第5話『暴君の目覚め』

 あれから3日経った。


 日の出る前に起きて、点呼までに片付ける。

 朝食を摂り、それから昼過ぎまで『体力訓練』をして、その後は夕方まで『操気訓練』か『走破訓練』をする。

 ちなみに『走破訓練』ではひたすら走らされる。初めは素振りをしていた広場で走らされたが、途中からは障害物が増えたりしていた。


『走破訓練』は最終的に森とかを走らされる事になりそうだ。

 一方の『体力訓練』もその内容が単なる素振りから、寸止めでの組み手へとシフトしてきており、実践を見据えているのが感じられた。

 どうやら、俺は型を真似るのが得意らしく『体力訓練』では優等のコインをこれまでに2度貰うことが出来た。



 しかし『操気訓練』の方は酷いモノだった。

 コツさえ掴めれば出来そう!とか思っていたが自身の奥底にあるそれに掠る気配さえ無い。

 子供達の中でかな目覚めた者の数は段々と増えてきて、今は三分の一程になっている。

 その中で割合が最も多いのはエルフだ。スピリチュアルな力の操作に長けている種族なのだろう。

 逆に最も少ないのは獣人だ。こっちは肉体労働に向いているが、代わりに小難しい気の操作は苦手としているのだ。


 俺も獣人の区分に入るが運動能力は並より上といった感じだ。なんとも残念だが、代わりに第三の目ピット器官がある。


 そして肉体においても気の操作においても平均を行くのが、プレーンな人間、人族だ。


 この並びは当初から予想していた通りだった。ちなみにエルフは森人族と呼ばれ、もっと大きな区分だと妖精種というものがある。


 つまり俺が獣人種の蛇人族と分類されるように、エルフの少年は妖精種の森人族と分けられる。


 そして俺がエルフと呼んでいる者の中には厳密には森人族で無いものも含まれている。

 肌が暗い色だったり、何なら緑の肌を持つ者もいるのだから間違い無く違う種族だろう。


 だから耳が長いのは妖精種だと考えるのが良い。



 そして、この中のどれにも入らない者は、魔人種に区分される。同室の鬼人の少年などがそうだ。

 ただこの区分は『その他』という意味合いで使っているだけであり、魔人種のそれぞれの種族、例えば吸血族ヴァンパイアと鬼人族が近しい訳では無いがややこしい所だ。



 そして、目の前の少女もこれに分類される。


「ガアアア"ア"ア"ア"ァ"ァ"!!!!!」

「…猛獣め」


『体力訓練』の師範の男が、竜人の少女を引き摺って連れて来る。


 もう一人の俺にとって彼女は暴君だった。

 気ままに暴れて、疲れると眠るが直ぐに回復してまた暴れる。そして何故か俺が矢面に立たされたばかりだった。


 彼女は地面に足を突き立てて抵抗するが、男は怪力で、地面に罅を入れながらも歩くのと変わらない速さで引き摺る。



「今日は昨日と同じく、ナイフでの組み手だ」


 そして、俺たちの前に投げ捨てるといつものように訓練を始めようとする。


 しかし、それを邪魔する者が現れる。


「………なァアアア"ア"!!!」


 自分を無視したと思った少女だ。その態度がプライドの高い彼女の逆鱗に触れた。


 明らかにその体躯には不釣り合いな力が地面にかかり、割れる。


 彼女は『操気訓練』を受けていないにも関わらず、全身から気を滾らせていた。まだ気を感知できない俺でも気配からそれが分かった。

 そして有り余るそれを自身の力に変えて、男に飛び掛かる。


「…ふむ」


 師範が息を吐くのと同時に、一瞬の間に彼らの間で爪と拳が交錯する。


「ガ、あ…」


 師範の肘だけが彼女の鳩尾に当たり、激痛に顔を歪める彼女だが、壁に着地すると、その姿を消す。


 それを見た師範が拳を振った先に彼女の顔面が現れる。


「フグッ…」

「力だけの獣など恐るるに足りない」


 今度は逃がさないとばかりに、彼女の手首を掴んだ師範が、瞬時に手刀、肘、膝の多彩な打撃を小さな体に叩き込む。


「あ"」

「疲れたか。眠るにはまだ早い」


 抑揚の無い声で師範が挑発すると、ギョロリと目を見開いた少女が肺に息を溜める。

 嫌な予感がして俺が耳を押さえた瞬間に、咆哮が放たれる。


「■ア"ア■アア"ア"!!!!!!!」



 それを受けた数人の子供たちがその場に倒れ伏す。耳から血を流している者もいた。鼓膜が破れたのだろう。

 耳が良い種族の子供は直撃を受けていなくとも、具合が悪くなってその場に座り込んでいた。



「…ちっ」

「ウ"ッ"」


 喉を殴られた彼女は、強制的に咆哮を中断させられる。



 師範が彼女を地面に倒すと、両膝で彼女を押さえ込みマウントポジションを取る。


「ッ〜〜〜〜"!!」


 上に乗った師範を落とそうと彼女が踠くが、体重の差や技術にやって押し込められる。


 そして竜人の持つ力強い尻尾によって叩き落とそうとするも、それを予期した師範がさらりと避けて仕返しに拳を撃ち下ろす。


「ウ"ガ…ァ"ッ」


 抵抗すれば容赦なく拳を落とす。

 顔が腫れても、血を流しても止まる気配はない。


「ゥ…ァ…」


「起きろ」


 気絶すれば、頬を張り意識を引き戻す。


 そこからは作業だった。

 彼女の意思を挫くのを目的とする作業。

 彼らにとって都合の良い道具に変えるための作業だ。



 多分彼女は自省部屋に入れられても、根を上げなかったのだ。彼女の強烈な自我は薬でも暗闇でも折りとることができなかった。


 そして、大人たちは諦めて、彼女よりも強大な暴力によって支配する事に決めたのだろう。



 ——それは、ひどく滑稽だ……。




 俺は静かに笑った。

 5歳の少女に劣る精神しか持ち得ない自分も、それを必死に折ろうとする大人も、きっと暴虐を暴力で挫かれる少女も、滑稽だった。

 そして最も滑稽だったのは、そんな彼女が折れる訳は無いと、もう一人の俺少年が思っている事だった。


 今日は耐えきれても明日は?、一月後は?

 いつまでもその激情を持ち続ける事なんて出来ないだろう。いつかは折れる。



 折れてしまえばいい。

 折れてくれないと俺が困る。


 そうしないと俺が弱い人間みたいだろう?




 ◆◆◆◆




 結局、彼女は瀕死まで逆らい続け、ボロ雑巾のような姿を晒した後は、広場から連れて行かれた。


 俺たちは彼女が流した血の跡を遠巻きにしながら組み手を行う事になった。


 他の子供達は師範が見せた圧倒的な暴力を前に恐怖を抱いたようだが、もう一人の俺は暴君が成敗されてスッキリした感覚を抱いていた。どうやら彼は竜人の少女に対して鬱憤が溜まっていたようだ。


 

 その日の優等は体格に抜きんでた虎人族の少年が取っていた。

 一度彼を相手にしたが、この年頃では体重イコール力だと納得した。

 やはり肉体以外の力、気が鍵か。



 午後は『走破訓練』だったので、夕食をとった後は、同室の二人は布団に突っ伏してそのまま眠りに落ちていた。

 俺は体を拭くまでは眠気て今にも倒れそうだったが、不思議と目が覚めてしまっていた。


 真夜中、両隣から呼吸の音が聞こえる中、俺は静かに瞑想をして過ごした。




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