第12話『仮想敵』
次の日、俺は息の苦しさと共に目覚める。
鼻を触ると、固まった血液がこぼれ落ちる。
そうだ、昨日は竜人娘の怒りが爆発して、喧嘩したのだった。
そして、俺の方も頭のオカシイことを喚いていた記憶がある。
「はぁ」
まさか、周囲の環境だけではなく、自分の言動すらも自由にならないとは思わなかった。
これまでは淡々と自分の体と技を鍛えていれば良いと思っていたが、心の方も鍛えないといけないかもしれない。もしも、戦っている途中で俺がちょっかいを出してきたら俺は死ぬ。
とはいっても、精神修行など滝行くらいしか思いつかないし、果たしてあれは精神の修行になっているのか疑問でもある。
そもそも心は鍛えられるものなのか?
ままならない現実から目を背け、俺は昨日の成果である【放気】を繰り返してその感覚を定着させることにした。
気の放出は自転車のようなもので一度定着すると感覚的にその大小が扱えるようになった。
とは言え大きくする方は限界はある。
蛇口のように途中までは捻れば捻るほどその量は増えてくるが、一定量を超えると、気の増加は止まる。
それに水量が増えると当たり前だが消耗は激しくなる。
実際に戦闘に使うとなれば基本節約して、時折量を増やすといった調節が必要そうだ。
ただ、教官達の戦い方を見ているとそれだけではない気がするが…。
彼らが纏う気の量以上の力が出ているように見えるのだ。
どうにかして観察したいが、俺たちにわかるようにゆっくり戦ってくれるはずも無い。そもそも誰が教官と戦うのか、という問題もある。
俺は思考を現実に戻すと、座禅を解いた。
◆◆◆◆
俺が食堂へと赴くと、子供達の視線が俺たちへと向く。
その視線に込められているのは好奇、疑問、嫌悪、そして僅かな不安。流石にこの状況で楽観しているものは少ない。
食堂の中心にいるシスターでさえ、若干の驚きを浮かべている。
彼らは俺の後ろの竜人娘を見て、もう一度見て、そして目を逸らす。
やっと気付いたのだ。自分が誰を『断罪』していたのか。
朝食の間、食堂の空気は地獄のように凍っていた。
静かで食事に集中できる分、俺としてはこちらの方が良かったかもしれない。
「……ング」
子供達より一足早く食事を済まして、シスターが食堂を去るのが見えた。俺は視線だけでそれを追うと、また硬いパンを噛みちぎって飲み込んだ。
食堂の中で唯一声を上げていたのは、トラ達だった。
◆◆◆◆
「それでは『戦闘訓練』を始める。……その前に」
ジロリ、と師範が竜人娘を睨み付ける。
「昨日、そこの竜人の娘に暴行された者はいるか?」
「はい、俺です」「…おっ…俺も」
いつものごとく、楽しげにトラが手を上げる。続いて
「アタシもされました!!」「…わたしも」「おなじです」
「わたしも」「わたしも」
続いて強気な少女に釣られて複数人が手を上げる。
初めに手をあげた彼女は蛇人族、俺と同族だった。
それだけで理由には察しが付くが、今は彼女達が集団の結束とした掲げた敵が竜人娘なのか、それとも先頭の彼女一人が悪感情を持っているかを確かめたかった。
俺の敵になりうる存在か、先に知っておきたかったのだ。
ウキウキとした様子でトラが前に出る。
木刀をぶんぶんと振るうと、彼は体に気を纏う。
これまでの『断罪』が良い訓練になったのか彼の【充気】は以前よりも様になっていた。
【放気】は単純な放出なので技術は要らないが【充気】の方は体の表面に留めるような制御が必要なのだ。
【放気】を身に付けた後に試してみた感じだと、後少しでできそうな手応えがあったので、確かに言われた通り【放気】を身に付けたらそんなに難しくない技術というのには納得したが、それでもトラの纏うものに追いつけるかは確信が持てない。
俺が成長する間にも彼らは成長するのだから。
「十回の打擲を許す」
そしてしっかりと気を纏ったところで、木刀を振り下ろす。
「いちぃ!」
