第11話『王の在り方』

まさか作者をせっつくためにレビューまで書く読者がいるとは……。持ってけ泥棒!!(歓喜)

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 狭い部屋の中で竜人の少女が蛇人の少年を引っ張って、ごっこ遊びをしていた。


 そこではいつも彼女は主役をとって少年は脇役を押し付けられてばかりだったが、彼は特に気にしている様子は無かった。


 その様子を見て大人の一人が、彼女のことを『王様のようだ』と評した。きっとその大人は彼女の行動を横暴だと揶揄していたのだろう。


 彼女がその意味を問うと、大人は躊躇いながら『たくさんの人から好かれる、一番偉い人のことよ』と答えた。


 彼女はそれを聞いて満足げに頷いた。



 誇り高い者への憧憬。


 死と天秤に乗った今でも、それを捨てられないでいる。




 ◆◆◆◆




「起きたか」

「……蛇モドキ」


 起きてすぐ彼女は悪態を吐いた。


 しかし、負けたことが余程ショックだったのか、そのまま口を閉じて黙り込む。


 俺は傷を手当てした後、身体を休めるために座り込んでいた。同時に気の放出の感覚を再現するように何度も繰り返していた。


 放出は出来ている。だが、それでも先程のような量は出ない。恐らく激情がトリガーとなっているのだろう。


 そのことが彼女に気付かれてしまったら寝首を掻かれるだろうか?

