第9話『正しい竜の牙の折り方』


 その日の『戦闘訓練』はいつもとは違った。

 訓練の内容が変わったとかでは無い。


 始まる前からソワソワした空気を感じていたし、やって来た師範の様子も違っていた。


 片手に竜人娘がいるのはいつも通りだが、もう片手には太い木剣を握っていた。


 それを見て勘付いた一部の子供達の高揚がこちらに伝わって来た。



「昨日、この娘にに痛めつけられたと言う者は前に出ろ」


 予想していた通り虎人族の少年と、少し意外な事に土精族の少年が集団の前に出た。

 きっと虎人族の彼を仕置きした時に邪魔したか邪魔だったかのどちらかだろう。


 そして、彼女への断罪が始まる。



「昨日の夜、この娘がお前達の部屋にやって来て突然暴行を加えた。これは事実か」

「はい!」「…はいっ」


 虎人族は声高々に、土精族は報復が怖いのか上擦った声で肯定した。


「それでは、この木剣で十度、打ち据えることを許可する」

「ガアアア"アア"ア"!!!!」


 激昂した彼女の背中を上から膝で抑えつけて無力化する師範。よく見れば彼女の腕は後ろ手で手錠が嵌められている。流石の彼女もあの姿勢では自力で手錠を壊すなどは出来ないようだ。