大人しく抑え込まれた竜人娘は木刀を頭部に受ける。
「ッ……」
僅かに呻いたがそれ以上何も声に出さない。
「……いち」
いや、トラの言葉を口ずさむように、数を数える。
視線は激情を通り越して冷ややかにさえ見える。もはや同じ人間を見るものでさえない。
「っ、に、ぃ!!」
「ッ……に」
「さんぅ!!」
「ッ…さん」
「よん!!」
「ッ……よん」
一切の子揺るぎもしない彼女の視線にトラは気圧されているようにも見える。
「ち、くそ、オラァ!!、オラ、ふッ!!、くそ、くそ」
ついには数を数えることすらやめた。
「ッ…ご…ッろく……なな…はち…く……」
「らアアぁ!!」
「ッ……じゅう」
銀の髪を赤く濡らし、それでも一切の動揺さえ彼女は見せない。
木刀で殴った者が動揺し殴られた者は動じていない。
俺は不思議な高揚を覚えながら、その場を見守る。
「はぁ…はぁ…はぁ……このッ」
「十回までといった筈だ」
トラが振り下ろそうとした木刀を師範が取り上げる。
「では次」
「え?でも…は…はい」
チビは手を上げてしまった手前、取り消すことも出来ずに木刀を受け取るしか無かった。
「ふ、ふん、ふん、ふん…」
「…いち…に…ッさん…よん」
地面スレスレから睨み上げる金の視線に気付き、チビの目に涙がこみ上げてくる。
「——…じゅう」
カラン、とチビが木刀を取り落とす。
その後もいつものように木刀を一人ずつ振り落としたが、彼女はその間一度も目を逸らすことは無かった。
「じゅう」
「じゅう」
「じゅう」
「じゅ、う」
最後の一人が『断罪』を終えた後、いつものように師範が彼女の意識を奪おうと、振り下ろした拳を、彼女の尻尾が弾く。
「む」
「『訓練に参加するのは拒まない』、そう、いったのは、おまえだ」
痛む頭を抑えながら彼女が立ち上がる。
つまり彼女はこの状態のまま訓練を受けると言いたいのだ。
「報復するつもりか」
「……おまえが、たっているだけなら」
反発を見せる竜人娘に師範は怒る気配は無い。
ただ目の前の少女を見据えていた。
「良いだろう、ただし」
師範が無言で繰り出した拳を、彼女は受け止めるが、何かを受けた彼女は回転しながら横に飛ぶ。
すぐに立ち上がった彼女の頬には拳の形の跡が残っていた。
「言葉遣いには気を付けろ」
怒りに飲まれるかと思ったが、彼女の視線は師範の動きを思い出すように一点を見据えている。
恐らく彼女に『断罪』を加えたものは彼女と組み手の相手をする事はないと思うので、むしろそっちの方が羨ましい気もする。
結果から言えば彼女の相手となった子供はその全てが喉輪を喰らって降参し、そして俺も喉輪を喰らうことになった。
彼女の初撃は交わしたのだが、その後に尻尾で武器を叩き落とされたと思った瞬間には背負い投げを決められていた。
恐らく昨日の仕返しだとは思うが、これほどまで綺麗に返されてしまうと、悔しさよりも感嘆を覚えてしまう。
そして俺自身の弱点にも気づいてしまった。
というよりは単なる改善点に近いか?
俺はまだ自分の身体を活かしきれていない。
特に尻尾だ。腕ほどの太さはあるこれを使いこなせれば足の代わりに地面を蹴ったり、彼女がしたように格闘にも使えるはずだ。
それにもっと他にも出来ることはあるだろう。種族の強みを押し付ける厄介さは彼女を見ていれば嫌というほど分かる。
気の量が戦いの全てでは無いはずだ。
そうでなければこの建物には竜人しか居なくなっているだろうから。
俺はもう一度彼女の攻略法を練り直す事にした。俺と違って俺は彼女を仮想敵として考えている。
俺にとっては師範に次ぐ脅威が彼女だった。
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第12話『仮想敵』
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