第14話『仙器』



 あの日から『断罪』に参加する子供は減っていった。

 時折参加する蛇人族の少女と、毎回参加するトラ、そしてトラに促されて彼の同室の子供達がまばらに参加していた。


 俺は彼女に睨まれても『断罪』に参加する彼らの勇気がどこから湧き上がってくるのか疑問に思いながら訓練に参加していた。




「あ」


 その日、部屋で尻尾を拭いていると何かが破れるような感触と共に、薄い皮が尻尾の表面から剥がれた。脱皮だ。


 確かに最近尻尾が痒かったが、アレが前兆だったようだ。

 脱皮自体は記憶に残っているが、その前後の記憶は曖昧だったの気づかなかった。



 そして、俺の脱皮が起こったということは……。


 ズリ、ズリ…ゴン…ズッ…ズッ……ゴン


 竜人娘が、尻尾を地面に擦りつけて、自身の尻尾の上の皮を剥がそうとしている。

 彼女の尻尾は俺のと違って太いし、脱皮の皮も暑いので脱ぎ去るのに毎度苦労するのだ。



「俺が取ろう」


 俺は中途半端に剥けた皮を放置して、彼女の尻尾を手に取る。

 一瞬尻尾が持ち上がり拒否をしそうに見えたが、直ぐに俺の手の上に戻ってくる。


 俺は水分多めに濡らしたタオルで彼女の尻尾の皮をふやかしながら剥いでいく。その下には瑞々しく光沢を放つ銀の尻尾が見えた。


 背の方に生えたたてがみのせいで少し苦戦するが、そちらもタオルで何度もこすりながら皮が残らないように取り除く。

 家具に張り付いているシールを剥がすような心持ちで集中していると、背筋を逆撫でするような刺激が走る。


「ぅあ!……な」


 何だ、と問いかける前に俺の尻尾が彼女の手元に有るのを見て察した。小さな掌を押し付けるように表面に当てながら、ゆっくりと皮を抜いていく。


 前世でも感じたことのない刺激に困惑しながらも作業を続ける。

 どうやら蛇の尻尾の方が脱皮がしやすいようで、一枚の大きな皮が取れる。


 その後は手持ち無沙汰だったのか、濡れたタオルを片手に俺の尻尾にまばらに残った皮の破片を取り除いていく。


「……ぅ…ん………ぁ………ぅ」


 当然脱皮したばかりの敏感な尻尾の表面を触れることになるので、くすぐったい感触に思わず声が漏れる。


「ぅひっ……」


 爪で剥がれかけの鱗を引っ掻かれた瞬間、これまでよりも大きな声が出てしまい、口を塞ぐ。


 気付かれただろうかと、彼女の方を見ると。


「……」


 こちらを怪訝そうに睨んでいた。

 鱗掃除に飽きた彼女は、俺に背中を向けて座り直す。


 古い鱗を剥がし終えて、また同じようにまばらに張り付いた皮を剥ぐ。けれが結構強く張り付いているので擦るだけでは取れない。

 観念して爪で引っ掛けて剥がしていく。


「ッ………ッ……」


 やはり、脱皮したあとは敏感になるようで、時折軽く身を捩る。

 俺は申し訳なさを覚えつつ手早く作業を終えた。



 よくよく考えたら残った皮を取り除くぐらいは自分でしても良かったかもしれない。




 ◆◆◆◆




 俺は瞑想室の中でシスターと対面する。

 二人の間にあるのは、脱皮したての皮だ。


「これが、竜人の鱗ですか」

「……そっちは俺の皮です」


「…そう、貴方に返します」


 俺が二人分の皮を何処に捨てようかと悩んでいる姿を認めたシスターに連れてこられたのだ。

 シスターは銀の光沢を放つ鱗を手に取り、様々な方向からそれを眺める。


「何かに使えるのですか?」

「えぇ」


 この女がただ綺麗なだけでありがたがるようには見えないからな。

『戦闘訓練』の師範、コンジが直接戦闘に秀でているのだとしたら、おそらくこの女はもっと周りくどい手段で殺すタイプに見える。


「毒や…薬、あとは仙器ぐらいです」


 仙器?と疑問が増えたが、すぐにシスターがいつも持っているナイフを見せてくる。


「これが、仙器です」


 持ってみますか?と問いかけながらナイフを差し出してきたので素直に受け取ろうとすると、指先を刃で薄く切られる。


「痛ッ……なにおッ…!」


 予想しない仕打ちの理由を問い詰める前に、その場に倒れ込む。

