第6話 お宅訪問
約束の日、僕はリオラの家にやってきた。彼女と本の貸し借りをする時は、パン屋をやっている彼女の家の店先で本を渡して、ついでにパンを買うというのがいつもの流れだ。いつも通り、昼過ぎくらいにお腹を空かせて店を訪れた。
「こんにちはー」
「あらレン君、いらっしゃい。今リオラを呼んでくるわね」
「すみません、お願いします」
そう言ってリオラのお母さんは奥に引っ込んでいった。ピーク帯は過ぎたのか、店にはお婆さん1人しか客はなく、店番が一時いなくなっても大丈夫なのだろう。なんて考えながらぼーっと待っていると、後ろから肩を叩かれた。
「お待たせレン君。いつも来てもらってありがとね」
「気にしないでいいよ。この店のパンは美味しいからね」
「ありがとう、そう言ってくれると助かるよ」
今日のリオラは髪を一つに結んで、水色のワンピースを着ていた。普段のきっちりとした制服と違ってとても可愛らしい。小柄なリオラにはとても似合っている。彼女は髪型や服装をその日の気分でガラッと変えるオシャレさんだ。
「あれ、本は?しかもなんで店の入り口から来たんだ?」
いつもなら店の奥から出てくるはずだが。
「今日はうちに上がってもらおうと思って。お休みの日だし、お喋りしたいなって思ったんだけど、どうかな?」
首を傾げながら聞いてくるが、その顔を直視するのは気恥ずかしい。女の子の友達の家に上がる……?!これまでの19年の人生で一度も経験したことがないイベントだ。自分の体温が上がっていくのを感じる。
「あぁ、いいよ」
動揺を隠して返事をした。つもりだったが言葉少なすぎたかな?!緊張しちゃってるのバレバレだったりしないよな!?
「良かった!パンはご馳走するね。いつもレンくんが選んでる中から取っておいたから。じゃあこっち来て」
……どうやらバレてはないようだな。
店の入り口を出たリオラに着いていき、裏手に回る。すると小綺麗な玄関があった。表側は店舗、裏側は住居となっているようだ。玄関を潜ると、オシャレな小物がいくつか置いてあった。リオラのオシャレなところは家族の影響なのかな。
「私の部屋は3階だから、そっちに案内するね」
「おう」
しかも女の子の部屋かよ、心臓がバクバクいっている。落ち着こうにも落ち着けない。リオラに着いて階段を登り廊下に立った。すると、ドアを開けて出てきた少年と目が合った。リオラは弟と妹が1人ずついると言っていたので、きっと弟だろう。
「はじめまして、僕は」
「ね……」
自己紹介をしようとすると彼は仰天したポーズで固まった。
「ね?」
「姉ちゃんが男連れ込んで来たぁああ!」
彼はそう叫ぶと、廊下の一番奥の部屋へ駆けて行き、ドアを開けてまた叫んだ。
「大変だマリア!リオラ姉ちゃんが家に男連れ込んで来た!」
すると部屋の中からも「ぇええ!?」と響いてきた。
「こらっ!人の前で急に大声ださない!そして廊下は走らない!」
彼に追いついたリオラがぺしっと頭を叩きながら言った。お姉ちゃんだぁ……。しかし彼氏だなんてドキッとさせる言葉を言ってくれる。
「ごめんね急に」
「いや、いいよ。弟くん?」
「うん、あと妹。シオン!マリア!こっち来て」
部屋に入ったリオラは2人を連れてきて並ばせた。
「こっちが10歳の弟のシオンで、こっちが13歳の妹のマリア。2人とも挨拶して」
「おっす」
「こんにちは」
「こんにちは、僕はレン。リオラとは友達だよ」
2人ともリオラに似て可愛げのある顔をしている。
「なぁーんだ彼氏じゃないんだ」
「ざんねーん」
「はいはい、私たちは部屋にいるから、うるさくしないでね」
そう言ってリオラは部屋のドアを開けて僕に入るように促した。まず感じたのは部屋の香り。柔らかないい匂いがする。そして内装。多くの本が入れられた本棚とベッドが部屋の大部分を占めているようだ。
「お茶とパンを持ってくるから、座って待っててね」
「ありがとう」
一瞬どこに座るべきか考えたが、そんなに深く考えなくていいだろうと思い、ローテーブルの横に腰を下ろした。ざっと部屋を見回すと、ホワイトとブラウンを主にした綺麗で優しげなデザインにされていることがわかる。置き時計やルームフレグランスなど、可愛らしい小物も多い。
「ごめんね、狭い部屋で」
ティーセットとパンを入れたバスケットが乗ったお盆を持ってリオラが帰ってきた。