 ——いや、彼女はそんな事は絶対にしない

 もう一人の俺が声を上げた。


「死にたいのか?」


「……ちがう」


 死にたい訳じゃない、生きていることが出来ないだけ。


 そう言いたいような表情だ。


 いつもよりも彼女の表情が見える気がする。

 無理矢理に攻撃的な態度を取ることを辞めたからかも知れない。


「負けるのが許せないか?」


「……」


 頷いてはいないが、これは肯定だ。

 彼女は今や子供達にすら逆らえない立場だ。


 いや、未だ反撃してはいる。

 しかし反撃以上の制裁がもっと大きな力によって加えられる。


 大人に勝てないことさえ、彼女は許せないのだ。

 こんな……ボロボロになっても。



「ダサいな。見苦しくて仕方がない」


「……ッ」ギリッ



 金の瞳を見開いて睨みつけてくる。

 こちらはもう限界だというのに、彼女は倒れる前と同量以上の気を全身に漲らせている。……はは。



「なんだ?怒ったのか?俺に負けた癖に」


 半笑いで挑発する。


「だまレええええええ!!!」


 今度は前兆すら捉えられず彼女に胸ぐらを掴まれて、壁に叩きつけられる。貫頭衣が捻られて首が締まる。


「……わたしの誇りを、ばかにするやつは許さないッ」

「…カッ…ハ…ァ……ちがう、ほこり、なんかじゃない…ァガッ!!」


 反論したらもう一度壁に強く叩きつけられる。


 だが、これだけは言わねばならないとが叫んでいる。


「はぁ……お前が今、しがみ付いているのは、誇りじゃない……傲りだ」

「…ッ」


 俺を持ち上げる手が緩んだ。


「誇りだと?馬鹿にするなよ。なら何で俺に負けた?何で今も大人達に負け続けているんだ?勝つために何をした?考えて戦ったか?」


 誇りなど、俺は初めから持っていない。恥もだ。

 勝ち負けなんぞどうでも良い。強いて言えば、生き残れば勝ち、死ねば負けだ。それより重いもの何て存在しようもないと思っている。


「俺は誇りなんて知らないが、何も積み重ねていない奴に誇りがあるのか?」


 誇りは他者からの評価ではなく、身を切る修練と練り上げられた実力、そして確かに残る結果によって自身が持つ信念だろう。


 腐ってもお前みたいな小娘が持つようなものでは無い。


 俺は彼女の手を解いた。


「毒は試したか?闇討ちは?大人同士の仲間割れの可能性は探ったのか?シスターなんかは他の二人よりも強い思想を持っていたぞ。そこから切り崩せるか、考えたか?」


 彼女は答えない。


「なら大人達が使っている技術は盗もうとしたか?あいつらはご丁寧に自分の技を俺たちに教えているんだぞ。それを見ていなかったのか?それを見て身につけるくらい、?」


 意趣返しのつもりはない。俺が言ったのはただの事実だ。


 俺は彼女と入れ替わるように壁に叩きつける。


「……ッ」


「お前ほどの力があって、才能があって、さらにその上に積み重ねがあれば、あの師範を名乗る男や、虎人族のクソガキみたいな有象無象がお前に勝てる訳が無いだろう」

「…!」


 誰よりも彼女から目を離さなかったがそれを確信している。が仰いでいた小部屋の王は誰よりも強くなれる。

 いつかはその尊大な誇りが謙遜に映るくらいの力を持つと。


 きっとが抱いているのは、狭い見識と浅い人生経験から来る小さな神話なのだろう。


 しかし、少なくとも彼女の心は、俺よりも強い。


「それに、負けていない」

「……どういう、いみだ」


 大人の威を借りて『断罪』などと言って調子に乗っている子供達も、暗い部屋に放り込んで飯を抜けば、簡単に泣き言を漏らす脆弱な奴らだ。……俺を含めて。


「自省部屋に放り込まれて、最後まで折れなかったんだ。大人がお前の心を折ろうとして、失敗したんだ。そう考えればお前は大人達に既に一勝してる」

「……ふざけてるのか」


 まだ戦いが続いているなら今は一勝一敗と言った感じだろうか。

 彼女は俺の言葉を慰めとでも勘違いしているのか。


「なら、早く強くなって気に入らない奴を殺せば良いだろ?……まさか、殺しても負け、だなんて言わないよな」

「……」


 一応は納得したらしい。

 最後に一言でも伝えておいた方が良いか、と思ったところでは衝動に突き動かされて限界まで視線を近づける。



「本気だ、本気でやれ。目も耳も鼻も口も全部使って敵を知れ。寝る間もないほど考えろ。傲ることなんてが許さない。人生の全部を使って勝てよ、勝ちたいなら。相手の弱みも強みも全部探って、徹底的に勝てよ。お前は絶対に勝たなきゃいけないだろ?なら一瞬たりとも無駄にするなよ。あんな大人カスにいつまで手間取っているんだ。が知ってるお前はそんな怠惰な奴じゃないだろ?なあ?なら早くブチ抜けよ、あの位。虎人族アイツらもいつまで調子に乗らせているんだ?あいつらがもう二度と寝られなくなるくらい、お前の力を見せつけろよ。普通の子供みたいなしおらしい顔をしてるんだ。の見てきたお前はそんなんじゃない。もっと尊大で、自分が一番上だって表情でにいつも命令してきただろ?いつまで手を抜いているんだ?はいつまで待てばいい?いつまでの王様を馬鹿にされる怒りを我慢すれば良い?」


 少年に過ぎないと油断していたの腹の中には、俺が驚くほどにドロドロとしたものが渦巻いていたようだ。

 単なる憧れではなく、歪んだ嫉妬を感じる。

 下手に尻尾や鱗など、下手に共通している箇所が多い分、劣等感を抱いていたのだろう。


 そして、濁りきったの中身を見せつけられた彼女の反応は…


「……わたしに命令するなッ!!」

「…ははっ」


 の願望など一言で切り捨てる。気持ちが良いくらいに勝手だ。

 それでこそ彼女らしいと思ってしまうはやはり歪んでいた。


「ばかにしているのか?」

「違う、嬉しかったんだ。お前がそう言ってくれたことが……ぉグッ……何で」


 唐突に彼女の拳がの腹部をえぐり、思わずその場に蹲った。


「だれにむかってお前といった」

「へへ」


 眼前に迫る拳を最後に、その日の俺の記憶は途絶えた。


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