

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