「いや、全然。僕の部屋の方が散らかってて、足の踏み場が無いくらいだ」
「そうなんだ。レンくんのお部屋は綺麗だろうなって勝手に思ってたよ」
「全くの逆だね」
僕が一人暮らしをしている部屋は、明日やろう、休みの日にやろう、次の連休にやろう、と繰り返しているうちにだいぶ歩きづらい状態になってしまっている。そろそろなんとかしなきゃな……
「レンくんはどれがいい?私はいつでも食べれるから残ったのでいいよ」
「そう?じゃあありがたく、これとこれと、これで」
ピリ辛のホットドッグ、中にクリームが入った揚げパン、チョコでコーティングされたデニッシュを選んで皿に乗せる。
「レンくんって甘いもの結構好きだよね。男の人だとあんまりたくさん買う人いないから」
「確かにそうだな。騎士なんてキツい仕事やってなかったら簡単に太ってただろうな」
「レンくんが太ってる姿なんて想像できないや」
そう言って手を口に当てて笑うリオラは本当に女の子らしい。そして「あっ」と思い出したようにベッドのサイドテーブルに手を伸ばす。
「これ、借りてた本。忘れないうちに渡しちゃうね。ありがとう、すっごく面白かった」
「だろー?主人公とヒロインのもどかしい距離感がたまんないよな」
「そうそう!なんでそこで日和っちゃうの!って所が多くてムズムズしちゃった」
僕とリオラは学園の頃からこうして本の感想をよく語り合っている。お互い特に恋愛小説が好きで、お気に入りの本を見つけては貸し借りをしている。
パンを食べ終え、それでもまだ本の感想を喋っていると、ふと、僕とリオラの距離がすごく近いことに気づいた。肩と肩は微妙に当たっている気がするし、顔も普段はないくらい近い。
「それで終盤のヒロインが凄く可愛くて……あれ?どうしたのレンくん」
僕が固まってしまったのに気づいたのだろう。
「いや、なんでもないよ」
「そう?あ、ごめん!近かったね。全然気づかなかった」
リオラも気づいて少し距離を離した。それでもそれはほんの少しだ。それから会話は本の内容から離れて最近のことについてになった。
「そういえば一昨日一緒にいた3人は新人の子?見たことがなかったんだけど」
「うん、そうだよ。僕とガクとニース先輩が教育係で、外で魔獣討伐に行ってたんだ」
「あ、そうなんだ!いいなぁ新人」
「そっか、第一だとそんなに新人が入ることないのか」
第一隊は王族特務である。その性質上、少数派精鋭かつ気品のある隊員である必要があるため、人員の入れ替わりは他に比べて極端に少ない。そんなことを話しながら、リオラが少しづつ距離を詰めてきている気がする。僕の気のせいか?
「今年はゼロだったのか?」
「うん、教育係に少し憧れてたんだけど残念」
「まぁ去年いきなり新人の段階から第一に入れたリオラが特別なんだけどな」
「あはは、そんなことないよ。それよりレンくんの教育担当はどの子なの?背が高い子?それとも声が大きい子?」
「いや、女の子だよ」
僕がそう言うと、リオラの目から光が消えた。
「ふーーん。可愛い子だよね?もう結構仲良いの?」
「いや、そんなに会ってから日は経ってないし普通くらいなんじゃないかなぁ」
リオラとの距離は更に縮んで、床についた手と肩は触れている。リオラが下から覗き込んでくるせいで、顔も吐息がかかりそうなほど近い。
「そっかぁ、普通か。そうだよね。もしこれから仲良くなってきたなって思っても勘違いしちゃ駄目だからね。それは新人の子が先輩としてレンくんを慕ってるだけだから」
「ハイ」
「あり得ないと思うけど、レンくんから手を出したりなんかしたら最低だからね。先輩に言い寄られたら後輩は断りづらいんだから」
「ソウデスネ」
リオラが怖いのと、距離が近くてドキドキしているせいでYESマンになるしかない。
「レンくんは女の子には甘いけど、教育担当なんだから厳しくする時はちゃんと怒らなきゃいけないからね」
「ワカリマシタ」
そこまで言ってリオラの目に光が戻ってきて、体の距離も普通くらいに離れた。
「うん、私はレンくんを信じてるからね!」
「肝に命じます……」
その後しばらく雑談をして、そのまま解散となった。
《ロールチェンジ》元司令塔&支援職の僕がエースアタッカーになる話 茶九 @mitsuki3002
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