第4話『操気訓練』



「それでは瞑想室に案内いたします」


 いつの間にか俺達の背後に青年が控えていた。

 見たところ、十四、五歳くらいに見える。

 俺は五歳くらいなので余計に大きく見える。

 種族はプレーンな人間、じゃ無いな、鹿みたいな角がある。


 そして、最も目立つ点は腕だ。

 肩から先が無かった。

 もしかすると戦闘が出来なくなった者に仕事として雑用させているのか。



 彼に従って歩いていると、途中で別の少年達の集団とすれ違う。

 彼らは俺達よりも一つか二つ年上に見える。


 そんな集団が俺達とは反対方向、運動場に向かって行った。

 案内人の青年は彼らにつられて一瞬視線で追いかけるが、思い直したように直ぐ正面に戻す。


 彼の行動からは未練が感じ取れた。




 ◆◆◆◆




 辿り着いた部屋は少し薄暗かった。

 窓の代わりに鎧戸が窓枠にはまっていて、直射日光を遮っていた。


 とは言え、光は入るので互いの顔くらいは見える。

 そして、この部屋の先客の姿も見えていた。


「ようこそ瞑想室へ、これから『操気訓練』を始めようか」


 男はローブを着ているが、これまで見てきた大人と違ってフードから顔を出していた。

 フードは被っていなくても良いんだな。


 そして、縦に切れ目の入った瞳孔と、頬に見える鱗。恐らく蛇人族どうぞく



「さあ、好きな所に座っていいよ」


 男が指し示した先には、丸テーブルに四つの椅子が並べられている、レストランやカフェのような光景だ。

 ただテーブルには料理の代わりに蝋燭が立てられていた。


 俺達はそれぞれ近い席に腰を下ろす。

 俺が座った席以外には、猫耳の生えた少年と、犬耳を生やした少女、そして耳の長い少年が座った。

 耳が長い少年は想像していたエルフに近い。



 男は俺達の目の前にあるろうそくに火を灯して行く。

 俺は周りの子供たちの顔色を伺う。

 どうやら彼らもこれから何をするかは知らないみたいだ。


「『操気訓練』は気の力を引き出すことを目標にしているんだ。蝋燭の火をじっと見つめながら、自分の中で力が動くのを感じ取ってみてほしい」


 男は優しい口調で説く。


「手は膝の上で軽く握って置く、出来るだけ楽な姿勢で……呼吸もゆっくり、吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー……うん、良いね。そのまま、体の内側に意識を向けて…」


 男の言葉を聞き流しながら、感覚を研ぎ澄ます。集中、集中。

 そうすると、見えているし、聞こえているのに、外界の全てが雑音のように脳内を滑って行くようになる。


 余計なことが頭から追い出されて、残った触覚が鋭敏になる。


(…これか?…いや、これは心拍だな)


 もっと、もっと深い所へ潜っていく。


 しかし、ボタンを掛け違えたかのように、気と呼ばれる何かを見つける事はできない。もしかすると、俺には備わっていないのかも知れない。そんな不安が過ぎる。


 そもそも、気とは何だ。

 俺は前世にはなかったであろう魔法のエネルギーを想像していたのだが、それすら誤りなのか、下手すると宗教的な超科学的不思議エネルギーの事を『気』と称しているのか、完全に疑心暗鬼に陥っていた。