 ……力が、入らない。


「はっ……はっ……はっ……」

「このナイフには刃で切った相手を疲労させる力が有ります。そのような意思を


 その言い草からナイフは彼女が作ったものなのだろうと察する。


「すぐに教わる事なので今教えても問題はないでしょう」


 どのような超常の力によって作られたものなのか考えようとして、すぐ原因に思い当たる。

 気の力だ。

 ナイフを作る過程か、作り終わった後でかは分からないが気を使用した工程が加わる事で特殊な効果を付与できるという事か。


「俺にも作れるのですか」

「あなたの気の量では大したものは出来ないでしょうが……不可能では無いはずです……作業自体は気を込めるだけですから」


 気を込める。

 意思を込める。


 仙器を作る作業についてシスターが述べたのはこんな所だ。

 かなり曖昧だが、ナイフに放出した気を当てながら『切った相手を衰弱させるナイフになれ』と念をこめて作ったということだろうか。


 この作業に竜人娘の鱗が関わってくるようには思えないがその答えは彼女からは引き出せそうに無い。

 初めの質問で仙器の前に毒と薬という言葉が出てたところから恐らく彼女の専門はそっちでの戦いなのかもしれない。


 明日から食事の時には特定の席に着かないよう意識しておこう。


 俺は瞑想室から出て、自分の部屋に戻る。

 道すがら服の中に入れて置いた一枚の鱗の感触を確かめる。

 ……残りは勉強の対価と思っておくことにしよう。




 ◆◆◆◆




 夜、珍しく寝つきの悪かった俺は、天井を見つめながら、第3の目ピット器官を意識する。

 しばらくすると、暗闇に目が慣れるように、モノクロに世界が色づいていく。

 とは言っても周囲はほとんど厚い壁で囲まれているので、暗いのは変わり無い。


 温度を見る、とは言っても温度だけではボヤけた視界のように映るので、目を閉じて活動ができる訳ではない。

 視界に重ねて見ることでこの器官は効果を発揮する。


 おそらく蛇が活動する野生環境で哺乳類の隠れ家を見つけるのに役立たせるためだろう。


 材質の違いのためか、天井の骨組みの形が浮き上がって見える。



 透けてるようにも見えるが実際は温度差が表面に伝わってきただけだろう。


 ならば、視界、温度以外の感覚はどうだろうか。


 意識して自分の気の量を減らしていく。

 そうすると、逆に自分の外に感じる気の気配が相対的に大きくなっていく。


 前は気の量を抑えて何か意味があるのかと思っていたが、気の感知をする時にはこのように、気を抑えることで精度が上がることに気付いたのだ。


 スナイパーは自分の心臓の拍動すらノイズになる、というが似たような話かもしれない。自分が大声を出していては周囲の音に気づけないのと同じだ。


 気の感知は音と同じように壁を透過して知ることができる。

 一つ先の部屋ぐらいなら、今の時点でも見えなくはない。


 寝返りをうって、壁の方に目を向ける。

 人数は3人。

 眠っているのか感じる気は小さい。

 今はトラ達は別の部屋を占有しているから彼らでは無いだろう。


『断罪』をしておいて隣の部屋で寝ているんだとしたら大した神経だが、アレはそういう事をしないと分かる。



 第3の目ピット器官を持っていると分かるが、寝ている人間は起きている人間よりも体温が低い。

 元々その事実は知っていたが、今の俺にはそれがハッキリと分かる。



 視界の隅の竜人娘の体温が上がっているのも、ハッキリと分かる。


「……」


 俺が気を抑えたのを感じ取ったらしい。

 臥龍がこちらを一瞥した。


 俺は気をフラットな状態に戻すと、大人しく眠る。


 もしかすると、俺が温度を見る目を持つのと同じように竜人には気に関する感覚器官が備わっているのかもしれない。




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 第14話『仙器』




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