 彼女は地面に這いつくばった状態で二人を睨みつける。


「へへ」


 虎人族の少年、トラはお前など怖くないとばかりに笑い飛ばす。


 そうして彼は木剣を大きく振り上げる。

 その瞬間、彼の存在感が増す。いつの間にか【充気】を身に付けていたらしい。

 元々体格に秀でた彼が、気によって限界まで強化した身体能力を使って本気で木剣を振り下ろす。


「いちぃ!!」

「ァガッ」


「ハハッ、にぃ!」

「ヴッ」


「さぁん!しぃ!ごぉ!」

「グッ…ヴ…ア"ッ」


「どうした!ても足も出ないか!」

「フゥ"ーーッ、フゥーーッ!」


「ろぉく!」

「ヴェ"ッ……」


「ななぁ!」

「ガッ」


「はちぃ!」

「ゥ"…」


「きゅう!」

「……」


「じゅーー、う!!」

「ヴッ」



 カラン、と木剣が地面とぶつかる音がした。

 何度も後頭部を叩かれて地面とぶつけられた顔面は血塗れだったし、前世なら後頭部も何らかの後遺症が残ってもおかしくない程強く打ち付けられていた。


 トラは木剣で叩いた反動で痺れる手を振って、痛みを紛らわすと、その場で転けるフリをしてから彼女の頭を踏み付ける。


「しまった!!足が滑ったぜ!!」

「……罰は十度叩くまでと言ったはずだ」


「すいませんでした。下がりまぁす」

「はぁ…まぁいい…次」


 そして明らかに師範が指示した以上のことをしているにも関わらず彼はそれ以上注意されることは無かった。



「は、はい」



 土精族の彼は特に気で強化することも無く恐る恐る十回、木剣を振り下ろしたのだった。


 それを確認した師範はその後も彼女が暴れているのを見て、口が聞けなくなるまで叩きのめした後に広場から摘み出したのだった。




 ◆◆◆◆




「ああああ"あ"ア"!!!ぁめるなあ"あ"ア"ア"!!!」


 今日も元気だなあ、と思いながら部屋に入った俺だが、俺の姿を見た彼女が途端に目にも止まらぬ速さで部屋を飛び出していった。

 そして隣の部屋から凄まじい振動が伝わって来た。



 その日も俺は【放気】を習得する気配は無い。




 ◆◆◆◆




 次の日の『断罪』には3人が名乗り出た。

 勿論隣室の彼らである。

 特にトラは顔に傷痕が残っており、念入りに報復を受けたのだと分かった。それにかなり苛立っているのか、歯を強く噛み締めている。

 まさか、昨日の罰を受けて仕返しをしてくるとは思わなかったのだろう。これまで師範に噛みつき続けてきたのを知らない訳じゃあるまい。


「虎人族のお前は二十度、それ以外は十度打ち据える事を許可する」



 昨日よりも打擲の回数が増えている。

 トラは目を吊り上げながら、何度も何度も木剣を振り下ろした。



「ふんっ!!オラァ!!っふ!!…」

「…っ…っ…っ…」



 肝心の竜人娘は今日は吠える気配は無く、その打撃を耐えている。

 ただ静かに彼を睨みあげる。


 その金の瞳には激情が今にも爆発しそうな程に籠もっていた。



「っ!」



 一瞬トラはその瞳に怖気付いたが、自身が怯えた事を屈辱だと彼は思ったのか雄叫びをあげて怒りで塗りつぶして打擲を再開した。




 ◆◆◆◆




「があああああああ!!!!!」


 俺たちを待ち構えていた彼女が部屋を飛び出した。

 彼らと彼女の根比べになるな。


 彼女が帰って来たのはかなり遅くなってからだった。



 その日も俺は【放気】を習得する気配は無い。




 ◆◆◆◆




 その日の『断罪』には10人の子供が名乗り出た。その中には元同室の鬼人族と猫人族の彼らの姿もあった。


 トラ達は報復を恐れて部屋を変えたのだろう。そのせいで彼女は手当たり次第に攻撃をして回ったのだろう。



 茶番の時間は前よりも長くなった。



『戦闘訓練』の後の『操気訓練』ではほぼ全ての子供が【充気】まで身に付けていた。

 俺は焦りを覚えながらも毎日瞑想をするが、結果はいつまで経っても伴わなかった。




 ◆◆◆◆




 その日の『断罪』は10人だった。

 人数は同じだが、何人か入れ替わっていた。

 もう彼女も全員の顔を覚え切れていないのだ。




 ◆◆◆◆



 その日の『断罪』は11人だった。



 ◆◆◆◆




 その日の『断罪』は13人だった。




 ◆◆◆◆




 その日の『断罪』は12人だった。




 ◆◆◆◆




 その日の『断罪』は15人だった。




 ◆◆◆◆




 その日の『断罪』は20人だった。




 ◆◆◆◆




 そういった日が何日か続いて、ある時部屋に戻ると、彼女が静かな事に気づいた。


「…うっ」


 部屋に漂う濃厚な血の匂い、思わず口元を手で覆う。

 彼女が使うように前日に汲んでおいた水桶は水の桶とは言えないほど赤くなっていた。


「ウ、ぅ"……」


 傷だらけの彼女が部屋の中央に蹲っていた。

 回復の為に寝ているんだろう。


 これは…最低限の治療さえ施さなくなったのだろう。


 俺は血の溜まった桶を捨てに行った。



 その途中に偶々、廊下でトラと出会った。


 彼は4、5人の子供に囲まれながらこちらへ歩いていたが、俺の姿を見て口をへの字に曲げた後、下卑た笑みを浮かべ直すと、俺に態と肩をぶつけてから歩き去って行った。



 去り際に彼らは口々に『ネチネチ』という言葉を口にしていたが、これは最近呼ばれるようになった俺の渾名だ。

 好意的な物でない事は分かる。



 結局その日、彼女が起き上がる事は無かった。




 ◆◆◆◆




 



 

 俺は納得した。

 良くできたやり方だ。



 彼女の傲慢を砕く為に、その根拠となっている力を大人が叩き潰した。しかし彼女は変わらず反抗した。


 今度は彼女が他の子供と同等だという事を教え込む為に、大人が子供達の報復を手助けした、そう思っていた。


 それは違った。

 大人は彼女を子供の王国の奴隷に据えたのだった。

 平民こどもの鬱憤の捌け口になった彼女は、その我慢強さは、大人にとっては理想的なサンドバッグだろう。


 丈夫で、回復が早くて、プライドが高い分、より惨めに見える。



 彼女は最早、大人の敵ですら無く、統治の道具となった。




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