 行き詰まりを感じ、集中を解くと周囲の情報が視界に入るようになる。

 蝋燭の火を見つめ続けていた事で生じた残像を振り払いながら、眼球だけを動かして正面のエルフの少年を見る。


 少年は半目でユラユラと揺れる火を見据えながらも、彼の周囲だけ時間が止まっているかのように澄んだ空気を纏っている。


「っ!」


 不思議と息が詰まるような緊張を覚える。

 確かにこれはの力というよりもと表現するのも分かる。


「分かるかい?彼が気を発しているのが」


 いつの間にか肩に手を置いていた蛇人族の男が、楽しそうに呟く。


 ああ、嫌と言うほど分かる、理解させられる。エルフの少年も何か違う気配をさせているのが。


「彼才能があるね」


 男は目を細めて笑っていた。

 心の内が読み取りづらい笑みだが、その言葉は才能を持たない者を嘲笑っているように感じた。


 俺は曖昧に笑顔を作る。


「…まだ、分からないかな。君には」


 肩に置いていた手で頭を優しい手つきで撫でると、身を翻した。




 ◆◆◆◆




「今日はここまでにしよう」


 子供たちの眼前の蝋燭が消えたのを確認した男はそう言って『操気訓練』を終えた。



 結局、俺は『気』の感覚を掴むことが出来なかった。ただ、それは何かが足りないのでは無く、見落としているような口惜しい感覚だ。



「優等は君にあげよう」


 そうしてコインを握らせたのは、エルフの少年だった。彼は瞑想の時に異質な気配を漂わせていたので、俺としては納得せざるを得なかった。


「それじゃあ夕食に行っておいで」


 男が手を叩くと、子供たちはもう夕食かと驚きの表情を浮かべた。

 俺も驚いていた。

 昼頃から初めて夕方までなら5、6時間はあった筈なのに体感では2時間程度だと思っていた。


 でも空腹は感じるなと思い、席を立つと目眩がしたようにふらついた。


 ……なるほど。確かにそれなりに時間は経っていたようだ。

 前世の習慣か、凝り固まった身体をほぐしながら食堂へと向かう。


 そう言えば、コインをシスターに渡せば肉が貰えるんだったな。


 絶食で落ちただろう体重を取り戻す為にも肉は有難い。

 間違い無く物騒だろう外の世界へ出る為にも力は欲しい。技術は盗むことは出来ても、パワーの源である身体は一朝一夕では手に入らない。

 訓練では優等を取れるだけ取っていく。

 手を抜くつもりは無い。




 ◆◆◆◆




 夕食を終えた子供は濡らした布で身体を拭く。近くに川が流れているようで、水には困らないが一々沸かす手間をかけるつもりは無いのだろう。


 部屋ごとに水桶が配られて俺たちはそれを分け合った。


 その時に尻尾が尾てい骨の辺りから生えている事や、脇腹の辺りにも鱗があることに気づいた。


「おまえさあ。昨日までジセイ自省部屋にいたんだろ?」

「ん?ああ」


 尻尾の鱗を拭っていると、同室の少年に話しかけられる。鱗の隙間を優しくなぞると少し心地良いな。


 ちなみにこの部屋には俺を含めて3人の子供がいた。1人は今話しかけている、小柄で角の生えた少年、もう1人は猫耳の少女だ。


 昨夜は医務室?のような部屋で寝たので『洗礼』を受けて以来、初めての集団部屋だった。


「んにゃあ」


 猫耳少女は既に寝ていた。確かにあれだけ身体を動かしていれば眠くもなるか。

 直後の瞑想の時間に眠気に襲われなかったのが不自然なくらいだ。



「あんだけ暗いとこによく居れるよな。オレは2日しか保たなかった」

「そうなんだ」



 単純に彼との差は体力を温存したか、そうで無いか位の違いだろうな。



「やっぱり尻尾がデカい方が長くもつんだろうなぁ」

「単純に獣人が多いからだろ」



 獣人は動物と人間の混ざった種族全般の事だ。俺などの蛇人族や、そこで寝ている少女の様な猫人族がそれに当たる。

 彼の持つ角は、動物らしさは無く、『鬼』という奴に似ている気がするので鬼人族とかだろうか。

 彼が獣人では無い事に反論が無かったので、この予想は正しそうだ。



「そうかなあ。いやあ、でも今もジセイ自省部屋にいるだろ?デカい尻尾のヤツが」

「……知らなかったな」


 その言葉に、俺はピクリと反応する。

 いや反応したのは俺では無い俺、この身体の持ち主だろう。

 どうやらデカい尻尾を持つ《彼女》は彼にとってはトラウマの対象のようだ。


 記憶を探れば、それも納得と言えるものばかりだった。


 彼女と少年は『洗礼』まだを同房で育ったのだが、なまじ外見での共通点が多かった為に、彼女の相手をさせられる事が多かった。


 しかし外見上は似ていると言っても、実際は全く異なるだろう。


 所詮は動物の蛇と、幻想種の竜とでは、な。



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